スーパーロボッコ大戦
EP3



 ティーカップに満たされた琥珀色の液体を、エリカは優雅に口腔に入れる。
 広がる芳醇な香りと味わいに、思わず吐息を漏らす。

「このケーキおいし〜」
「ユーリィこれとそれも食べるです〜」
「ユーリィちゃん、お腹壊すよ?」
「うわ、アッサムのゴールデンチップス……王室御用達の紅茶だよこれ」
「あなた達、お茶くらいもう少し静かにたしなめませんの?」
「すまないが、今は栄養の補充が優先だ」
「あ、これお替り〜」
「皆さん余裕ですね……」

 新たにセットされた大きなテーブルの両脇で、少女達がハイティー方式で出されたケーキと紅茶を次々と流し込んでいく。
 その向こうでは、先程のヴァーミスとの戦闘で破壊された香坂邸の復旧がすでに始められていた。

「何か、すごい状態になったわね」
「まったくです」

 居並ぶ面々を見たポリリーナが、紅茶をすすりながら思わず漏らした言葉に、エルナーも反応する。

「何がどうなっているのか、誰か説明してほしいものですわね」
「そうだ! 一体どうなっている!」

 エリカのぼやきに、バルクホルンも反応して立ち上がる。

「トゥルーデ、クリームついてる」
「はっ!?」

 ハルトマンに指摘され、バルクホルンは慌てて口元を拭う。
 その光景に思わず笑みをもらしながら、エグゼリカが立ち上がった。

「ここを襲撃した敵は《ヴァーミス》と言います。私の住んでいた星系に突然襲撃を仕掛けてきた、自律戦闘単位集団。超惑星規模防衛組織チルダは、そのヴァーミスに対抗するため、私達、対ヴァーミス局地戦闘用少女型兵器 《トリガーハート》を製造投入。戦況は激化の一途を辿り、私はその途中でヴァーミスの撤退転送に巻き込まれ、この地球に辿り付きました」
「待て。製造投入、だと?」
「そうか、あなたは機械人のような存在なんですね?」
「はい」
「へ〜、亜弥乎ちゃんと同じか〜」

 エグゼリカの説明に、ウィッチ達は困惑するが、似たような存在を知っているユナ達は一応納得した。

「けれど、そんな闘いの話なんて聞いた事ないわ?」
「そうね、香坂財閥のネットワークでもそんな情報は皆無よ」
「それが、転移その物が不完全な物だったらしく、元の星系の場所すら私にも分からないんです。そのため、私は姉さんと共に、戦闘による破損を修復しながら、この地球で暮らしていく事にしたのです。まさか、今になってヴァーミスが地球襲撃を開始するとは………」
「ええい、さっぱり分からん!」

 話に全くついていけないバルクホルンが思わずテーブルを立ち上がりながら叩き、その反動で幾つかのティーカップが転げて中身をぶちまける。

「わあ!」
「まだ飲んでる途中だったのに!」
「あ、すまん………」

 あちこちで悲鳴が上がり、バルクホルンが身を小さくする。

「まだ断定できませんが、恐らくエグゼリカ、貴方もパラレルワールドから来た可能性があります」
「私も? じゃああの人達も………」
「だから何の話だ!」
「ここは、貴方達のいた世界とは似て非なる世界だという事です」

 エルナーの説明に、思考が追いつかないバルクホルンは顔を更にしかめる。

「そうですね、向こうで動いている作業機械を見てください。似たような物はそちらでもあるでしょうけど、あそこまで進んでましたか?」

 エルナーの示した先、作業中の無人機械やホバー機械の数々に、バルクホルンは言葉を詰まらせる。

「………あんな物は、カールスラントにもまだ無い」
「そうでしょ、なぜなら貴方達のいた世界にはまだ存在していない機械です。逆に、貴方達のようなウイッチ、そしてストライカーユニット、それはこの世界には存在してません。そういう存在していない物が存在しあう異なる世界、それがパラレルワールドです」
「……信じられん」
「信じるも信じないも、今こうしてこんな事になってるじゃん」

 あっさりと状況を受け入れたハルトマンが呟くが、バルクホルンは未だに混乱している。

「……ここがどこか違う所だという事は認識した。で、どうやったら戻れるのだ」
「……それなんですが」

 エルナーは言葉を濁し、ちらりとエグゼリカの方を見る。

「元世界の空間座標と、大型転送装置があれば……」
「それはどこにある!」
「………彼女が転移に巻き込まれて、そのまま地球にいる。つまりそういう事ですよ」

 エルナーの言葉の意味を理解したバルクホルンの顔が、ゆっくりと青くなっていく。

「つ、つまり私達は帰れないという事か!?」
「まだそう決まった訳では……」
「貴方達がこの世界に転移された要因を見つけ出し、解析していけば、何か糸口が分かるかも」
「そんな悠長な事をしてられるか! 一刻も早く戻らねば、私は脱走兵になってしまう! 敗北主義者として扱われ、今までの戦歴も勲章も抹消され、命惜しさに逃げ出した惨めな軍人崩れになってしまうのだ! いや、私だけならいい! その汚名はクリスにまで及んでしまう! 何が何でもそれだけは避けねば!」
「落ち着いてくださいバルクホルンさん!」
「大尉、気を確かに!」

 完全に錯乱しているバルクホルンを、芳佳とリーネがなんとか押さえてなだめようと苦心する。

「もうちょっと落ち着きのある人に見えたけど……」
「根が真面目過ぎると、こういう時ああなる物らしい……」
「どうしよ、あれ?」
「さあ……」

 エリカ7もどうすればいいか迷うが、それまで妙に静かだったペリーヌが席を立つと、紅茶の道具が置いているワゴンに近寄り、予備のカップにそこにあるビンの中身を入れる。

「バルクホルン大尉、失礼します!」
「むぐ!?」

 カップを手に、バルクホルンの前まで歩み寄ったペリーヌはその中身、紅茶の香り付け用においてあったブランデーを一気にバルクホルンの口内に流し込む。
 薄めもしないブランデーを一気に飲み込んだバルクホルンの顔が一気に赤みを増し、そして静かになる。

「げ、げほほ!」
「大人しくなりましたね」
「それ、20年物のXOコニャックですわよ? 一息に飲む物ではございませんわ」
「エリカちゃん、それ以前に未成年にお酒は……」
「カールスラントだと16歳以上はOKだよ。バルクホルンは全然飲まないけど」
「あ、あらりまえだ! 軍人はる者、アルほールなぞ…」

 アルコール度50はある蒸留酒を一気飲みしたため、バルクホルンのろれつがやや怪しくなっている。

「ほらほらトゥルーデ、指揮官なんだからしっかりしないと」
「指揮官?」
「だってそうじゃん。ミーナ隊長も坂本少佐もいないし、それだと階級はトゥルーデが一番上じゃん」
「そうか、そうだな、うん。カールスラント軍人、しかも指揮官たる者、冷静を務めねば……」

 まだ顔が赤いが、なんとか普段の落ち着きを取り戻したバルクホルンが席に座る。

「すいません、騒がしくして……」
「いえ、多分彼女の反応が普通なのかもしれないわね」
「私も地球に飛ばされた時は随分と混乱しました………」

 芳佳が謝るが、ポリリーナとエグゼリカがむしろ認めるようにしてその場を諭す。

「ともあれ、今分かっている事を整理しましょう。彼女達501小隊ウィッチが謎の時空転移に巻き込まれ、この世界に飛んできた。それよりずっと前にエグゼリカもこの世界に。そして今、ウィッチ達の転移と同時に彼女達が戦っていた敵、ネウロイもこの世界に出現、それと一緒に、エグゼリカが戦っていたヴァーミスも出現した。私には、これらがバラバラの事とはとても思えません」
「私も同意見ね」
「つまり、どういう事?」

 エルナーの推論にポリリーナが賛同するが、ユナは首を傾げる。

「パラレルワールドからの多数の転移、これは偶然ではなく、何かの要因があるという事です。もっとも大規模な災害か、人災かまでは分かりませんが………」
「待ちなさい。だとしたら、これで終わりではなく、始まりという事かしら?」
『!!』

 エリカの言葉に、全員に緊張が走る。

「その可能性は大いにあります」
「我々とネウロイ以外に、まだ何かが来ると言うのか!?」
「もしくは、別の世界にすでに現れているか。断定はできませんが、否定もできません」

 バルクホルンの言葉と、それを肯定も否定もしないエルナーの言葉に、全員がざわめき始める。

「そしてそれが何であれ、この世界に仇なす存在ならば、光の救世主であるユナは立ち向かわねばなりません」
「それが光の救世主の宿命、だもんね」
「ユーリィもいるです〜」
「私もいるわ」
「めんどくさいけど、やるしかないみたいね〜」

 意気を上げるユナの周りに、ユーリィ、ポリリーナ、舞が集う。

「ここがどこであれ、ネウロイが襲撃してくるならば、我々501小隊は立ち向かうのが仕事だ」
「それが、私達ストライクウィッチーズです!」
「そうだね、芳佳ちゃん!」
「その通りですわ」
「ネウロイ以外の相手するのも、面白そうだしね」

 バルクホルンの宣言に、芳佳が力強く立ち上がり、リーネ、ペリーヌ、ハルトマンもそれに頷く。

「ヴァーミスの襲撃が始まったのならば、戦うのがトリガーハートの目的、そしてこの地球を守るのが私の選んだ目的です」

 エグゼリカがその意思を強く表す。

「敵が何であろうと、私の家を破壊した御礼はしてさしあげませんと。無論その黒幕がいるとしたら、その方にもたっぷりと返してあげますわ! この香坂 エリカの名の下に!」
「エリカ様がそう言われるのでしたら」
「私達、エリカ7はそれに付き従うだけです」
「フェアプレー精神の無い連中が相手みたいだし」
「取られたゴールの分、倍にしてやる!」

 エリカが誓うのを、ミドリとミキが静かに従い、マミとルイはリターンマッチに闘志を燃やす。

「それでは、皆さん力を合わせ、この一連の転移解決のため、共に戦いましょう!」
『お〜!!』

 少女達が皆、拳を突き上げて一致団結を誓う。

「だとしたら、まず問題がある」
「補給、ですね?」
「ああ、残弾が少ない。どこかで補給する必要があるが……」

 バルクホルンの問いかけに、エルナーは悩む。

「貴方達ウィッチの使う銃は、今では完全に骨董品ですからね……弾薬のアテは……」
「あら、なんでしたら最新型のを香坂財閥で用意しますわよ?」
「それが使えればいいのですが……」

 ある懸念を抱いていたエルナーだったが、そこにヘルメットに執事服を着た初老の男性が、一冊の本を持ってくる。

「見つかりました、お嬢様」
「ご苦労」

 すこしホコリっぽいその本を手に取り、エリカはあるページを探す。

「ありましたわ」
「見せてくださいまし!」

 エリカが指差したページを、ペリーヌはものすごい勢いで本をひったくって覗き込む。

「あの、その本なんです?」
「香坂家の家系記録書ですわ。彼女が知りたい事があるというので」

 芳佳の質問にエリカが答えるが、そこでペリーヌがその本を手に小刻みに震えているのに気付く。

「え……いや………あの………」
「ペリーヌさん?」
「何か面白い事書いてるの?」
「どれどれ?」

 ペリーヌのただならぬ様子に、皆も不審と興味を持ち、ハルトマンが硬直しているペリーヌから記録書を抜き取り、テーブルの上に広げた。

「あれ?」
「な!?」
「これって……」
「ペリーヌさん!?」

 そのページには、モノクロで随分古びている一枚の女性の写真が載っている。
 しかもその女性は、メガネをかけておらず、随分と大人びているがペリーヌそっくりの顔をしていた。

「これは……どうやら彼女の並列存在のようですね」
「光の救世主だった私みたいな?」
「ええ」

 エルナーも興味を持ったのか、そのページを読み上げる。

「ええと、香坂 ピエレッテ。旧姓ピエレッテ・H・クロステルマン。フランス貴族、クロステルマン家の血筋に生まれ、戦後フランス復興と文化財保護に尽力。同じく文化財保護運動をしていた後の8代目香坂家当主、香坂 満雄と出会い、その妻となる」
「貴族としては、随分と変わった名前ね」
「確か、ピエレッテって女ピエロって意味だたはず」
「その名で呼ばないでくださいまし!」

 フランス語の名前の意味を知っていたポリリーナとミキが呟いたのを、硬直していたペリーヌが思わず怒鳴り帰し、はっとして口をつむぐ。

「その名とは?」
「………ピエレッテ・H・クロステルマンはお婆様がつけてくれた、私の本名ですわ」
「じゃあペリーヌってのは、あだ名なんですか?」
「ええまあ……坂本少佐にしかお教えしてなかったのに………」

 バルクホルンと芳佳が、顔を赤くしながらそっぽを向いて応えるペリーヌと写真の女性を交互に見る。

「ちょっと待った。これって、彼女のご先祖なんだよね?」
「ええ、そうですわよ」
「じゃあ、この人、ペリーヌの子孫って事になるんじゃない?」
「正確には並列存在の子孫ですから、微妙に違いますが……」

 ハルトマンの指摘にエリカとエルナーが補足した所で、再度ペリーヌが硬直する。

「……子孫? 私の………?」
「そういえば、エリカ様に雰囲気は似てますけど」
「普段からエラそうなトコはツンツンメガネと一緒だし」
「いや、並列存在だからと言っても、性格とか遺伝子も一緒とは限りませんが……」

 好き放題言う面々にゆっくりと振り返りながら、ペリーヌが完全に彫像と化す。
 だがそこで、エリカが席を立ち上がるとペリーヌの前まで歩み寄り、両肩に手を置く。

「私は、貴方のような方が先祖というのなら、誇りに思いますわ」
「え?」
「先程の闘い、そしてそのプライド、貴族のお嬢様として、これ程完璧な方は見た事がありません。このような方の血を受け継いでいるのなら、この私の完全無欠なお嬢様ぶりにも納得がいきますわ。何一つ、恥じる事はありません」
「エリカちゃんがあんなに人の事褒めるなんて……」
「暗に自画自賛してる気もしますが」
「まあ、ペリーヌさんも悪い気はしないと思いますけど」

 どこか恍惚とした目でペリーヌを見ているエリカに、ユナ、エルナー、芳佳がひそひそと呟く。

「改めて、このレイピアは貴方の物です。銀河一のお嬢様としての責務を果たすため、共に戦いましょう!」
「ええ! 分かりましたわ!」

 完全に意気投合したのか、二人が手を取り合い、目じりに涙まで浮かべている。
 その光景を、皆はどこか生ぬるい視線で見つめていた。

「え〜と、まずはこの後の行動方針を決めないと」
「必要なのは補給と情報だ。補給は何とかなるようだが、情報が全く足りん。他の501小隊のメンバー6名の安否も気になる」
「坂本さんやサーニャちゃん、どこにいるんだろう……」

 エルナーの提案に、即座にバルクホルンが答える。
 その内容に、他のメンバーを心配してウィッチ達の顔が曇る。

「う〜ん、私のセンサーでは限度がありますからね………ここはもっと高度なシステムを持つ所を頼る事にしましょう」
「高度……こうど……ああ、ミラージュね」
「ええ、永遠のプリンセス号なら、何か分かるかもしれません」
「また随分と大層な名だが、戦艦か何かか?」
「そうですよ、見てビックリしないでください」
「あの、次元転移反応なら、微弱なのを姉さんが感知して向かってます。太陽系外からかもしれないと言ってましたが」
「う〜ん、それも気になりますね。ミサキにも連絡を取っておきましょう」
「ミサキちゃん元気かな〜。最近お仕事忙しくてメールもあまり来ないんだ」
「じゃあ、上に上がる準備をしましょう。クルーザーはこちらで用意するから、全員支度を」

 エグゼリカからの情報も気になるが、とにかく思いつく限りの手を打ちながら、ポリリーナが準備に取り掛かる。
 ちなみに、他の全員はまず目の前のケーキを食い尽くす所から始めていた。

「よし、栄養の補給は完了した」
「トゥルーデ、今度は鼻についてる」
「ミドリ、アコとマコ、セリカに連絡を」
「分かりました」
「私は先に行ってます。上の戦艦にですね?」
「単騎で大気圏出れるんですか。それではミラージュには連絡しておくので、現在分かっているデータを全てお渡しします」
「医療品は私が持ちます! 実家は診療所やってるんです!」
「こっちも、呼べる人みんなに連絡してみる!」
「じゃあ、出発よ!」
『お〜!』



 乾いた音を立てて、最後の弾丸を吐き出した銃が沈黙する。

「くっ……!」

 連射のし過ぎで、すでに銃身が焼け付きかけていた銃を少女はためらい無く投げ捨て、片手に握っていた扶桑刀を正眼に構える。

「こいつは、なんだ?」

 呟きながら、少女は刀を握っていない手で右目を覆っている眼帯を外す。
 眼帯の下からは、瞳に魔力の篭った赤い光を宿した《魔眼》がその固有魔力で今彼女が戦っている相手を文字通り見透かした。

(コアが無い、という事はネウロイではない。だが、機械とも生き物とも分からない?)

 その相手、三角翼の巨大な爆撃機のような敵に、少女は持てる力の全てをぶつけ、戦っていた。

(他の者は返答も姿も無い……一体ここはどこだ?)

 虚空を旋回しながら、眼下に広がる雪原に少女は疑問を浮かべるが、今はまず目の前の突如として襲ってきた謎の敵に専念する事にした。

(魔力がもうほとんど残っていない………これで、決める! 胴体部中央、ネウロイの物とは違うが、コアらしき反応。そこに狙いを定める!)

「はああああぁぁ、烈風斬!!」

 残った魔力を全て注ぎ込み、手にした扶桑刀からオーラのような光が立ち上がる。
 そして、揺らめく白刃を大上段に構え、一気に振り下ろした。
 白刃からは凝縮された魔力の斬撃波がほとばしり、相手の胴体部を半ばまで一気に両断した。

「これで……う!?」

 魔力の大規模使用で、少女の体から力が抜け落ちていく。
 なんとか残った力で雪原に不時着しようとした時、相手の体が今までとは明らかに遅いが、再生を始めている事に気付いた。

「浅かったのか………!」

 再度上空へと舞い上がろうとした少女だったが、両足のストライカーユニットを起動させる魔力も無く、雪原に倒れこみかける。

「せめて……一太刀………」

 杖代わりに雪原に突き立てた扶桑刀を手に少女は構えようとするが、疲労感がそれを上回っていく。

(これまでか!?)

 少女が歯噛みし、覚悟を決めた時だった。
 突然、どこかから強力なビームが飛来し、再生しかけていた相手のコアを貫く。

「!?」

 驚いた少女が、ビームの飛来した方向を見るが、そこには何も見えない。
 魔眼を使おうと眼帯に手をかけた所で、とうとう限界が来た少女はそのまま倒れこんでしまう。

「次元転移反応確認。指定条件に全項目一致。現時点を持って貴方を私のマスターとして登録いたします」
(誰かいるのか……マスター? 一体……)

 薄れていく意識で聞こえてきた声に、少女は疑問を覚えるが、疲労が彼女の意識を完全に途絶させる。
 その彼女のそばに、小さな影が降り立つ。

「生命反応、低下。緊急の救助措置が必要と認識。救助ビーコン、発動」

 小さな影が呟くと程なく救助ビーコンが全方位に流される。
 それ程時間を待たずに、上空に一隻のクルーザーが姿を現していく。

「マスター、もう少しの辛抱です。私には、貴方が必要なのです………」



「う………」

 短く呻いた後、少女はゆっくりと目を開ける。

「ここは……」

 そこは小さな部屋で、あちこちに見慣れない機械が置いてある。
 その中央にあるベッドに寝かされた自分の体を見れば、手当てがほどこしてあり、枕元に愛用の眼帯と銃、そして扶桑刀が立てかけてあった。

「そうだ、私は…」
「目が覚めたようね」

 部屋のドアが突然スライドし、そこから一人の少女が姿を現す。
 長い黒髪を二つにわけ、どこか静かな雰囲気をまとった少女は、手にしたカップを差し出した。

「コーヒーでいい?」
「ああ、すまない」

 ベッドの上にいる、こちらも長い黒髪を後ろでしばった少女は、半身を起こしながら差し出されたコーヒーを受け取り、それを静かに嚥下する。

「落ち着いた?」
「一応は。すまないが、ここはどこだ?」
「私のクルーザーの中よ。あなたは、謎の敵と戦って倒れてたの。そこを私が救助した。いえ、正確には助けてくれたのは彼女よ」

 そういって、コーヒーを差し出した少女はベッドのそばにあるデスク、その上にある小さなベッドのような機械と、そこに寝かされている全長15cm程の白い少女の姿をした人形を指差す。

「? 人形ではないのか?」
「見た目はね」
『チャージ完了。リブートします』

 そこで突然小型ベッドから電子音声が響き、横たわっていた白い少女人形が目を覚ました。

「!?」
「再起動確認、そちらのお加減はいかがでしょうか、マスター」
「な、何だこれは!? 使い魔か!?」

 小型ベッドから起き上がり、声をかけてきた少女人形に、ベッドの上の少女は狼狽する。

「武装神姫ね。大分昔に流行した、大会用のバトルフィギュア。ただし、彼女は明らかにデータにある物とはエネルギーの桁が違い過ぎるわ」
「待て、大昔だと? こんな物、扶桑でもカールスラントでも作れないはずだ!」
「扶桑? カールスラント?……貴方、軍人みたいだけど、所属は?」
「私は扶桑皇国海軍遣欧艦隊第24航空戦隊288航空隊、連合軍第501統合戦闘航空団《ストライクウィッチーズ》副隊長、坂本 美緒少佐だ」
「……私は一条院 美紗希。銀河連合評議会安全保障理事局特A級査察官、コードネームは『セイレーン』」
「私は武装神姫・天使型MMS アーンヴァル」と言います」
『………』

 三人がそれぞれ名乗った所で、微妙な沈黙がその場に下りる。

「何だそれは?」
「それはこっちの台詞」

 ベッドの少女、美緒と介抱した少女、ミサキが互いに疑問を述べる。

「銀河連合? 何の冗談だ?」
「貴方の言うような組織は、銀河連合のどこにも存在しないわ」
「待て、そんなはずは………」
「待ってください。貴方達の所属する組織は、それぞれ並列世界にある物と思われます」

 首を捻る二人に、武装神姫のアーンヴァルが訂正を入れる。

「……どういう事だ」
「私は起動と同時に、インストールされていたプログラムに従って行動しました。プログラム内容は『次元転移反応を持ち、戦っている者をマスターとして登録し、サポートする事』。それにより、私は貴方をマスターとして登録しました」
「次元転移? 何だそれは?」
「待って、次元転移!? 通常転移は一般化してるけど、次元転移なんてまだ理論段階よ! 実現化すれば、それこそ異世界からの転移が…」

 そこまで言った所で、ミサキがはっとして美緒の枕元の装備を見た。

「美緒、この装備、どこから?」
「軍の備品だ、この《烈風丸》は私が打ち鍛えた物だが」

 美緒は枕元の扶桑刀を手に取り、僅かに鞘走らせる。
 僅かに見えた白刃の怪しい光を見ながら、ミサキはある推測を口に出した。

「その銃、今から300年以上も前に使われていた記録がデータバンクにあったわ」
「300年!? そんな馬鹿な!」
「けれど、貴方が履いていたと思われるこのユニット、今の技術でも作れない。全く違う技術体系の産物よ」
「………理解できん。だが、その前に聞きたい。私のそばに、誰かいなかったか?」
「いいえ。サーチ反応があったのは、あなたと彼女だけよ」
「私のセンサーでも同意です。生体反応、有機反応、どちらもマスターだけでした」
「………そうか」

 それだけ言うと、美緒はベッドから降りようとする。

「まだ寝てた方がいいわ」
「そういう訳にいかん。私は部下を探しに行かねばならない。それが上官の務めだ」
「残念ながら、それは不可能です。マスター」
「なぜだ」
「こういう事よ」

 ミサキは腕の小型コンソールを操作し、部屋の一部を透明化させる。
 そこに広がる光景に、美緒は絶句した。

「な、何だこれは!?」
「このクルーザーは、今ケンタウルス星系から太陽系に向かっているわ。貴方を見つけたのは、偶然ある星の地表から奇妙な転移反応をサーチしたから。さすがに生身で宇宙空間は移動できないでしょう?」
「う、宇宙空間!? 私は今宇宙にいるのか!?」

 その光景、視界全てに広がる見た事も無い無数の星々に、美緒は驚愕するしかなかった。

「信じられん………一体、どうなっているんだ……みんなは、無事だろうか………」
「他に怪しい転移反応は無いという事は、この周辺宙域にはいないと思うわ」
「私もそう思います、マスター」
「けど、今地球で奇妙な事件が起きてるらしいわ。そしてそれに私の友達が関わってるという情報を聞いたの。だから今地球に向かっている。そこで何か分かるかもしれないわ」
「そうか………」
「地球につくまで、まだしばらく掛かるから、休んでいた方がいい。負傷急速治療装置の効果が悪くなるわ」
「……機械で宮藤のような事が出来る時代、か」
「マスターは私が守ります。だから安心してお休み下さい」
「起きている方が、悪い夢を見ているようだ……」

 正直な感想を漏らしつつ、美緒は再度ベッドに横になる。

(みんな無事でいてくれ………ミーナ………)

 コーヒーを飲んだ事よりも、精神的な不安で美緒は眠れそうにも無かった……






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