| ホテルで朝食を済ませ、向かうは倉敷。 美観地区と呼ばれる昔ながらの街を目指しました。 昨日までと違い今回は10kgのバックを背負っての道中。 懐かしい、バックパッカーとしての旅を思い出します。 この重みこそが後々の思い出になるのです。 |
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| 美観地区は文字通り美しい旧市街地でした。 水路には水鳥が普通にいたりして、 関東では絶対に見れない風景だなと心を振るわせたものです。 小京都なんて称されていた通り、 京都の町並みに似た場所が多々ありました。 |
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| 文明開化の明治時代、 正にこういったポストが各地に配置されたそうです。 風情があって良いよね、木造のポスト。 当時の姿そのままに、それを残せる美観ってのも凄い! |
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| お爺さん、お婆さんの姿が目立ちました。 やはり古来日本の良さを分かっている 年配の人が来る観光地ってのは価値がある。 若者向けに何かを打つなら簡単だけど、 腰の重い、モノの本質を知ってる人達を動かすのは大変。 倉敷の美観がいかに素晴らしいかを表していると思います。 |
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| 白い石が良く似合う倉敷の風景。 石の階段を登ったそこにあったのが、 奇兵隊が屯所として使用したと言うお寺。 門には、幕軍に攻め込まれた時に槍で突かれた後が…。 今でも現存している歴史の重み、凄いとしか良い様がない。 |
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| 裏道から大通りまで、歴史の息吹を感じる。 そして先ほども感想として述べた通り、 白い石が街の景観にとても似合う倉敷。 意図的に白い石を使ってるんだろうか? 「倉敷の 夏に良く合う 白い石」(五・七・五) |
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| またまた写真を現像する事に。 その間に上のお店で昼食を取りました。 地鶏の炭火焼屋さんのランチ。 「美味しい醤油ラーメンを格安で」って フレーズに惹かれたんですが、本当に美味くて安かった! 街中にキラリと光るお店有りって感じの存在感でした。 |
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| 倉敷は本当に良い町でした。 と言うよりも、岡山が素晴らしい土地だったんだね。 さすが桃太郎、吉備の国。 伝統と格式のある街、これからも保ち続けて下さい! |
| 再び岡山に戻ってきて、 飛行機の時間までを費やしました。 バスが安いので市街をグルッと廻るバスに乗り、 途中下車し、そこから駅まで5km程歩き、 岡山市街を荷の重みと共に堪能。 夏に10kgの荷物を背負って歩くのは、 それなりに堪えましたが…(笑)。 一番最初に訪れた美術館、 後楽園に岡山城、 そして美しい旭川。 この土地の思い出を刻み込み、 最後はネットカフェでまったり。 できたばかりのネットカフェだったので、 綺麗だわ安いわで最高でした。 3時間まったりしてわずか¥680。 修羅の刻を読み、ネットを更新しました。 |
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| 飛行機と言う文明の利器を借り、 またしても関東へワープした自分。 2時間掛からないで関東に戻ってこれる。 人間って奴は何をそんなに生き急ぐのか…。 分かってても生き方を変えられない、 悲しい生き物なんですよね(^-^;)。 昔の様に船に乗ってのんびり旅、 そんな事ができなくなってる自分。 逆に昔では考えられなかった 国内なのに飛行機なんて高価な乗り物に乗り、 時間と言う概念をぶっ壊す旅をした自分。 これもある種の成長なのかななんて。 歳を経るに連れて それに見合った旅ができる。 その事に気がついた 2006年の熱い夏でした。 |
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| 電車を乗り継ぎ無事期間。 電車で出かけて追浜駅に辿り着くと、 友のデザインしたこの横断幕が いつも「おかえり」と言ってくれます。 横須賀って自分の住む街を素直に好きって言える。 その事が自分にとっての誇りです。 |
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