出来ないことをやる


「伊達に年を喰っているわけではない」と、さも経験が豊富かのごとく装おう人は、他人が何か新しいことをやろうとすると、決まって「出来っこない」とか「成功した前例がない」とか言って、冷ややかな眼差しを向けようとする。ところが、それが成功に近づいていると悟ると(嗅覚だけは鋭い!!)、掌(てのひら)を返したように「そんなのは簡単ですよ」とか「そんなのは誰でも出来ますよ」とか言って、他人の分け前にあずかろうとする。

私の専門分野であるサンショウウオ科の種に関して言えば、一年を通して成体を飼育することは困難とされていた。このように書くと「ちゃんと私は飼育している」と反論するのが、サンショウウオマニアの常である。でも彼らが想い描いている「飼育」という概念を尋ねてみると「様々な種類のサンショウウオを少しずつペット的に飼う」というものが、ほとんどである(1)。これに対し、私たちが研究に使用するためには、一種類のサンショウウオの成体を、雌雄別々に少なくとも100匹単位で、繁殖可能な状態にまで飼育することが必要なのである(テラリウム)。

このようにして得られた研究成果を、ある学会の年次大会で発表したとき、サンショウウオ科の種のことに詳しい瀬戸武司さん(島根大学教授)から「飼育できるようになったんだね」との有り難い言葉をいただいた(もう退官されたが、数少ない理解者のひとりであった)。飼育できるということが、どんなに素晴らしいことなのか、それが一般的な理解から乖離していることが、甚だ残念でならない。

[脚注]
(1) 一般にサンショウウオ科の止水性の種では、オスの成体の総排出口前端に「生殖結節」と呼ばれる突起物が存在する(エゾサンショウウオ、オオイタサンショウウオ、クロサンショウウオ、トウキョウサンショウウオなどが、止水性の種の代表格である)。クロサンショウウオのオスの成体では、生殖結節の消長は季節的なもので、2〜3月が繁殖期の個体群の場合、腹腺が未発達の5〜7月を除けば、生殖結節は一年を通して明瞭に観られる(Hasumi et al., 1990; doi: 10.2307/1446342)。これに対し、メスの成体では、この構造体を常に欠いている(Hasumi, 1996; Stable URL)。従って、8〜9月になっても、飼育しているオスの成体に生殖結節が観られなければ「飼育は失敗している」と考えて間違いない。これは「彼らの生殖腺とその附属器官が未発達で、来春の繁殖には参加できない」ことを意味する。要するに、野生動物にとっては、ただ生きているだけの、生ける屍(しかばね)状態であることを、飼育するマニアは肝に銘じておく必要がある。


[追記(2014年12月17日/2015年9月25日/2022年1月8日)] クロサンショウウオ雌雄の成体の生殖腺とその附属器官の周年変化に関する論文は、出版されてから20年間ほどは(自己引用を除けば)余り引用されなかったが、ここ数年で被引用回数が増加している(Researcher ID; Google Scholar)。最近では、これらの論文が投稿原稿で引用され、他に適切な査読者も居ないことから、様々な雑誌からの原稿の査読依頼も増えて来た。サンショウウオ科の種の成体の通年飼育が現在でも難しいことに変わりは無いのだが、野外での陸生個体の季節ごとの捕獲に挑戦する研究者(特にロシア人)が何名か現れたことで、ここに来て漸く私の研究が脚光を浴びているもので、時代が追い付くまで20年間も掛かってしまったことになる(これから、まだまだ関連論文が出版されることが期待できる: e.g., Yartsev and Kuranova, 2015; Yartsev et al., 2021)。

・Yartsev, V. V., and V. N. Kuranova 2015. Seasonal dynamics of male and female reproductive systems in the Siberian salamander, Salamandrella keyserlingii (Caudata, Hynobiidae). Asian Herpetological Research 6: 169-183.
・Yartsev, V. V., S. S. Evseeva, I. V. Maslova, and D. A. Rogashevskaya. 2021. Male and female cloacal anatomy of the Fischer's clawed salamander, Onychodactylus fischeri (Caudata, Hynobiidae). Russian Journal of Herpetology 28: 275-280.


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