以前に友達の誕生日プレゼントに書いたものです。 真夏の昼の夢ならで その日、ロンは自宅の庭の木陰で珍しく読書にいそしんでいた。『チャドリー・キャノンズ――昨シーズンの成績と全スコアの分析』 。もちろん今は夏休みなのだから、教科書だの難しい魔法書だのを広げる必要はない。 暑い日射しを避け、時折風が吹き抜ける場所でカボチャジュースを飲みながら好きなことをして過ごすのは至福の時にも感じられた。が……。 ロンは木の幹に寄りかかり、ふと目を上げて家のほうを見やった。開け放たれた居間の窓から、ちりちりと風鈴が鳴るような心地よい高さの若い女性の笑い声がわずかに聞こえてきた。妹のジニーの声、ではもちろんない。兄の彼女が来ているのだ。 ロンはなんとなく溜息をついて本にまた目を落とした。分析を読むよりチームの写真に見入りながら、やはりなんとなく、ハリーに会いたいな、とロンは思った。 ハリーはどうしているだろう。少しでも夏休みを楽しんでいてくれればいいけど……きっとそれはないだろう。早くうちに来られればいいのに。そう考えたとき、なぜかふっとロンの頭に浮かんだのは、ハリーの顔ではなく、ハーマイオニーの顔だった。 「ハーマイオニー?」 ロンは自分で困惑して、眉根を寄せてまた顔を上げた。すると、 「いえ、わたしはパックンですけど」 そう声がして、目の前に何かが降りてきた。 それはまさに、前方から歩いてきたのではなく、ロンの頭上の木の枝あたりから降りてきたようだった。 その生き物は体長30センチほどで、つややかで長い黒髪、こぼれ落ちそうなほど大きな目、不思議な緑色のワンピースのような服を着ていたが、その服は普通の布でできているものではないようで、ひらひらとした裾は半透明で向こう側が透けて見えるのに、その生き物の体は透けて見えたりはしなかった。そして、その背中にはきれいに透き通った「羽」が2枚。もしかしてこれは……? 数秒穴の空くほどじっと見つめていたロンだが、いきなりそれをぐいとわしづかみにした。 「うげっ!」 その生き物が吐きそうな声を出した。 「い、いきなり何するんですか!」 「う〜ん、どうやら夢じゃないみたいだな」 家のほうからは、まだ時折笑い声が風に乗って聞こえてくる。ロンはつかんだ手を緩めたが、逃げられないように持ったまま角度を変えて観察した。 「ピクシー、にしては羽がある。しゃべってるし」 「ピクシーじゃありません」 「フェアリー、にしては大きすぎる。しゃべってるし」 「フェアリーじゃありません」 「じゃ、何?」 「エルフの亜種みたいなもんです。森を守ったり人間を助けたりする仕事があるので、普通の人間界ではニンフと呼ばれることもありますけど、あの人たちみたいに木や水に束縛されてないのでニンフでもありません。あなた方の分類ではエルフが一番近いんじゃないでしょうか」 「そんな生き物のこと、学校で習ってないぞ?」 「わたしたちは妖精の中でも絶滅寸前のマイノリティですし、魔法使いとはあんまりかかわりにならないので、未確認生物ってことになってます」 「ふーん。で、その未確認生物がなんでここにいるの?」 「あの、パックンと呼んでくれません?」 「ぱっく?」 「パックン、です。ここがイギリスだからって妖精の名前が全部パックだと思わないでくださいね」 「????」 ロンの脳が活動停止したらしい様子を見て、その小さな未確認生物はあわてて 「き、気にしなくていいです。とにかく、わたしの名前はパックンです。よろしく」 と付け加えた。 なんだかまだよく状況がのみこめないが、とりあえず自己紹介されたのだからこちらも自己紹介するのが礼儀だろうかとロンは思った。 「パックン、ね。僕は……」 「ロナルド・ウィーズリー、ロンでしょ?」 「なんで知ってるの?」 「そりゃもう、前々から目を付けてましたから……」 そう言ってパックンは愛想良くにっこり笑ってみせたが、その愛想の良さがかえってうさんくさい、と、さほど猜疑心の強いわけではないロンでさえ思えた。 「なんで?」 「えーとですね、ここに至る経過の説明はめんどくさいので省略させていただいて〜」 「略すなっ」 「ロンくんにお願いがあって来たんです〜」 ロン「くん」なんて言うあたりがすでに怪しい。 「さっきも言いましたけど、わたしたちにはそれぞれ生まれつき与えられてる仕事があって、わたしは人間の子供を助けるっていう役割があるんですよ」 「それ仕事なのか?」 未確認生物がどうやって子供を助けるというのだ。 「で、立派な妖精になるために、わたしたちにも試験があるんです。人間の子供がたくさん外でうろうろしている夏の時期が試験時で、今年はわたしも受けなきゃならないんです〜。妖精も楽じゃないんですよ。わかりますぅ?」 そう言われても、魔法使いの子供だってマグルが考えるほど楽なもんじゃない。ロンは自分の試験の結果を予想して、妙にシンパシーを感じた。 「だけど、それと僕と何の関係があるのさ」 「わたしが試験に合格できるように協力してください」 「そんなこと言われても……」 「試験というのは、人間の子供をちゃんと導くことができるかどうかなんです。その子供が与えられる試練を見事突破できれば合格です」 「なんだか変な試験だなあ」 要するに何をすればいいのか、まだロンにはよく呑み込めない。 「変じゃありません。わたしがあなたを助けるから、あなたは勇気を持って試練を突破してください!」 簡単に言ってくれるじゃないか。ロンはパックンをつかんでいた手を放した。だれが好きこのんで必要もないのに試練なんか受けたいもんか。 未確認妖精パックンは急に手を放されて危うく落下しそうになったが、慌ててぱたぱたを羽を羽ばたかせてロンの顔の少し上まで浮上してきた。 「もちろん、わたしたちの試験のために人間の子供を犠牲にするわけにはいきませんから命の保証だけは絶対あります」 「ちょっと待て! 命の保証だけってなんだ、だけって」 ロンの抗議をさっきからパックンは全然聞く気がないらしい。マイペースに説明を続けた。 「場所は村はずれのあの森の中です」 そう言ってパックンが指差したほうをにロンは首を巡らせた。どこにでもあるような、あれを森などと呼んでしまってはホグワーツの禁断の森に申し訳ない程度の小さな森。試験だの試練だの大変なことを言っておいて、あれか? しりごみするのがばからしくなってきたときに、パックンがだめ押しをした。 「ど〜〜しても怖いんなら何が何でもとは言いません。勇気のない子に勇気を出させるのも妖精の務めですが、わたしはその辺はできるだけ楽したいのでほかに勇気のある子を探します」 その言い方に、ピキッとロンの額に見えない怒りの十字路が現れた。怖いだって? 勇気がないだって? 冗談じゃない。 「さっき僕に前から目を付けてたって言ったじゃないか。僕が臆病者じゃないって知ってるんだろ? やってやろうじゃないか!」 「そう来なくっちゃ。ありがとうございます〜」 パックンにうながされ、ロンはその小さな森へ向かって歩き始めた。夏の強い日射しがさえぎるもののない田舎道にもろに降り注ぎ、ロンは帽子も飲み物も持ってこなかったことを少し後悔した。 「なあ、あそこまでてくてく歩かなきゃいけないのか?」 疑問というよりかすかな期待を込めてパックンに聞いてみる。 「だってあなた、姿現わしできないでしょ? できても困るんだけど」 「なんで困るの?」 「外で魔法を使える子だったら、妖精の助けがいらないじゃないですか」 「で、その試験が終わったら僕には何かいいことはあるの?」 「なんです、いいことって」 「だって試練を受けるって大変だろう? それで試験に合格するのは妖精だろう? こっちは付き合ってあげてるだけなんだから、うまくいったらなんか願い事かなえてくれるとかあってもいいと思わないか?」 「何ですか、その都合のいい思い込みは。マグルの子供向けの本の読み過ぎじゃないですか?」 なんて身勝手な妖精なんだ。そう思いながらも、ロンはどこかこのパックンが憎めないなと感じていた。 「さっき、魔法使いとはあんまりかかわりにならないって言ったよね? 試験のときだけこうやって姿を見せるの?」 学校で習ったことのない、教科書にも載っていない「妖精」の存在に、ロンは興味を持ち始めた。 「そういうわけでも……」 パックンは初めて妙な表情で口ごもった。 「わたしたちは魔法省の管理下に置かれたくないんです。魔法省としては、これ以上知性を持った魔法生物が増えるのはありがたくないらしいんです。法律がややこしくなりますからね」 「じゃあ、今こうやって僕と話してるのは構わないの?」 「べつに魔法使いと話してはいけないという決まりがあるわけじゃありません。あなた方の言うマグルの子供は、まず妖精の存在を信じさせることから始めないといけないから、試験のときにはめんどくさいんですよね〜」 「おまえさあ、真面目に試験受ける気あるの?」 ロンの脳裡に、またちらりとハーマイオニーの顔が浮かんだ。 「わたしはいつでも大真面目です。それに……」 パックンは小さな手を腰にあてて胸を張った。そして、 「あなたは魔法省にチクッたりしないでしょ?」 と付け加えた。 「するわけないよ。もちろん」 ロンは魔法省にそれほど信頼を置いていなかったし、そうでなくてもそんなことするものか、と思った。そしてこの妖精がそういう理由で自分に白羽の矢を立てたのだと思うと、いい気分にさえなった。 |
なんでこんなに長くなってしまったんだろう・・・。 一応5巻と6巻の間のつもりです。こんな時にロンがいつのまにか姿を消していたら、モリーが死ぬほど心配すると思いますが、暗い話は極力省略。あくまでもお遊びですから、広〜い心で読んでください。 |