貴方が望めば私は何でもしていたのに…





-人魚姫-











「ザトー様、彼女は…」
「あぁ…ミリア、帰って良い」


同じコトの繰り返しだ。
彼女の罪は咎められない。
それは彼女が潔白なのではなく、我が上司の判断によるものだ。
それさえも気に食わないのか彼女は表情を変えずに出ていった。



「まるで人形だな」
苦笑混じりでザトー様が仰った。
眼帯で隠された表情は分からなかったが、口元は笑っていた。
「ヴェノム、お前も下がって良い」
「…はっ」
必要な書類だけを手に取り、ザトー様の部屋を後にした。







自分にとって一番の存在でも、相手にとってはそうでない場合。
などというのは珍しくもないのだけど。
こうも一方的な関係も滑稽だとは思う。
自分の部屋までの廊下がヒドく静かだった。






自分には絶対に手に入らないもの。
手に入れてはいけないもの。
分かっているけれど離れられない。
考えるほど自分が惨めになる。
理解されない感情だと分かっているから。




彼女はいつもそうだ。
素知らぬ振りで居なくなる。
こちらから探そうとしても見つからない。
そのくせ、不意に現れては人の心を揺らしていく。
綺麗に靡く髪と、感情の無い瞳。
普段は寡黙で落ち着いた女性ではある。
慎みを重んじ、干渉を嫌う人。
外で一人でいる時に見かければ大抵は空を見上げている。
彼女には屋上が似合っていた。
届かない空を見上げるその場所が。


私はそんな姿に何処か惹かれていたのかも知れない。
認めたくはないけれど、真っ直ぐと空を見つめる彼女は何処か儚げでもある。
彼女が私を視界に捉えた途端にそれは簡単に崩壊するのだけど。
見惚れてしまわないと言えば嘘だ。



だが同時に自分が恥ずかしい。
仮にも一人の女性を物を見る目で見てしまうことが。
ザトー様はよく彼女を人形だと比喩なさるが…。


それでもあの方の声色を聞けば分かる。
私は立ち入れないのだと。
深海のような静けさが全てを支配する感覚。
私はそこへ辿り着く事も出来なければ、離れることも出来なくなっていた。




ザトー様に忠誠を誓い、ただ御傍に居られれば良いと思っていた。
それは今でも変わることはないけれど。




偶然目に止まったのは彼女。
触れてはいけないと分かっている。
どんなにそれが魅力的だとしても。
それはある種の葛藤のようで、醜い。
こんな自分だからこそ、綺麗に映る彼女に惹かれるのだろうか。
彼女の強さしか知らない私には、きっと救うことなど出来ない。
それでも忘れられないのだから重症だ。
恐らく彼女に言わせれば私など眼中に無いのだろうけど。






……。
時計を見れば既に日付は変わり、新しい一日は静かに始まっていた。
手にした書類をしまい、寝室へと向かう。
扉を一枚隔てたそこは、月の光だけが満ちていた。
不意にその光から金髪が現れたような錯覚を覚えた。
見慣れた髪の色はすぐに光に融け、消えてしまったけれど。



もし叶わない願いが叶うとするなら。
迷わずザトー様を選ぶ。
だがザトー様が彼女をと命なさったら?
…私はどちらを選ぶのだろう。









  -END-


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後書:
ヴェノミリ?ヴェノザト?な雰囲気のまま終わってしまってすみません。
どちらにも取れるようにはしたつもりです。私的ヴェノムは葛藤する人なので(苦笑)
ザトー様への恩、認めざるを得ないミリアへの気持ち。
後者ははっきりとしたものでないのですけど、時々実感する自分が嫌なんです。
そりゃ上司の想い人ですから、気にはなるし、けど何も出来ないし(笑)

お題に対して…
『人魚姫』とのことですね。はい、無視してしまってますね、スイマセン…。
人魚姫は海の中だけで生き、海の外への羨望を抱き、結末は色々です。
今回はその途中をイメージしてみました。魅力あるモノに惹かれ、
それゆえに壊れていく過去があり、創造される未来があるのです。