カエルの皮下脂肪って......???


TBS系列の「世界ウルルン滞在記」というTV番組が好きで、よく見ている。

2005年6月5日(日曜日)午後10時放送の「体に効く魅惑のスイーツに…佐野瑞樹が出会った」という回で「カエルの皮下脂肪」を使った香港スイーツなるものに違和感を覚え、ちょっと調べてみた(1)。

この香港スイーツは「カエルの脂肪・ツバメの巣入りココナッツミルク」というもので、漢方薬の材料を使って作る、医食同源の思想に基づいたデザートである。ここで「カエルの皮下脂肪」とされる「雪蛤」の正体を確かめるべく、色々と調べて行くうちに、脂肪とは全く異なる物質であることが明らかになって来た。

そもそも、カエルやサンショウウオといった両生類に、基本的に皮下脂肪は存在しない。他に可能性があるのは、精巣や卵巣といった生殖巣に付随する「脂肪体」である。だが、しかし、だ。乾燥させた脂肪を水に浸けて戻したとしても、果たして「ぷるん、ぷるん」とかいったような食感になるのだろうか?

そうこうしているうちに、この番組のホームページで公開しているスイーツのレシピに「150gのカエルの脂肪は4時間水に浸けて戻し、筋膜など固い部分とゴミを取って、5片の生姜スライス、氷砂糖少量と浸る程度の水少量と一緒に30分間蒸す」という、面白い記述を見つけた。皮下脂肪にも、脂肪体にも「筋膜」は存在しない。

こうなったら、困ったときの図書館である。「中薬大辞典(2)」第二巻で、雪蛤をキーワードに調べると「雪哈(せつごう)」という漢方薬が引っ掛かって来た。これは「ゴウシマ=哈士蟆(ha shi ma)」の異名であった(1428: 714〜715頁)。しかも、中国林蛙(Rana chensinensis)や黒龍江林蛙(Rana amurensis)の雌雄を9月上旬から中旬に採集し、内臓を除いたカエルの本体そのものを乾燥させた漢方薬であった(3)。

次に、ここからの派生で「ゴウマユ=哈蟆油(ha ma you)」という漢方薬を探り当てた(1543: 768〜769頁)。まさに、これであった(ビンゴ!!)。以下に、幾つか該当する記述を書き出してみる。
[基原] アカガエル科の動物、中国林蛙、あるいは黒龍江林蛙の雌の乾燥した輸卵管。
[薬材] 外側は黄白色で脂肪のような光沢をもち、時に灰白色の薄膜状乾皮がついていて、ぬめりをもつ。水気を含むと10〜15倍に膨張する。
[成分] 大部分がタンパク質で、脂肪は4%前後にすぎない。

「カエルの皮下脂肪」として市場(しじょう)に流通している「雪蛤」の正体は、どうも「アカガエル類のメスの輸卵管を乾燥させた漢方薬」のようであった。しかも、早春の繁殖に向けた冬眠前の秋口に、たっぷりとゼリー状物質を蓄えた輸卵管である。なるほど、これなら「筋膜を取る」という記述も、食感がゼリー状というのも、コラーゲンたっぷりというのも納得が行く(4)。

[脚注]
(1) 番組の中で、あれだけ自信たっぷりに「カエルの皮下脂肪、カエルの皮下脂肪」と連呼されると「こっちの知識のほうが間違っているんじゃないか?」と思えて来るから、不思議である。
(2) 新潟大学附属図書館が揃えている「中薬大辞典(上海科学技術出版社、小学館編。1985年12月10日初版第一刷発行、1998年5月1日初版第三刷発行)」は、全5巻揃価格が消費税抜きの本体280,000円で、とても個人では購入できそうもないくらい高額であった。
(3) この辞典には「中国林蛙(Rana temporaria chensinensis)」と、ヨーロッパアカガエルの亜種としての学名が記されている。
(4) 私の場合、こういった無駄な調べものばかりして時間を浪費しているから、雑学の知識は確実に増えて行くのに、肝心の学術論文のほうは、なかなか出ないんだよなあ......。


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