−…サテ、犬ガ来タヨウダナ。



 −飼い犬−





獣の形をしていたエディはその姿を主の影へと変えた。
同じタイミングにザトーの部屋の扉は軽く叩かれ、声がした。
ザトーは仕方がないといった風に軽く息をつき、入室の許可を与えた。

元はと言えば自分が来るように言い付けたのだけど…。
本当に望んだのは他でもないこの影なのだ。



−何かご用ですか、ザトー様。

いつもの調子で扉を閉め、一歩だけ後ろに退く動作。
他の構成員と変わらないのに、何処に興味を持ったのだろう。
エディの考えることは時々よく分からない。

−ザトー様?

−あぁ…、用と言うか…少し相手をして欲しい

−そんな!昼間からいけません!

−ウルサイゾ犬コロ。

−…居たのか?

いつの間にか私の足下に小さく姿を成したエディが在った。
エディの存在など考えもしていなかったヴェノムは明からさまに不快を表した。

−それよりも、ヴェノム。

−はい?

−少しエディの話を聞いてくれますか?

−は?何を…

−では、頼みましたよ。

−えっ…!?

有無を言わさずその場に大きく影が形を成した。
猫というか犬というか…取り敢えず赤い目が特徴的な姿。
それはヴェノムの不信そうな表情を見下げるまでに頭を位置した。
そして無意識なのだろうが時々低く咽が鳴るような音がする。

勿論自分もその場に居る。
というかエディを介せば何処にいても同じなのだが。
−折角ダカラ見テイロ、とエディに言われた。
何が折角、なのかさっぱり分からなかったが取り合えず従っている。
これではどちらが主が分からない。
しかしエディが自分から何かをするというのは珍しいので特別だと言い聞かせた。
エディはただその赤い瞳を細めただけだった。



−…で、質問とは何だ?

じっと見下ろすエディにいい加減しびれを切らしたのか、それでも抑えた声でヴェノムが問うた。

−フム。率直ニ問ウガ…貴様、「私」ガ好キカ?

−……エディ、?

何を聞くのかと思っていたが…全く意図の見えない。
ヴェノムはというと、やはり首を少し傾けて、しかしすぐに答えた。

−無論だ。

−大事、ナノカ?

−ザトー様は私が命に代えても御護りする。

−貴様ガ死ンデハ誰ガ「私」ヲ護ル?

−その時はザトー様に仇名すモノなど存在しない。

−デハ、常ニ貴様ハ「私」ヲ心配シテイル、ト?

−ザトー様が、私の生きる理由だ。

それを聞いてエディの目は若干細くなり、続けて質問をした。
…微かに嘲笑を含んで。

−ソレハ人間ガ「愛」ナドト定義スルソレカ?

−な、ななな何を言ってるんですか!エディ!!?

予想もしなかった問いにザトーはいつもなら見せない程に取り乱した。
その頬を薄く赤に染めながら。
が、取り乱すザトーを気にする様子もなくヴェノムは平然と答えた。

−愚問だな。

−ヴェノムも!

もはやザトーの存在は空気と同等だった。
一人と一匹はそのまま平然と会話を続けていた。

−ホゥ?

−敬愛と言う言葉を知っているか?

−ククク…ソレダケカ?

−…親愛、か?

ヴェノムは少し考えて言葉を変えたが、それでも禁獣は不服だったらしい。

−下ラヌ。要ハ「愛」情トヤラヲ向ケテイルノダロウ?

平坦な声色でそう言い放った。
それに対しヴェノムはしばし沈黙、静かに前へと頭を下げた。

−って二人とも何を言ってるんですか!!

−事実ダガ?
−事実です。

…二人の返答が間を入れず返ってきたこと。
しかも同時にキレイにハモったこと。
二人ともが(約一匹はよく分からないが雰囲気が)真顔だったこと。
その色々が混ざり、ザトーはその場に倒れそうになった。

−デハモウ一ツ問ウ。貴様、「私」ノ傍ニ居タイト思ウカ?

−出来るのなら、な。

−…我ハイツモ一緒ナノダガナ。

−喧嘩を、売っているのか?

−ククク…貴様ニ勝チ目ハ無イダロウ?分カッテイテ挑ムナ。

−…ザトー様。ご無礼お許し下さい。

ヴェノムの発言が終わると同時にエディの顎へと一撃。
同時にザトーの顎へ弱い痛みが走る。
グッと小さく唸った。

−貴様ハ「私」ヲ護ルノデハナカッタノカ?

−あぁ、その為に貴様が邪魔でな。

−我ハ「私」ナノダガナァ?

心底楽しい、といった口調でエディはヴェノムを見下げ、横目にザトーを見た。
それをどうとも受けずにヴェノムは無表情に返した。
それがエディにとってさらに愉快にするものだとは知らず。

−何をほざく。貴様はただの兵器、影の分際だ。

−ソウダトシテモ、我ハ「私」。「私」ハ我ダ。

−汚らわしい。貴様などとザトー様を一緒にするな。

−ダガ、貴様ハ知ラヌノダロウ?何故我ガ此処デ存在可能ナノカ

−エディ!……もう、良いでしょう?

今まで沈黙を守っていたザトーが遮るように声を張り上げ、止めた。
そんな様子を見て、エディは一層瞳を細めた。そして、

−…我ノ話ハソレダケダ。

満足そうにその姿を小型化した。






取り合えずヴェノムを下がらせ、個室へ戻り、ベッドに腰掛けた。
その表情は複雑極まりなかった。
尤も、その殆どは眼帯によって隠されていたのだけど…。
はぁ、と情けない溜息を付けば体から力が抜け、そのまま仰向けに転んだ。

−楽シイ見物ダッタロウ?

ククッと小さく喉を鳴らしたエディが足下の影から伸び、腹の辺りにその頭部を置いた。
その子供染みた行動を気にも止めない様子でザトーは口を開いた。

−…エディ、趣味が悪いですよ。

−「私」ガ聞カズニイルカラダ。

聞かずにいる、それは私へのヴェノムの気持ちのことらしい。
今まで時折耳にした危ない発言はスルーしてきたというのに…。

−あぁ言うのは面と向かって聞かなくて良いんです…!

−「信用」、ト言ウヤツカ?

−まぁ、そんなところです。

−…向コウハソレダケデハナイト言ッテイタガ?

−……言葉のアヤでしょう。

−……カナリ本気ダッタヨウニ思ウ。

微妙に会話の間に沈黙を挟みながら、ゆっくりと会話は流れていく。
大した議論でも無いのに、返答に困る。
こんな気が抜けた状態では上辺も何も無い。ただ疲れていたのだろう。
天井がいつもより高く見えた。

−……もしそうだとしても、私にはどうすることも出来ないのは分かるでしょう?

色んなコトを目の前で見せられ、少し、本当に疲れた。
このまま、眠ってしまいたいとさえ思えた。



が、少しして、エディが再び発言した。

−シカシ、一番「私」ノ近クニイルノハ我ダナ。

今度はそっちの話をしたいらしい。
気紛れな思考回路だ。

−…まぁ、そうですね。貴方は私の影なのですから。

−…ソレデモ「私」ノ中ニ一番深イノハ…アノ女ナノダナ。

哀しい、というには似つかわない外見。第一彼は兵器なのだ。
けれど、ほんの少し、僅かに感じたように思った。気のせいだったのだろうかと、思うくらいに。
またそれは自分の心の揺らぎでも関与しているのかと思うくらい。
…たがやはり彼の声はいつもと変わらない、平坦なものだった。


−…アノ女ト、ドチラヲ「信用」シテイル?

−ミリアのことですか?彼女は…また、別ですよ。

何と表現して良いか分からない。それは、情けないことに事実だった。
そしていよいよ話が嫌な方向に向いてきた、と思ったのだが…禁獣とは、本当に気紛れなものだ。

−アノ女ノ髪ハ、何故カ苦手ダ。「私」カラ触レル時ハマダましナノダガ…。

いきなり彼女の禁呪のコトだ。
その感覚を思い出したのか、僅かに影が波打った。
それを見て苦笑しながら少しだけエディに触れた。

−貴方と本質は変わらない筈なんですが…ねぇ、

猫の喉ような音を鳴らしながらエディは少し考えて、

−ダガ、アノ髪ガ喋ルト…不気味ダナ。

などと言った。

−貴方も十分ですよ、エディ。

不気味、と言われたことをどう捉えたのか、エディは静かに瞳を閉じた。



実際、影を呼び、考え、命令し、戻す。
この行動を何の疑問も無く行っていた頃から考えれば、今エディと会話をしていることは奇妙この上ない。
初めは唸り声だった。そしてその次は何となく伝わる感情のような波動。
そして、今に至る。

最近ではエディが行える行動も多くなってきて、それこそ普通の生物となんら変わらないのではないか。
そんな思いさえ過ぎる。
だが決定的に違うのは、あくまでも兵器であるということ。
人工的にその存在を造られ、本能を造られ、埋められ、活動している。
そのはずのエディが、考えるというコトをするようになった。何故かは分からない。
プログラムされていない行動を起こす兵器。
それは一見、とても危険だと思われる。
しかし何故か私にはそうは思えなかった。
そこにはエディが私の体を媒体としているコト、私が死ねば彼も死ぬという定義。
だから私に反抗などしない、そう無意識に感じていたからかも知れない。




…それにしては、最近悪戯が過ぎるな、と。


犬か何かの飼い主のような考えが浮かび、自嘲気味に笑みが漏れた。






 −END−


後書:
B−ポチ様へ、相互リンクのお礼です。
『ヴェノムVSエディ。(+ザトー様)』とリクエストを頂きました。有り難う御座いましたv

……ところで、全くリクエストが通っていない話に…!!本当にスイマセン!!
これじゃ、ほのぼのエディザトみたいなもんじゃないか…うぅ…。
取り合えず、エディが何かを考えたりするのはとても可愛らしい行為だなぁと思うのですが、変ですか。