真夏の昼の夢ならで2
魔法使いと妖精のコンビらしくもなく、汗びっしょりになりながら地道に歩いて――といってもそれはロンだけだったが――パックンの示した小さな森にたどり着いた。 マグルの子が頻繁に出入りしている様子で、こんなところ、魔法生物も住んでいないだろうとロンには思われた。 「おい、こんなところでどんな……」 ロンは最後まで言い終えることができなかった。何の警戒もなしに歩いていたロンは、いきなりずぼっと足元の地面が抜けて、驚きのあまり声も出なかった。 そのまままっすぐ下に落ち、着地の体勢を取ることができず、前につんのめって転がった。が、下も柔らかい地面になっており、膝と掌を多少すりむいた以外、ケガらしいケガもなくてすんだ。 立ち上がって上を見上げると、頭上遙かに光が見えた。 「おいっ」 ロンはパンパンと手を払ってパックンの姿を探した。 「無事だったらこっちへ来てくださ〜い」 背後でパックンの呑気な声がした。 「なんだよ、これ!」 穴に飛び込むことには慣れているといささか自信のあるロンだが、予想もしていないときにいきなり落ちるのは心臓に悪い。 「先に言っとけよ!」 「もう試練は始まってるんですよ。まさか、こんな森の真ん中で白昼堂々妖精試験が行なわれるなんて思ってたわけじゃないですよね?」 しれっと言うパックンにロンはキレそうになった。 「何が試練だよ! ただの落とし穴じゃないか!」 「えーとですね、もしここで少年がびびっておうちに帰りたいと泣き出してしまった場合はですね、えーと……」 どうやらパックンは教科書とか授業とかそういったもので教わったことをなんとか思い出そうとしているようだ。 「いいから。僕は泣いてないだろ? 次はどうすればいいの?」 「こっちこっち」 ロンは小さな溜息をついた。これはどう見ても妖精が人間の子供を助けてるんじゃなくて、自分ができそこないの妖精を助けてるって図だろう。 穴の底近くに横穴が空いていて、パックンはそちらに向かって手招きをした。奥のほうが全く見えない。真っ暗だ。怖くはないが、やはり不安ではある。でも、今までだって十分わけのわからないところへ潜り込んできた。命の保証はあるわけだし、これぐらい、と、ロンは決意してパックンについて横穴へ入っていった。 横穴はたいした幅もなく、ロンが少し両腕を広げると、土を固めただけらしい壁にぶつかった。だが、高さは十分あるようで、背の高いロンでも頭をぶつけることもなく歩いていけた。そして周囲は真っ暗だったが、暗闇に入るとパックンの緑の服と透明な羽がぼんやりとした不思議な光を放って、ロンにはその姿をはっきり見ることができたので、わりあいすんなりと歩くことができた。 どれくらいの時間歩いたのか、ロンにはわからなかった。暗い中、目をこらしながら歩くのでふだん以上に長く感じられたのかもしれない。パックンはただ淡々とふわふわと、ロンの前を羽ばたいて進んでいた。何もなくただ歩くだけなら、落とし穴でもなんでもいいから何か起こってくれたほうがまだましだ。それとも体力の限界に挑む試練なんだろうか? ロンが少し飽きてきたころ、道が上り坂になってきたのがわかった。前方には出口と思われる明りが見えた。本当に何もなかった。暗闇を歩いただけだった。最後の部分は普通に歩けず、腹這いになって穴をよじ登らなければならなかった。 パックンが先に外へ出た。その途端、ぼんやり光っていた光が消えて元の姿に戻った。後について穴から出たロンは、唖然とした。てっきりあの森の地下を通っているのだろうと思っていたのだが、そこはどう見てもあの小さな森ではなかった。 鬱蒼と茂っている木々も、どうやらかろうじて見えている小道を覆い隠すように生えている草も、オッタリー・セント・キャッチポールでは見かけたことがなかったし、かといってホグワーツの禁断の森のものとも違った。しいて言うなら、スプラウト先生の温室の中のようだった。 「ど、どこだ?」 ロンのその問いかけには答えず、パックンはロンの前で羽をぱたぱたさせながら説明した。 「ここを通り抜けてゴールすればわたしの合格です。でも注意して進んでくださいね。何が出てくるかわかりませんから」 「な、何がって何?」 「さあ……」 「さあって!」 「わからないから試練なんじゃないですか」 「そうかもしれないけど……」 ロンはまた小さく溜息をついたが、親友のハリーがドラゴンだの巨大な尻尾爆発スクリュートだの、はてはもっと恐ろしいものと対決してきたのに、ここで自分が恐れをなして帰るわけにはいかない。でもハリーは杖を使うことができた。今の自分は魔法なしで乗り越えなければならないし、第一杖も持ってきていない。何かあったらどうすれば……。 「上下左右前後、どこから来るかわかりませんよ。じゃ、行きましょう!」 そう言ってパックンはさっさと先へ進んでいった。 「おいっ、そんなに早く行くなよ」 ロンは急いでついていこうとしたが、パックンは木と草の間をふわふわ飛んでいくからいいが、ロンは藪をかきわけるようにして進まなければならない。しかもどこから何が出てくるのかわからないというのだから、慎重にならざるをえない。 どこから何が来るか。魔法生物とは限らない。クマでも出たら、あそこの木にでもとりあえず登ろうか……。 そんなことを考え、心臓をばくばくさせ、一歩進むごとに周りをきょろきょろ見回しながら進んだ。そして10分もたたないうちに、 カプッ! 「かぷ?」 素足にスニーカーをはいただけの足首にちくっと痛みを感じてロンは立ち止まった。見下ろすと小さな蛇がロンの足首にかみついていた。小さいが、その体は赤や紫の縞模様が入り、いかにも怪しげな様子だ。もしやこれは……。 「おい」 ロンはパックンを呼び止めた。 「これは何だ?」 「絵に描いたような毒蛇ですねえ。もうやられちゃったんですか? ちょっと早すぎですよ〜」 パックンは平然と、というよりむしろ迷惑そうな顔でロンにそう言った。が、ロンのほうはそんなことに腹を立てている余裕すらなかった。 「うわ〜〜!!」 すぐに蛇をつかんで自分の足首から引き離し、思いっきり藪の中へ投げ飛ばした。 「ど、ど、毒蛇!?」 聞いただけで顔が青ざめていくのが自分でもわかるようだった。 ロンはその場にぺたりとへたり込んだ。かまれたところに小さな三角の痕がついて、ほんの少しだが血が流れていた。 「あ、なんか気分が悪くなってきた……動悸がする……目がかすんできた……」 「そんなわけないじゃないですか〜。やだな〜、もう。大げさなんだから」 パックンは本当におかしそうにけらけらと笑った。 「そ、そういう毒じゃないの?」 ロンは一縷の希望を託して言った。 「あと30分ぐらいしたらそうなるんじゃないですかねえ」 パックンはあくまでも慌てず騒がずそんなふうに答えた。 「そ、その後どうなるの?」 「解毒剤を手に入れないと死にます」 「おまえ〜〜っ!!!」 ロンは再度目の前のパックンをつかんだ。 「ぐえっ!」 「命の保証はするって言ったじゃないか!」 「だって、命にかかわるなんて言ったら誰も来てくれるわけないじゃないですか〜」 「ならおまえがなんとかしろ。人間の子供を助けるのが役目なんだろ? 大体そういうテストなんだろ!?」 「い、今わたしにできることは……」 「できることは!?」 「頑張ってゴールを目指してくださいと励ますことです」 「ふざけるなっ!」 今までにないロンの必死の形相にけおされて、このちょっと風変わりな妖精のパックンもさすがにちょっと慌てた。 「ゴールに着けばそこに薬がありますから! だから急いで!」 「くっそぉ〜!」 ロンはパックンを、わざとちょっと乱暴に突き放すように手放すと、慎重になるのをやめて走り出した。あと30分……といっても時計もしていない……。とにかく急がなくちゃ。 「おい、なあ、パックン」 ロンは時間以外にも気がかりなことがあって、少し息を切らせながらパックンに話しかけた。 「こんな状態でもしほかに何か出てきたらどうすればいいわけ?」 パックンは前方を飛びながら振り返った。 「いくらなんでもそんな阿漕なマネはしませんぜ、だんな」 「誰がだんなだ!」 「一度何かに負けたらそれ以上は何も出てきません」 「負けたって言うな! 闘ってもいないんだからな!」 それどころではないというのに、ロンは妙なところでムキになった。 必死に走るとまもなく、すぽっ、という感じで藪の中を抜け出した。ゴールか? と一瞬ロンは思ったが、それにしてはほんの小さな円形に地面が見えているだけで、ゴールを印付けるものは何もない。薬らしきものも見当たらない。 森はそこで途切れていて、前方にはまた見たこともない背の高い植物が、互いに蔓を絡まらせ合って立っている様子で、それがうねうねと広がっていた。道らしきものは見えない。 ロンはハアハア息をつきながら通ってきた森を振り返り、前方の不気味な植物を見やり、それからパックンを睨みつけた。 「ここはなんだ?」 「休憩所です」 「あのなあっ!」 ロンはまたパックンをつかもうとしたが、今度はパックンがふいと上に避けたので、ロンの両手は空気をつかんだだけだった。 「でもあなたの場合はのんびり休んでいられないですよね。次行きましょう」 「つ、次って、あれか?」 ロンは怒る気力もなく、前方の不気味な植物をあごで指して少し裏返った声で尋ねた。 「そうです。あれを抜ければゴールです」 「抜ければっていっても、道は……」 「ないですね」 「あの中に入るのか?」 「はい」 「何も出てこないんだな?」 「妖精は嘘をつきません」 「黙れ大嘘つき」 悪態をつく声にも力が入らない。 「でも今度はほんとにほんとです。ただ通り抜けるだけですが、通るのがちょっと大変なだけです」 なんにしても今はゴールを目指すしかない。それもできるだけ速く! |