島の時間2
大学3年の終わった春休み、初めて黒島に来た。今から20年も前のことだ。
船を下りてすぐのところに貸し自転車屋があってそこで自転車を借りたとき
におじいさんと話をした。若い頃は台湾に船で行ったことがあるとかそんな
話だったと思う。帰り際に一枚写真を撮らせてもらった。おじいさんは背筋
を伸ばしてきおつけの姿勢をとった。その写真はプリントしたものの何故か
送る機会を逸してしまいずっと僕の写真整理箱の中に入っていた。その写真
を持って再び黒島を訪れた。おぼろげな記憶で家を探していたところに通り
かかった年輩の女性にこの人を知りませんかと聞いてみた。その女性は写真
を見ると、あっ。と言って口に手を当ててしばらく黙り込んでしまった。こ
のおじいさんは何年か前に船を出して海で亡くなったそうだ。奥さんはまだ
健在というので写真を届けに行った。世話をしている姪の方と一緒に昼ご飯
の最中だった。渡した写真を両手で持って黙って見つめていた。深い深い皺
のなかの表情を残念ながら僕は読みとることが出来なかった。