指輪




石を飾る台座もなく。
埋め込まれた形跡も無い。
内側に一綴りの言葉が刻まれているだけ。
彼の祖国語。
読むコトは出来ない。
下らない事なのだろうと予想は出来るけれど。






いつもと変わらない報告だった。

ただ少し、変だとは思ったけれど。

「…後は報告書読めば十分でしょう」

パサ、と興味の無い紙束を彼の机の上に投げた。

彼はそれを、顎に手を当てながら眺め、立ち去ろうとした私に声を掛けた。

思い出したように、というよりはタイミングを計っていたという感じでだ。

「ミリア、少し時間がありますか?」

どうせ、急ぐと言っても聞かないのだから、余計な時間を掛けることもない。

私は素直に彼の言葉に体を反転させた。

彼もそれを見て薄らと苦笑いを浮かべていたけれど。

見透かされていると思うと本当に気分が悪い。

「…何」

「渡したい物があるのだけど…受け取ってもらえるか?」

「だから何」

また、いつものように下らない花言葉か何かだろうか。

いい加減、私ももう子供ではないのだから、そんなものではしゃぎはしない。

分かっているだろうにそれでもこの男は今まで何度かそうしてきた。

その度に下らない、と言ってきたのに。

だがしかし、その日彼の手の中にあった物に艶やかな色彩は無かった。

「…これを」

手渡されたのは小さな輪。

「…指輪?」

見れば分かるが、輪のサイズは合っている。

「お前に、持っていて欲しい」

少し微笑みながら柔らかな声でお願いをされた。

幼い頃はとても好きだったように記憶しているその声に、もう何も感じないけれど。

「…何の真似?」

「他意は無い。ただ、持っていて欲しい」

彼を見、そして手の中の指輪を眺めた。

「……飾り気の無い指輪ね。私にそっくり」

「そういう意味は、ない」

「別に何も期待なんてしてないわ」

「持っていなさい」

「…でも、仕事には邪魔だわ」

勿論、任務中にそんなことを意識などしないのだけど。

それでもきっと違和感は消えないのだろう。

何よりも嵌めるというコトが嫌なのだ。

「貸してみなさい」

「…何をするつもり?」

何となく、分かっていはいたけれど。

静かにそれを受け取った彼は、引き出しから似たような金属のチェーンを取り出した。

か細く、簡単に千切れてしまいそうな程の。

それを輪に通し、簡単な首輪が出来た。

「こちらへ」

「……」

机を横切り、彼の座る椅子の前へ。

敢えて彼に背を向けず、その眼帯を見つめた。

それを気にする様子も無く、彼はゆっくり立ち上がり、すっと私の首に腕を回しその鎖を繋げた。

「これなら、邪魔にはならないだろう?」

「確かに、そうだけど」

今は服の外にあり、カチリと小さく揺れたそれを見た。

何の意味が有るのか知らない方が良いのだろうけれど…。

「不快なら仕事以外は外しておけば良い」

黙って見ていた私が不満そうに見えたのか、ザトーは一言、苦笑交じりに言った。

いつまでも近くにあるその存在に嫌悪を覚え、その場から身を引く。

表情を変えずにこんなことが出来るようになったのは何時からだろう。



「普通、逆よね」

持っていろ、というのは身に付けていろ、ということで。

彼には背を向けたまま、そっとその輪をなぞった。

「他意は無い。」

背後から、二度目の言葉。

静かにすんなりと耳に溶け入るような声。

「…分からない人」

「いつもお前はそう言う」

平坦な声に微かに色が混ざったのが分かった。

「嬉しいの?…馬鹿な人」

「誰に似たのかな」

「…知らないわ」

そう吐き捨て、そのまま目の前のドアへと向かった。

「…仕事に戻るのか」

「私は貴方みたいに暇じゃないの」

「極力仕事は楽なものを回しているだろう?」

「余計なお世話よ」

「なら、第一線に出たいのか?」

「……」

「お前が、大切なんだ」

「吐き気がするわね」

「分かっているならそれで良い」

「……失礼するわ」

「あぁ」







カチャ、と静かにドアを閉め、溜息。

息苦しい。

どうしてそうなってしまったのか。

…考えないように、しているだけだ。

考えることはあまり好きではない。

そうしたところで何も、変わらないのだから。

無駄、だから。




カチリ。


本当に小さな音だった。

胸元で無機質な光を反射する輪。

即刻、引き千切ってやろうかとも思った。

出来ない理由には気付かないようにした。

また、考えてしまうから。




人に見られる前に隠しておきたくて、静かに服の中へとしまった。

冷たい感触が肌に触れ、息苦しさが増した。

そこにあの人の意志があるような、不快。

けれど部屋に着く頃には不思議とそれも感じなかった。

「慣れって、怖いわね…」

自嘲気味にそんな言葉を口にしながら、自室の扉を開いた。








真っ暗な部屋で、月明かりの中に小さく光る指輪が一つ。






石を飾る台座もなく
埋め込まれた形跡も無い
内側に一綴りの言葉が刻まれているだけ
読むコトは出来ないけれど
その思いは嫌でも伝わってくるようだった





-END-


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後書:
ザトミリでした。
えーと、仕事以外は外しておけば良い、というのには一応理由があります。
まぁ、簡単なコトなのでお分かりかと思われますが…。
外しておくことでそれを改めて見ることになる。また任務の時に身に付けることで意識下に置かれる。
とまぁこんな感じです。…恥ずかしいです(苦笑)

お題について
『指輪』で思いついたのがこの話な訳ですが…。私的設定のうちの一つです、実は(笑)
なのでまた時々引っ張り出てくるかも知れません。
指輪に刻まれた言葉は適当に想像してやって下さい。