有尾両生類(サンショウウオ類)の「飼育」に関する質問(2)

>静岡県に住んでいる◯◯と申します。現在、私はアカハライモリを捕まえてから4年間ほど飼育していて、サンショウウオにも興味を持っています。そこで、このイモリとサンショウウオを飼育しながら、有尾目の2種類の違いを比べてみたいと思っています。しかし、図書館やインターネット、本屋などで色々と調べてみましたが、サンショウウオについて知りたいことが、なかなか見つかりません。先生のサイトを見つけて、先生がサンショウウオについての研究をしているということなので、質問させていただきました。お聞きしたいことは、以下の4つです。

(1) サンショウウオの飼育は難しいと聞いたのですが、このような温暖な地域でも飼育することが出来る種類というのはありますか?なければ、冷やして飼育できる方法を教えていただけると有り難いです。
(2) 上記(1)の種類は、静岡や愛知に生息していますか?または、どのような地域に住んでいるのかを教えて下さい。
(3) オオダイガハラサンショウウオ、ハコネサンショウウオは肺を持っていないようですが、どのように呼吸をしているのでしょうか?
(4) 止水形のカスミサンショウウオの亜属には、カスミサンショウウオ、トウホクサンショウウオ、トウキョウサンショウウオ、ツシマサンショウウオ、アベサンショウウオ、ブチサンショウウオ、コガタブチサンショウウオ、エゾサンショウウオ、ベッコウサンショウウオ、オキサンショウウオ、オオイタサンショウウオ、ヒダサンショウウオ、アカイシサンショウウオ、ホクリクサンショウウオ、ハクバサンショウウオ、イシヅチサンショウウオがいるそうですが、すべてカスミサンショウウオから分離していって、遺伝子もすべて違うのですか? (2016年4月2日)

ご質問のメールをいただき、有り難うございます。日本産サンショウウオ(サンショウウオ科のサンショウウオ類)に興味を持っていただけるのは、学問の将来を考える上で、本当に有意義なことだと思います。アカハライモリとサンショウウオ科のサンショウウオ類との決定的な違いは、受精様式にあります。前者は体内受精で、後者は体外受精です。2016年2月29日現在、世界中に生息する有尾両生類698種の中で、体外受精をおこなう種は約10%です。メールには「アカハライモリを捕まえてから4年飼育」とありますが、飼育環境はどのようなものでしょうか?と言いますのも、アカハライモリは、変態・上陸後、性成熟すると(繁殖可能な成体になると)水中へと移動し、その後は水の中で暮らすからです(冬眠も水の中です)。ただし、時々は陸に上がりますので、飼育するときは陸地を造ってやる必要があります。日本に生息するサンショウウオ類は、早春の繁殖期以外は水に入りません。変態・上陸後、性成熟すると水中へと移動し、繁殖をおこないますが、繁殖が終わると陸に上がり、その後は陸上で暮らします。それから一年かけて生殖器官を発達させ、春になると再び水場へと移動します。彼らの生活史は、これらの繰り返しです。

ご質問は(幼生ではなく)成体の飼育に関するものだと理解した上で、以上の基本事項をふまえて、ご質問にお答えします。
(1) 温暖な地域で飼育することが出来る種とのことですが、サンショウウオ科のサンショウウオ類は、基本的に暖かいところが苦手です。温暖な地域に生息していても、自然界では、なるべく体温を上げないように、日中は地下穴や倒木の下などの涼しいところに隠れています。ところが、飼育下では、これが出来ないわけですね。そこで、隠れ家を造ってやって、日中の気温が20℃を超えるようなときは土の中にパイプを通して冷却水を流し、彼らの体温を下げてやる必要があります(サンショウウオ類を飼育しているマニアの多くは、夏になると冷蔵庫に入れるそうです)。
(2) 静岡県や愛知県に生息するサンショウウオ類は、アカイシサンショウウオ、カスミサンショウウオ、コガタブチサンショウウオ、ハコネサンショウウオ、ヒダサンショウウオの5種です。アカイシサンショウウオは、静岡県と長野県との間にある赤石山脈の南側にだけ生息する種で、2004年に記載された新しい種です。新種記載から10年以上が経ちますが、繁殖水域も、卵嚢も、幼生も、今だに発見されておりません(赤石山脈南側にある山々の頂上付近から、成体だけが見つかっています)。カスミサンショウウオは、愛知県では低い丘陵地に生息し、早春になると水たまりや田んぼなどの止水域で繁殖します。比較的、見つけやすい種だと思います。コガタブチサンショウウオは、ブチサンショウウオの西日本型と考えられ、愛知県以西に生息します。渓流繁殖するヒダサンショウウオと、似た種と思っていただいて結構です。探し難いとは思いますが、渓流周辺の落ち葉の下や石の下などで見つかると思います。ハコネサンショウウオは、その名の通り、原記載論文が箱根で採集した個体に基づいたもので、静岡県にも分布しています。山間の渓流の石の下などで、まずは幼生を見つけることから始めて下さい。渓流の周りの陸地で岩などをひっくり返すと、成体が見つかる可能性が高いと思います。ヒダサンショウウオは、前述のように、ブチサンショウウオと似た種で、秋になると冬眠のため渓流へと移動することが知られています。これも静岡県に分布していて、アカイシサンショウウオとの同所的分布を示します。
(3) ハコネサンショウウオなどの肺を持たない種は、皮膚呼吸をおこないます。幼生期間の一時期、肺が分化しますが、すぐに退化・吸収され、成体には肺がありません(オオダイガハラサンショウウオが肺を持たないという話は、寡聞にして知りません)。
(4) サンショウウオ科のサンショウウオ類は、止水繁殖性と流水繁殖性に、大きく分かれます。ここで挙げられている、カスミサンショウウオ、トウホクサンショウウオ、トウキョウサンショウウオ、アベサンショウウオ、エゾサンショウウオ、オオイタサンショウウオ、ホクリクサンショウウオ、ハクバサンショウウオは止水繁殖性で、ツシマサンショウウオ、ブチサンショウウオ、コガタブチサンショウウオ、ベッコウサンショウウオ、オキサンショウウオ、ヒダサンショウウオ、イシヅチサンショウウオは流水繁殖性です。これらの種が、カスミサンショウウオから分かれて行ったかどうかに関しては、信頼できる成果があります(Pyron and Wiens, 2011)。英語の論文なので、分岐年代の図表(p. 549)だけ参考にして下さい。それによりますと「サンショウウオ科は、まず大元の祖先からエゾサンショウウオと他のサンショウウオ類が分かれ、それからカスミサンショウウオを含む多種多様な種へと分化して行った」と考えられます。従って「これらの種が、カスミサンショウウオから分かれて行ったわけではない」というのが、最新の考えです。
・Pyron, R. A. & J. J. Wiens (2011) A large-scale phylogeny of Amphibia including over 2800 species, and a revised classification of extant frogs, salamanders, and caecilians. Molecular Phylogenetics and Evolution 61: 543-583.

(補足): 諸般の事情で更新が遅れたが、これは2016年2月29日付の回答である。


>両生類用生理食塩水(0.65%)ですが、獣医師から感染症や衰弱を起こしたアホロートルに対し、飼育水として使用するように指導がありました(この場合、塩化カリウム0.42g、塩化カルシウム0.25 gを含むリンゲル液として処方されていました)。浮腫などの症状がある場合、輸液として使用するのだと認識していますが、ネット上では「アホロートルは塩分に弱い。0.2%で充分」等の情報が氾濫しています。実際のところ、0.2%の濃度で充分に輸液としての効果を発揮できるのでしょうか? また「アホロートルがサンショウウオと類似した腎機能のシフトをおこなう」ということでしたら、浮腫などの代謝障害は「腎機能のシフト(前腎〜中腎)が上手くなされなかったり、腎機能を補っているとされる外鰓に問題があったり」という場合があるかと思います。塩分を多く含むリンゲル液を、飼育水として長時間使用することに問題はないのでしょうか? (2011年11月22日)

厳密に言えば、両生類用の生理的食塩水(0.65%塩化ナトリウム溶液)とリンガー溶液(塩化ナトリウム6.5g、塩化カリウム0.42g、塩化カルシウム0.25gを蒸留水に溶かし、全量を1,000mlにした溶液)は別物ですし、後者は生理的塩類溶液のひとつです。

「アホロートルは塩分に弱く、(感染症治療には)0.2%の生理的食塩水を使用する」云々の話は寡聞にして知りませんが、そのことよりも、これを「輸液として使用する」という、そもそもの概念が理解できません。もし「個体に0.2%の生理的食塩水を投与する(注射する)」というのであれば、その個体の体液は低濃度にさらされて薄くなり、逆に浮腫は大きくなってしまうのではないでしょうか? 「塩分濃度0.2%の飼育水を浮腫の治療に使用する」というのであれば、話は分かりますが......。

一般に、オタマジャクシを含む水棲両生類の感染症(潰瘍性皮膚炎やベルベット病)に有効な治療として、塩分濃度を最大で0.6%まで上げた飼育水が推奨されています。この点で(リンガー溶液の処方は別として)、獣医師の指導は適切かと思われます。しかし、個体に浮腫などの症状が見られるのであれば、代謝障害の他に細菌性疾患の可能性も捨て切れませんので「該当する個体そのものを隔離した上で、それまでの飼育設備を消毒し、その個体に抗生物質を投与する」などの措置が必要ではないでしょうか?

(補足): 諸般の事情で更新が遅れたが、これは2011年1月17日付の回答である。


>(1) この「輸液」というのは、獣医師さんが「人間で言うところの輸液です」とおっしゃったからで「0.2%の生食を飼育水として治療に使用する」ということです。注射するということではありません。その場合、0.2%でも効果はありますか? 0.65%と比較してどうですか?
(2) 生食を飼育水にすることで得られる効果とは、具体的にどんなものでしょうか? 素人両生類愛好家の間では「水の硬度を上げ、浸透圧を変えることで、個体への負担を軽減する為」という説があります。
(3) 「水棲両生類の感染症に有効な治療として、塩分濃度を最大で0.6%まで上げた飼育水が推奨されています」とありますが、その治療を実践するにあたり、個体の大きさや体重、年齢、月齢によって塩分濃度を考慮する必要はありますか?
(4) 一部愛好家の中には「両生類は魚類と比較して非常に感染症にかかり難い。感染症にかかるということは、よっぽど飼育方法が不適切だ」という意見があるのですが、先生はどう思われますか? (2011年11月22日)

私は水棲両生類の飼育の専門家ではありませんので(陸棲両生類の飼育はプロ級ですが......)、以下は、あくまで一動物学者の意見として、お聞き下さい。
(1) 効果のほどは、やってみなければ分からないと思います。まず、塩分濃度0.2%の飼育水で少し様子をみて、それから徐々に(0.1%ずつ)、0.6%まで塩分濃度を上げていけば良いでしょう。
(2) 飼育水を両生類の体液と同じ塩分濃度にすることで、体外と体内の浸透圧が同じになり、余計な水分が体内に浸透しなくなります。その結果、浮腫の膨潤を抑制し、場合によっては軽減できる可能性があります。
(3) 私たちの実験系(特に、ホルモンを含む薬剤の投与実験系)でしたら、使用する個体の体の大きさや重さ、更には性別や年齢も充分に考慮してデザインする必要があります。しかし、実験系の対照群として用いる、両生類の生理的食塩水の塩分濃度は0.65%と決まっていますから、どの個体でも投与量は同じと考えて下さい。要は、前述のように、飼育水の塩分濃度を0.6%まで徐々に上げていって、様子をみることです(日本獣医師会が発行する動物飼育のマニュアル本には、水棲両生類の感染症対策として「飼育水の塩分濃度を(0.65%ではなく)0.6%まで上げる」と書いてあります)。
(4) 何万種もいる両生類と魚類の中で、どの種を比較して、このような戯れ言を述べているのでしょう。「両生類が魚類よりも感染症にかかり難い」という客観的データは、どこにも在りません。愛好家の中には、自分たちの数少ない飼育経験を全体に適用してしまう悪い癖を持っている方が少なくありません。主観的な意見ですから、気にしないことです。

(補足): 諸般の事情で更新が遅れたが、これは2011年1月18日付の回答である。


>アホロートルという生物に関して専門的なサイトや文献が少なく、飼育仲間や獣医師から意見をもらってブログの病気記事を作りました。......(以下、略) (2011年11月22日)

実は、アホロートルというのは、有尾両生類の中で最も研究されている生き物です(ただし、実験動物としての扱いが主流です)。英語で書かれた文献は山ほど出てきますし、私は購読しておりませんが、Axolotl Newsletterという雑誌も昔から刊行されています。

(補足): 諸般の事情で更新が遅れたが、これは2011年1月20日付の回答である。


>飼育下の孵化した幼生では、ふんだんに餌を与えているのに共食いが生じるのは、なぜなのでしょうか? (2004年5月1日)

幼生は本能的に自分の口より小さくて動く物体を餌として認識しますから、お互いに接近遭遇する機会が飼育下で多いことが一因かと思われます。その場合は、枯れ葉などのカバーを入れて、幼生が隠れやすい環境を創ってあげれば、共食いの回数は減るでしょう。

ただ、サンショウウオの共食いには、生存戦略的な意味合いもあって、他の個体を食べることで、その個体の持つ成長ホルモンなどの化学物質を、自分の体内に取り込むことにもなります。そうすれば、共食いをした個体は、他の個体よりも速く成長し、その後の生存に有利に働くことが期待されます。これが、サンショウウオの幼生が、ふんだんに餌を与えていても共食いをする理由のひとつだと考えられています(厳密に言えば、これらの物質は消化され、分解されるはずですが......)。


>クロサンショウウオの成体の飼育に関して、お尋ねします。餌は、先生ご推奨のワラジムシ・ダンゴムシ・ミミズといった生き餌を与えております。これからの秋の季節、与える餌の量を従来より増やし、栄養をつけさせてから、冬眠させたいと考えております。これについての、ご意見をいただけないでしょうか? (2003年10月3日)

それまでの飼育の状態が分かりませんので、何とも言えませんが、生き餌をやっているのでしたら、彼らは必要な分だけ自分で餌を採っているはずです。ですから、冬眠前の秋に、敢えて餌の量を増やす必要はないと思います。

これは私の推測になりますが、恒温動物で冬眠前に餌をたくさん摂取し、そのエネルギーを体内に皮下脂肪として蓄える哺乳類(や鳥類)の生理を、変温動物である両生類にも適用しようとしているのではないでしょうか? ちまたでは、このような怪しい論理が、まことしやかに囁(ささや)かれているようです。でも、両生類に皮下脂肪はありませんし、腸に脂肪が付くこともありません。「プレトドン科のサンショウウオ(family Plethodontidae)」では、尾の付け根に「脂肪組織(adipose tissue)」を蓄える種がありますが、これは自切した尾の再生エネルギーとして使用されるものです。

一般に、カエルなどの無尾両生類を含め、両生類の体内エネルギーは、生殖腺(精巣や卵巣)の内側や頭部方向に「脂肪体(fat body)」として蓄えられます。脂肪体重量は、カエルでもサンショウウオでも季節的に変動しますが、最も重いのは雌雄共に初夏の時期です(クロサンショウウオ: Hasumi et al., 1990; Hasumi, 1996; エゾサンショウウオ: Iwasawa et al., 1992)。その後、脂肪体重量は晩秋にかけて徐々に減少します。一昔前は「両生類の脂肪体は冬眠前に最も発達し、冬眠のためのエネルギーとして使われる」と、盲目的に信じられていました。これが正しいのであれば、最大脂肪体重量は、冬眠前の秋に観察されなければならなかったでしょう(岩波生物学辞典には、第4版になっても未だに「(脂肪体は)冬眠中に発達する」という、明らかに誤った記述がみられます)。
・Iwasawa, H., K. Kashiwakura, and T. Sato. 1992. Seasonal changes in the testes and Wolffian ducts in the salamander Hynobius retardatus. Japanese Journal of Herpetology 14(3): 116-123.

これらが意味するところは「変温動物で基礎代謝量の低い両生類では、冬眠のためのエネルギーをほとんど必要としない」ということです。従って、冬眠前の秋に、与える餌の量を増やす必要は全くありません。もし「飼育しているサンショウウオが、夏の時期に餌を採ってくれない」という事実があるのだとすれば、それは飼育方法が間違っているからに他ありません。


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