真夏の昼の夢ならで3



 ロンは不気味な蔓植物の繁みの前に立った。すると、ざわ、とその植物がうごめいた。なんだ?
 ロンはそっと長い足を伸ばしてみた。植物がその足めがけて絡みつこうとするように動いた。ロンは素早く足を引っ込めた。
「な、な、なんだ、これ……こんなのの中に入ったらもしかして……」
「いっせいに絡みついてきます」
「それを振り払って進めってのか!?」
「ものわかりがよくなりましたね。成長してくれてうれしいです。これでわたしのポイントも……」
「そんなこと言ってる場合か! こんなもん、簡単に突破できるわけないだろ! 途中で毒が回ってきて力尽きて僕が死んだら、おまえだって不合格なんだぞ!」
「ですから早く行きましょう。大丈夫。今度こそわたしが力になれます」
「ほんとだな?」
「はい」
 パックンがそんなことを言ったのは試練が始まってから初めてで、ロンはパックンを信用してもいいような気がした。
 よし。ロンは2、3歩下がって助走をつけて、繁みに飛び込んだ。
「うわっ! げ! なんか、こないだも、こんな、こと、が……」
 飛び込んだ途端に蔓植物が手足に絡みついてきた。必死に振りほどいたり引きちぎったりしながら進もうとするが、らちが明かない。嫌だ。こんなことで死にたくない!
「落ち着いて! ロン! 前へ進んで!」
「そ、そん、な、こと、言った、って……」
「わたしの出番よ! これぞわたしの得意技! 秘技・茶色の指!」
 そう言ってパックンがその小さな両の手で植物に触れたとたん、植物は動きを止め、みるみるうちに茶色くなって、枯れてぼろぼろと崩れた。
 ロンは手足が自由になると先へ進んだ。すぐにまた別の植物が絡みついてくるが、それをまたすぐにパックンがパタパタと飛び回ってはせっせと枯らしていく。やっと妖精らしい働きをするじゃないかとロンは感心したが、しゃべる時間も惜しくてひたすら前へ進んだ。
 そして、案外短い時間でそこも通り抜けることができた。
 今度こそ、そこがゴールだということがロンにはわかった。そこはいきなり三方を巨大な岩で囲まれていて、どこにも進めそうにない。地面はこれまでのような土でも草でもなく、砂が敷き詰められていた。砂のところどころが砕いた宝石でも混じっているように、いろんな色できらめいていた。
 なにより、その巨大な岩の1個所がくり抜かれ、そこに薬とおぼしき小さな瓶がおかれていた。
 ロンは走り寄って小瓶を手に取った。中には深い青色の粉が詰まっていた。ロンはすぐにコルク栓を抜いた。が、そのとき
「あ、それ飲んじゃだめですよ」
「な、なんで?」
「それ、砂です」
「なに!?」
ロンは中身を少し掌に出してみた。本当に砂だ。とても飲めるとは思えない。もっとも命がかかっているとなったら砂でも石でもロンは飲むつもりだ。
「薬は?」
「必要ありません」
「なんだって!?」
「かまれたところを見てごらんなさい」
言われてロンは足首をじっと見た。
 ない。かまれた痕があったはずなのに、あの三角の傷が消えている。
「命がけじゃないとなかなかここまで来てくれないですからね。最初に言ったことが本当です。人間の子供を犠牲になんてしません」
 ロンは全身の力が抜けるような気がした。喜ぶべきか怒るべきかわからない。
「最後まで妖精を信じてついてきてくれる人間は本当に少ないです。ありがとう、ロン。やっぱりあなたを選んで良かった」
嬉しそうに、でも真面目にパックンにそう言われて、もうロンはこのばかばかしい試練がどうでもよくなった。
「おかげで合格できました」
「そうか。よかったな」
「はい。点数はまた別問題ですけど」
「だろうね」
 ロンはなんとなくおかしくなって笑った。
「帰り道ですが……」
 パックンがそう言って、ロンは、まさかと振り返った。また同じ道を通って帰るわけじゃないだろうな。
「その砂を頭から振りかければ元の場所に戻れます」
「そういうことか。よかった」
ロンはほっとして小瓶の中の青い綺麗な砂を見た。フルーパウダーみたいなもんか。瓶を振ってさらさらと動かしてみるときらきらと光った。
「わたしはここでお別れです」
 その言葉にはっとして目を上げると、パックンが複雑な顔でロンを見つめていた。
「ああ、そうなんだ……」
 ロンは、何と言っていいかわからなかった。一緒にいたのは少しの間だし、あれで友情が芽生えたとはとても言えないけれど……。それでもこれきりかと思うと残念な気もした。
 もう会えないのだろうか。ロンはパックンに聞こうとしてやめた。何しろ未確認生物だ。そんなにしょっちゅう会えるわけがない。でもいつかまた再会することもないとは言えないだろう。そんなことはパックンにだってきっとわからないに違いない。
「じゃあな。ちゃんと勉強して早く立派な妖精になれよ」
「あなたが言っても説得力ないですね」
パックンは遠慮なくそう言っておかしそうに笑った。
「うるさいな! じゃ、僕は帰るからな」
 それでもロンは、最後に見たパックンの顔が笑顔でよかったと思った。
 そしてきらめく青い砂を頭からかけた。
 足元から砂が小さな竜巻のように渦になって立ち昇ってきて、ロンの体を取り巻き始めた。
「それからもう一つ、本当のことを言います」
「ま、まだ何かあるの?」
「最後まで妖精を信じてついてきてくれた人には、一つだけ願い事をかなえることができます」
「ね、願い事って……」
 そんな急に言われても困る。砂の竜巻はもうロンの顔の前まで来ていた。
「家に帰ったら、あなたが会いたがっていた人が待っています」
砂の向こうからパックンの声がした。
「そ……だ……」
こっちの願いを聞いてくれるんじゃないのかよ。ロンは文句を言いたかったが、砂が口や目の中に入ってしゃべることができなかった。
「わたしたちには、見返りを求めずついてきてくれる人が必要だったんです。だから……」
 パックンの声が途中から遠ざかっていった。
 竜巻はすっかりロンの体を覆っていた。ロンは目と口をしっかり閉じて待った。顔や体に砂粒がぶつかる。ゴーゴーという音がして、もうパックンの声も聞こえない。
 体が浮くか、沈むかと思ったが、何も起こらない。やがて音がやみ、竜巻の気配もなくなったので、ロンはパックンが何か失敗したと思って目を開けた。
 が、そこはあの小さな森の入り口だった。すでに陽が西に傾き、木々が長い陰を落としていた。
 ロンはきびすを返して森の中へ入った。
「パックン!」
 呼びかけたが返事はない。
 最初に落とし穴に落ちたところまで行ってみた。何もない。この辺り、というところでことさら強く足踏みしたり、ドンドンとジャンプしてみたが、落とし穴もなさそうだった。
 ここからまた歩いて帰るのか……。
「やることが中途半端なんだよ。家まで帰してくれればいいじゃないか」
ロンは森の中に向かってそう毒づいてみたが、しんと静まりかえった中に鳥の声が聞こえてきただけだった。
 ロンは仕方なく家に向かってとぼとぼと歩き始めた。急に疲労と喉の渇きを感じて、足取りは重かった。
 会いたがってた人が待ってるって言ったな。きっとハリーだ。会ったら最初に何て言おう。「どうしてた?」「少しは元気になった?」……いや、それとも……。「聞いてくれよ、ハリー。僕が今までどこにいたと思う?」
 よし、これでいこう。それがいい。
 隠れ穴が見えてきた。
 庭の垣根から、誰かが出てきた。こちらに向かって歩きかけ、ロンを見つけて大きく手を振った。
「ハーマイオニー!」
 ロンは驚いて立ち止まった。会いたかった人って、ハーマイオニー? 違う。違うぞパックン。おまえ本当に半人前の妖精だな。ロンは一人でくすっと笑った。
 ハーマイオニーが小走りに駆け寄ってきた。ロンも大きく手を振って走り出した。    




Happy Birthday Pakkun!








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