幼形成熟(neoteny)のことですね? 幼形成熟は、その名の通り、子供の特徴を持ったまま性成熟することを指す用語です。私たちヒトは、幼形成熟の典型的な例と考えられています。ご質問は、おそらく有尾両生類(サンショウウオ類)の幼形成熟に関することだと思います(サンショウウオ類では、neotenyという用語よりも、paedomorphosisという用語のほうが使用頻度が高いようです)。
(補足): 諸般の事情で更新が遅れたが、これは2011年1月14日付の回答である。
(1) サンショウウオ類の幼形成熟の場合、種によって、また同じ種でも水温や水の状態(溶存酸素量の多少)によっても、ガス交換の様相は異なります。
(2) ガス交換は、サイレン(Siren)で比較的よく調べられています。これらの種では性成熟しても外鰓は残りますが、溶存酸素の取り込みに関しては、その役割を果たせなくなります。その結果、水温20℃以下の溶存酸素量が多い環境下では、ガス交換の大部分(100%近く)を皮膚に依存しています。これに対し、水温25℃以上の溶存酸素量が少ない環境下(特に夏季)では、肺のガス交換比率が75%にまで達します(Guimond and Hutchison, 1973)。また、マッドパピー(Necturus)では肺が未発達で、肺があってもガス交換には、ほとんど貢献していないことが知られています(ガス交換は皮膚と外鰓のみ)。
・Guimond, R. W. & V. H. Hutchison (1973) Trimodal gas exchange in the large aquatic salamander, Siren lacertina (Linnaeus). Comparative Biochemistry and Physiology 46A: 249-268.
(3) 一般にアホロートル(axolotl: 幼形成熟したメキシコサンショウウオ)の呼吸は、皮膚、外鰓(口内粘膜)、肺でおこなわれます。これらの器官のガス交換比率は分かりませんが、肺が形成されているわけですから、○○さんが観察された行動は肺呼吸と考えて間違いないでしょう。
(4) 幼形成熟するサンショウウオ類では、アホロートルの腎機能が比較的よく調べられています。彼らの腎機能は、変態をおこなう他のサンショウウオ類の腎機能と類似した変化(前腎から中腎へのシフト)をたどるようです。
(5) 脱皮に関するホルモンは、変態に関するホルモンと同じ甲状腺ホルモンとプロラクチンですから、幼形成熟しても変態をしなければ、脱皮をしないと考えることは妥当だと思われます。しかし、この現象も種によって異なり、アホロートルは脱皮をしないようですが、マッドパピーは季節によって脱皮をするようです。
Wikipediaでは、Lesser Siren (Siren intermedia)は「3〜4年で性成熟に達する(Maturity is reached in 3-4 years)」と書いてありますが、一般的には「雌雄ともに約2年」とされており(Martof, 1973)、こちらの信頼性のほうが高いようです。
(補足): 諸般の事情で更新が遅れたが、これは2011年2月23日付の回答である。
・Martof, B. S. (1973) Siren intermedia. Catalogue of American Amphibians and Reptiles 127: 1-3.
これは、日本歯科大学新潟歯学部の方が報告している、クロサンショウウオの幼形成熟したっぽい、大きなオスの幼生の話ですね。写真を見ると、確かに輸精管には精液が詰まっていますし、幼形成熟した個体のようですね。彼らが面白がっているのは「そのオスの歯が、変態前の歯の特徴である丸い形をしていた」ということのようです。
(補足): 諸般の事情で更新が遅れたが、これは2011年2月23日付の回答である。
アホロートルの歯は、他の変態する有尾両生類の歯と同様に、個体発生中に(変態前と変態後に。この場合は、性成熟前と性成熟後に)生え変わり、二型(monocuspid & bicuspid)が生じます(e.g., Wistuba et al., 2003)。しかし、同じく幼生の形状を持ったまま性成熟するマッドパピー(Necturus)では、成体も幼生と同じ歯(monocuspid)を持っています(Greven & Clemen, 1979)。そして、いわゆるpaedomorphosisとされる種では、後者のケースが一般的なようです。つまり「アホロートルだけが特殊である」という認識です。また、一生を通して水に入らないプレトドン科の属(Bolitoglossa, Oedipina, Nototriton)では、かなり様子が異なるようです。メスでは変態後に生えるとされている歯(bicuspid)だけが直接的に発生しますが、オスでは二種類の歯(monocuspid & bicuspid)が、同時に別々の場所に生えるようです(Ehmcke & Clemen, 2000)。この違いは、雄性ホルモン(androgen)が作用する場所の、感度の違いによるものであることが示唆されています。
(補足): 諸般の事情で更新が遅れたが、これは2011年2月23日付の回答である。
・Ehmcke, J. & G. Clemen (2000) Teeth and their sex-dependent dimorphic shape in three species of Costa Rican plethodontid salamanders (Amphibia: Urodela). Annals of Anatomy 182: 403-414.
・Greven, H. & G. Clemen (1979) Morphological studies on the mouth cavity of urodeles. IV. The teeth of the upper jaw and the palate in Necturus maculosus (Rafinesque) (Proteidae: Amphibia). Archivum histologicum japonicum 42: 445-457.
・Wistuba, J., W. Volker, J. Ehmcke & G. Clemen (2003) Characterization of glycosaminoglycans during tooth development and mineralization in the axolotl, Ambystoma mexicanum. Tissue & Cell 35: 353-361.
有尾両生類の爪に関することでしたら、たとえば私の以下のサイトをご覧ください。流水繁殖性の種の多くでは幼生の指趾の先端に黒い爪が生えていますし、ハコネサンショウウオの繁殖期の成体にも黒い爪が見られます。
(補足): 諸般の事情で更新が遅れたが、これは2011年2月23日付の回答である。
http://www5d.biglobe.ne.jp/~hasumi/essay/es_8.html
http://www5d.biglobe.ne.jp/~hasumi/photo/ditch_j.html
http://www5d.biglobe.ne.jp/~hasumi/photo/oj_larvae_j.html
http://www5d.biglobe.ne.jp/~hasumi/photo/oj_m_j.html
http://www5d.biglobe.ne.jp/~hasumi/faq/s_a2.html
http://www5d.biglobe.ne.jp/~hasumi/faq/s_a4.html
http://www5d.biglobe.ne.jp/~hasumi/faq/s_s4.html
どのような発表が為されているのか知りませんが「ホクリクサンショウウオは冬に産卵する」という報告があるのでしたら、それは誤解です。彼らの繁殖期は周囲に積雪がある1月下旬頃から始まりますが、すぐに終わるわけではなく、春先の4月頃まで長期間、続きます。このような生態を「長期繁殖型」と言い、カスミサンショウウオやトウキョウサンショウウオでも普通に見られます。
サンショウウオ科の種で「冬に産卵する」ことが確実なのは、アベサンショウウオだけです。彼らは、雪の降る中、水たまりの深い泥の中で12月に産卵します。
それは誤解です。卵巣の数は関係ありません。1匹のメスが卵嚢を2つ(1対)産出するのは「卵巣が2つあるから」ではなく「輸卵管が2つあるから」です。この2つは、一見すると同じように思えるかもしれませんが、実は全く異なる現象です。一般に、体外受精をおこなうサンショウウオ科の種のメスでは、繁殖期に水域へと移動した後、排卵と卵嚢の形成が起こります。このとき、左右2つある卵巣の卵は、左右の区別なく体腔へと排出されます。排卵後の体腔卵は、メスの体腔に生えている線毛の動きでランダムに頚部付近まで運ばれ、左右2つある輸卵管の開口部へと入って行きますので、卵巣が幾つあっても(1つでも、2つでも、3つでも)、輸卵管が2つあれば、卵嚢は2つ(1対)造られます。
ご質問では○○さんが卵嚢を確認した時期、つまり従来の繁殖期がいつなのか分かりませんので、これから産む可能性も残されていると思います。オスは水の中にいるようですので、自分のパートナー、成熟卵を持ったメスを首を長くして待っている状態なのかもしれません。
上下水道関連の工事の影響は「ある」と考えたほうが正解に近いでしょう。一般にサンショウウオは振動に敏感な生き物ですから、振動源を避けて、どこかに移動してしまっている可能性は捨て切れないと思います。或いは、もしかしたら、この工事そのものでカスミサンショウウオの繁殖移動のルートが寸断されてしまって、産卵用プランターまで到達できない個体が多いのかもしれません。
両生類の生理食塩水ですから、濃度は0.65%のを使ってるんでしょうが「生理食塩水に入れると、精子が動かなくなる」というような話は、聞いたことがありません。「時間が経てば、エネルギーを使い果たして、精子が動かなくなる」ということはあると思いますが、それとも違うようです。可能性があるとすれば「オスの排精が始まったばかりで、まだ精子が付活されていない」ということだと思います。
体外受精をおこなうサンショウウオ科の種のオスでは、繁殖期になると、精巣から輸精管へと精子が排出されます。これが、いわゆる排精です。排精が完了すると、輸精管上皮の分泌物が内腔に放出され、精子の活性化が起こります。こういった状態にならないうちに、精液が、何らかのアクシデントで総排出口から体外へ出てしまえば「精子が動かない」ということはあると思います。
この韓国のサンショウウオは、一見すると、ハコネサンショウウオの幼体に似ているようです(尾の短いハコネサンショウウオといったところでしょうか?)。プレトドン科の場合、ちょっと見ただけで、それと分かる特徴が2点あります。
ひとつは、オスの吻端(鼻先)が尖っていることです。オスの顎には「mental gland」という器官があり、上唇から突き出した「上顎骨小歯(premaxillary teeth)」を介して、ここからの分泌物をメスに送り込み、求愛します。このような求愛様式から、上顎骨小歯には性的二型が見られるので、オスには「吻端が尖っている」という特徴があります。もうひとつは、前後肢の指趾間に「水かき状の膜(web)」があることです。そのため前後肢の甲が広く、指趾が短く見えます。
成体の体の大きさに関しては、頭胴長が雌雄共に平均で41.8mmということですので、ハクバサンショウウオの平均的な大きさより若干、小さい程度で、これといって小さいわけではないようです(論文には頭胴長をどこまで測定したか、つまり前端か後端かの記述はありませんが、プレトドン科の場合、吻端から総排出口後端までの長さを測定するのが一般的です)。また、プレトドン科のサンショウウオは捕食者への防御行動で尾を自切しますので、尾長や全長の記述は載せていないようです(但し「再生尾でない個体の尾長は、頭胴長の1.1倍」という記述がありますので、体の大きさは「全長で9cm程度」といったところでしょうか?)。
朝鮮半島と日本列島は陸続きだった歴史もあり、九州の山奥あたりでプレトドン科のサンショウウオが見つかる可能性は残されています。「水中で繁殖する」という、これまでのサンショウウオ科の概念を捨て、ひたすら陸上を探し回ることが、発見への近道だと思いますね。
ご存知のように「wandering」は「繁殖期の初めの頃に、サンショウウオの成体が何度も水と陸を行き来する行動」で、日本語では「彷徨行動」と訳されています。この行動を北米産の「Taricha granulosa」で見つけて、最初に用語を提唱したのは「Pimentel (1960)」です。その後の研究で、彷徨行動は「繁殖期の個体が、それぞれ水生適応するまでのタイムラグ」と定義付けられています(Hurlbert, 1969)。
日本で「wandering」という用語を最初に使用したのは、おそらく私だろうと思います(Hasumi and Iwasawa, 1992)。それまで陸上で暮らしていたサンショウウオの成体は、早春の繁殖期が到来すると、土中での冬眠から覚醒して水中に移動します。そのとき、彼らが水に入っても即座に水生適応できるわけではなく、水に慣れるまでには、ある程度の時間が必要です。そのため、水を出たり入ったりするわけです。こういったことは普通、分かりそうなものですが、サンショウウオの野外調査を手掛けている人でも、なかなか気付いてくれないのが現状です。そのため「雨が降った翌日に、産出卵嚢対数が多い」という現象を「サンショウウオは雨が降ると移動して水に入り、すぐに産卵する」と解釈してしまうような、著しい誤解が生じるわけです。
・Hurlbert, S. H. 1969. The breeding migrations and interhabitat wandering of the vermilion spotted newt Notophthalmus viridescens (Rafinesque). Ecological Monographs 39: 465-488.
・Pimentel, R. A. 1960. Inter- and intrahabitat movements of the rough-skinned newt, Taricha torosa granulosa (Skilton). American Midland Naturalist 63: 470-496.