リー・ジョーダン回想録    ―休日編2―


 俺たちはマクゴナガルに追い立てられて、ありがたく、いや、仕方なく叫びの屋敷を離れ、大勢の生徒でごった返す商店街へとやってきた。
 二人はまだ未練たらたらだったが、俺が
「もういいだろ。早くゾンコの店に行ってみようぜ」 
と気を引き立てるように言うと、やっと気分を切り替えて、俺たちは悪戯専門店ゾンコに向かった。
 こういうところに来るのは大体俺たちとは馴染みの顔が多いんだが、1人、店からちょっと離れたところで、戻ろか入ろかといった様子でうろうろしてる奴がいた。なんだか場違いな雰囲気の奴だなと思って見ていたら、
「よお、ミューラー」
「こないだはありがとな」
と、双子が愛想良くそいつに話しかけた。ああ、ミューラーってこの村出身ていうハッフルパフか。
 ウォルターは俺たちを見ると明らかにほっとした顔をした。
「よかった、ここで君たちに会えるなんて」
まるで迷子になってたときに知り合いに会ったみたいだ。家がここにあるんじゃなかったのか?
「あのさ、ゾンコの店で僕の分も買ってきてもらえないかなあ」
「なんでだよ。そんなもん自分で買えよ」
フレッドが当然の疑問を発した。
「僕んちはこの店の商品は禁止されてるんだ」
「おまえ年は幾つだ?」
ジョージが当然の指摘をした。
「だって店の人は僕の顔知ってるんだよ。後で親に言いつけられるかもしれないじゃないか。僕は吼えメールなんてもらいたくない」
 そうか、ホグズミード出身なんて学校に来るのも楽だし、マグルの目を気にしなくていいし、ぐらいに思ってたけど、そういう苦労があったわけか。
 そういう事情なら引き受けた、と俺が言おうとして口を開きかけた瞬間、
「「お断りだね」」
と、双子はご丁寧にダブルブロックでウォルターの頼みをはねつけた。
「親が怖いならこんな店入るな」
「だいたいゾンコの商品なんて、買うだけ買ったってしょうがないだろ」
「城の中で使えばどっちみち親に連絡が行くかもしれないんだぜ」
そうだな。まあ程度にもよりけりだけどな。
「そんな、僕は君たちみたいに派手なことをするつもりはないよ。ちょっと談話室で遊ぶぐらい……」
そうそう。ウォルター、おまえが普通だ。
「吼えメールや罰が怖いぐらいなら最初から何もやるな」
「そんな根性なしに手を貸すつもりはないね」
ウォルターは当てが外れて困惑の色を隠せなかった。俺としてはフレッドとジョージの言うことも正論だと思う。教師や親に叱られない範囲でなんてみみっちい悪戯ならやめてしまえと思わなくもない。だけどその辺は人それぞれだし、べつに双子が断ったからと言って俺もそれに倣わなければいけない義理もなし、これぐらいは引き受けてやってもいいかなと思ったから、そう言いかけた。が、またも俺が口を開きかけたとき、
「ウォルター!!」
キンキンする中年女性の声に、またしても俺の発言の機会は奪われた。
「ママ!」
 振り返ったウォルターがそう叫んで硬直した。うん、ウォルター、紹介してくれなくてもわかる。同じ髪の色、同じ目の色、同じ鼻の形。笑っちゃうぐらいウォルターそっくりのご婦人が、濃い灰色のローブを着て、腰に手を当ててこっちをにらんでいる。
「まさかと思ったらやっぱりこんなところに!」
「違うよ、ママ、僕はたまたま……」
「嘘おっしゃい!!」
いきなり道端で勃発した母子喧嘩に、おれは開きかけた口をそのままに唖然として見つめた。 しかしウォルターもあっさり謝って引き下がるかと思ったら、案外頑張っている。
「こんな店で買い物するような子は不良だって言っておいたでしょう!」
「そんなことないよ! 僕だってべつに……」
 そのとき、俺同様なんとなく店に入りそびれていたフレッドとジョージが顔を見合わせた。付き合いの長い俺には、ピンとくるものがあった。次の瞬間、二人がウォルターのおかんに糞爆弾を二つ三つ投げつけた。
「きゃあ〜〜!!」
ウォルター母ちゃんの悲鳴が聞こえた時には、俺は既に店とは反対方向に駆け出していた。
「逃げろ! こっちだ!」
フレッドかジョージかどちらかの声がして、こういうことに場慣れしてないウォルターの腕を双子が引っ張ってその場を脱出させた。
 ひとしきり走って、他の生徒たちが大勢たむろしている辺りまで来て、俺たちはやっと止まって、膝に手を当てて呼吸を整えた。
 と、同時に俺はちょっと心配になった。自分の親や教師が相手ならともかく、初対面の赤の他人のPTA相手に、いきなりあれはまずくないか?
 しかし、意外なことにウォルター・ミューラー自身は顔を紅潮させ、嬉しそうに言った。
「助けてくれてありがとう。僕こんなこと初めてだよ。面白かった〜」
と礼を言われても、フレッドとジョージはべつに嬉しくもなさそうだった。二人はまた顔を見合わせると、
「おまえ、やっぱりゾンコの店なんかに入らなくて正解だよ」
「悪いことは言わないから、助けられなくても逃げられるようになってからにしろ。な」
「行こうぜ、ジョージ、リー」
 ぽかんとしているウォルターをその場に残し、俺たちは通りを歩く生徒たちの流れの中に入っていった。

 いい加減ひと休みしたくなった俺たちは、その後すぐ「三本の箒」に入った。
 ここの噂は俺も知っていた。マダムが結構色っぽいってことも、ジョッキで飲むここのバタービールが最高だってことも。
 俺たちは腹が減ってたので、幾らかの食べ物も注文した。
 店内はほぼ満席、ホグワーツの生徒たちで占められていた。みんなそれぞれにぎやかにしゃべっていてかなり騒々しい。俺たちと同じ3年生の連中は、落ち着かなげに周囲を見回している。
 やっと俺たちの分のバタービールをマダムが運んできてくれた。ジョッキをテーブルに置きながら、ウィーズリーの弟くんたちね、何人目だったかしらとかなんとか双子ににこやかに話しかけると、すぐテーブルを離れてまた忙しく店内をあちこちと歩き回っていた。
 さあ、飲むぞ、食うぞ。
「「「かんぱ〜い!」」」
そしてバタービールを飲もうと、またも俺が口を開けたそのときだった。
「ウィーズリー!!」
 吼えメールもまっつぁおの怒鳴り声と共にこちらに突進してきたのは言うまでもなくマクゴナガルだった。
「ミューラー夫人に何てことをしたのです!!」
ああ、やっぱりまずかったか。
「先生、あれは……」
「ちょっと事情が……」
「事情は学校に戻ってから聞きます!! いらっしゃい!!」
「「そんなあ。あ、イテテテテ……」」
眉をつりあげたマクゴナガル女史は二人に言い訳を許さず、二人の耳をひっぱってひきずっていった。そして、
「リー・ジョーダン、あなたにも聞きたいことがあります」
 いきなり俺を同罪扱いしない辺りはさすがに公平だ。だけどどっちにしろ俺は潔白だと言い切れる偉そうな立場でもなく……。俺は三つ並んだジョッキいっぱいのバタービールを横目で見ながらしぶしぶ一行に従った。


 学校へ戻った俺たち3人はさんざんマクゴナガルにしぼられた。それぐらいのことは双子のみならず俺も多少慣れていたからどってことないが、結局何も飲み食いできず、ゾンコの商品も買い損ね、一体何しに行ったんだ状態で終わってしまったのはあまりにも残念すぎた。
 だが幸い、双子は当然減点された上2回の居残り罰を言いつけられたものの、俺自身は罰を免れたし、3人とも次回のホグズミード行きはべつに禁止されなかった。そして俺としてはミューラー夫人よりむしろ、この知らせを受け取るであろうウィーズリー夫人のほうが気の毒な気がした。
「ああ〜、疲れたな〜」
「ゾンコの店に入り損ねたのはちょっと痛かったな」
「次は最初にゾンコの店に行こうぜ」
「俺、ストロベリーニッカボッカーグローリーが食べたいな〜」
 母親の怒りも嘆きもいっこう関知しなさそうなどこまでもお気楽な二人の会話を聞きながら、俺は、次のホグズミード行きのときは絶対こいつらと一緒に行くものかと決心した。
 もちろん、俺の決心なんて3日ももてばいいほうだって自覚はちゃんとあるんだけど。

 まだ自分たちの将来を真剣に考えることもなく、世の中の変化にも気づく前の、ある悲惨な休日の出来事だった。





目次戻る   前のページへ