リー・ジョーダン回想録 ―休日編1―
俺たちが3年生になった年にはいろいろな事件があった。 というよりそれはむしろホグワーツにおける諸々の事件の始まりだった。 あのハリー・ポッターがホグワーツに入学してきたからだ。 俺自身もハリー・ポッターと無縁ではいられなかった。彼は俺たちの寮に入ってきたし、それ以前にいきなり列車の中で俺の親友のウィーズリーの双子と知り合ってたし、双子の弟のロンはハリーと親友になりやがったし、ほどなくしてハリーは百年ぶりの1年生シーカーとしてクィディッチのチームに入ってきたからだ。 だが俺は魔法界の現代史や英雄の一代記を書くつもりはない。それは他の人に任せておいて、俺は俺の学校時代の些末な思い出だけを書くことにする。 えてして人生というのはそういうものではないだろうか。 歴史は新聞の一面大見出しになったような事件で彩られているかもしれない。だけど、どれほどの大事件でも、ある人間にとっては所詮は他人事。逆に新聞の片隅に載ったたった1行の記事のほうが大事だったり、新聞にすら載らないような些細な出来事が人生を変えてしまったりする。何が「大切」で「大きな」事件かというのは人によって違うものだ。 そんな講釈はともかく……。 3年生になったこの年、俺にとっての重大事の一つは、やはりホグズミードに行けるようになったことだ。 魔法使いしか住んでいない珍しい村だとは言っても村は村。ダイアゴンほど心躍る場所とも思えなかったが、たまにでも学校の敷地の外に出られるのはやっぱり楽しみだ。 その最初の日、俺はもちろんフレッドとジョージと一緒に許可証をマクゴナガルに見せるため、列に並んだ。 マクゴナガルは2人それぞれの許可証を一度に受け取り、一字一句を穴の開くほど見つめ、紙を裏返し、灯りにすかしまでし、その間に2人の顔を順番に見るということを何度も繰り返した。 やっとマクゴナガルは2人の許可証をほかの生徒のと重ね、 「ウィーズリー氏がよくあなたたちに許可を出したものですこと。お父上の英断を無にしないようにしてください」 と毅然として言い渡した。 そんな大げさなことか。たかだか田舎の村にちょっと遊びに行くぐらいで。と明らかに不満の色を顔に浮かべつつ、フレッドとジョージは検問を通過していったが、マクゴナガルの疑念と懸念がわかる気がした俺は、この二人と付き合いだしてから時々ものすごく自分が良識のある人間になったような錯覚に陥っていた。 双子はやけにホグズミードの中の様子に詳しかった。当然兄貴たちからいろんな情報を手に入れてはいるだろうけど、それにしても、だ。親にでも連れてきてもらったことがあるのかと思ったら、そういうわけでもないらしい。 「リー、ハッフルパフのウォルター・ミューラーってやつ、知らないか?」 不審がる俺にフレッドが言った。 「名前は覚えてるけど、どんなやつだったか思い出せない」 「そいつ、ここの出身なんだぜ。そいつから情報はばっちりいただいてあるんだ」 「こ、ここって、実家がホグズミードってこと? ここから来てる生徒がいるのか!?」 「そんな驚くほどのことはないだろう」 ジョージがあきれたように言った。 「人が住んでるんだぜ。ガキの1人や2人いたって不思議じゃないだろ」 そう言われればそのとおりだけど、今まで考えてみたこともなかった。 「ここは魔法使いしか住んでないんだろ? ってことは純血なのか?」 「そうらしいよ」 「ハッフルパフなんだ」 「純血がみんなスリザリンとは限らないんだぜ」 フレッドがちょっとむっとした顔をした。 「あ、ごめん。べつにそういうつもりじゃ……」 大体おまえらがあまりにも純血らしくなさ過ぎるんだよ、と言いそうになって、俺はそれもどうかと思い直してそのセリフを呑み込んだ。 俺たちがまず行ったのは、「叫びの屋敷」と呼ばれている所だった。まあ、例によって双子の好奇心に俺が引きずられただけなんだが。 べつに俺だって怖くはないが、見たからってどうだってものでもない。窓もドアもない建物というのは不思議だったが、ぐるりと一回りしてそれを確認したらそれでおしまいだ。 のはずだったのに、周囲を見回したフレッドとジョージは、なんと柵を乗り越え敷地に入っていってしまった。 「お、おい! 何するんだよ」 「決まってるだろ、入れる場所を探すんだ」 フレッドは壁をあちこちコンコンと叩きながらさらっと答えた。これにはさすがの俺もびびった。 「何言ってんだ! そんなことしたらどうなるかわからないんだぞ!」 「わからないから入るんじゃないか」 さも当然のようにジョージが言った。 「だけどここは不気味なうめき声だの獣の声だの謎の物音だの……」 「それは夜だけのことだろ?」 「え?」 そう言えば……。 「それにダンブルドアはここに入ってはいけないとは言わなかったし」 「いけないって言われたって入るじゃねーか、おまえら」 「だって禁じられた森はハグリッドが出入りしてるんだから大丈夫だってことだろ?」 「だけど4階の右側の廊下は、ダンブルドアがああいう言い方するからにはほんとに命が危ないことになるんだろうな」 「だから俺たちはわざわざそこへ行こうとは思わないね」 なるほど。この二人はこういうとこはしっかり計算している。もっともそれぐらいでなきゃ、とっくに退学になってただろう。 だけど、そうは言ってもなあ……。俺はやっぱり柵の外から声をかけた。 「入れないようにしてあるってことは、入ったら危険だってことじゃないのか?」 「そうとは言えないと思うね」 どこかよじ登る場所はないかと見上げながらジョージが答えた。 「実際だれかが入って危険な目に遭ったっていうなら、入り口があった上で、それを封印してあるはずだ」 「ここはその気配もない。最初から入らないことが前提で造られてるわけだ。ということは……」 「ということは?」 「きっとなんか隠してあるんだ。人の目に触れてはいけないもの、外に出してはいけないものが」 「何なんだよ、それ」 「さあ。だからそれを確かめるんじゃないか」 俺もそれにはいたく好奇心を刺激された。それでもやっぱり入ろうって気にまではならない。外に出してはいけないってことは、単に貴重というだけとは限らないじゃないか。すごく危険なものかも。 俺は結局そのままそこで二人を待った。いくらこいつらでもここに入るのは無理だろうと思って、無駄なことはやめて早くあちこち行きたいのになあと内心じりじりしていた。 「どうする?」 「学校の中じゃないからなあ。下手なことして爆破するわけにもいかないし……」 学校の中なら爆破してもいいのか。 そう突っ込もうとしたとき、 「ウィーズリー!!」 鼓膜が破れそうな鋭い声がした。振り向いて確かめるまでもない。見回りに来ていたマクゴナガルだ。双子は慌てて杖をしまい込んだ。 「何をしているのです! すぐにそこから離れなさい!」 二人はしぶしぶ柵を越えて戻ってきた。さっき俺に言ったような理屈がマクゴナガルに通じるわけはない。そもそも他人の所有地に勝手に入るなど言語道断と怒られて、フレッドが、では所有者はどこにいますかと聞き返したが、知る必要はありませんと一喝されてあえなく敗退した。 |