Come on… 二日目は店は休みだったが、勤め人の親父とビルは出勤だ。 一つ屋根の下にお袋と二人っきりでいるという事態を避けるべく、俺もいつもより遅くはあったが、休みにもかかわらず店に出かけた。 倉庫整理をしたり、通販の処理をしたりして午前中を過ごし、昼飯は外で食おうとダイアゴンをぶらぶらしていた。と、そのとき、 「ハイ、フレッド」 声をかけられて振り向いて驚いた。 「何よ、その反応。あれ? ジョージだった?」 「いや、フレッドだよ。久しぶり、アンジェリーナ」 久しぶりに会った彼女は、学生時代より少し華やいで見えた。ああ、そうか。ローブの色が違うし、化粧してる。 「仕事でちょっと用事があったのよ。それで一度あなたたちのお店を覗いてみたいと思って行ったんだけど、定休日だったのね」 「ああ、そうなんだ」 「こんなとこで会えてよかったわ。ジョージは?」 せっかくなので昼食を一緒にとることになり、歩きながら俺は事情を説明した。 「そうだったの。どうりで背中に哀愁が漂ってると思ったわ」 「そんなわけあるか」 「でも残念だわ、二人に会えると思ったのに。何しろあれ以来ですものね」 「まあ、そうだね……」 正直、俺はあの日の話はあまり他人としたくはない。 生涯最高と言っていいぐらいの気持ちいい思い出ではあるけれど、何と言うのだろう、今さらそれを蒸し返されて説教されてもかなわないし、賞賛されても面はゆい。終わったことだというのが率直な気持ちなんだ。 だけど彼女としてはそういうわけにもいかないようだ。 「そりゃあ、下級生やよその寮の人たちはいいわよ。ただキャーキャー言ってれば。私たちグリフィンドールの7年生は茫然自失に近かったわ。いっぺんに二人も中途退学者を出しちゃったのよ」 「ハーマイオニーみたいなこと言うなよ」 「あら、べつにあたしは非難はしてないわよ。クィディッチの面白さも分からないようなコチコチと一緒にしないで」 「はいはい」 「だけどリーも何も知らなかったって言うし、驚いたなんてもんじゃなかったのよ。残された者の身にもなってごらんなさいよ。人一倍騒がしいあなたたちが二人していきなりいなくなったら、4人も一度にいなくなったみたいじゃないの。みんな脱力しちゃって……」 そんな調子でアンジェリーナからかつての同級生たちの話を延々と聞かされた。さらに残されたクィディッチのチームの話になりかけたとき、俺はついにたまりかねて話をさえぎった。残されたチームにはロンとジニーがいたんだ。あいつらの話なんか聞きたくもない。 「それより君は今何をやってるの?」 ようやく話を方向転換させて、やっと普通に近況報告などをしながら食事を終えた。 「じゃあ、またこっちに来ることもあるんだね」 「ええ。そのときはまた店に寄るわ。今度は二人に会えるといいんだけど」 「そのときは多分俺のほうがいないと思うよ」 「またそういうことを言う。でも今日は楽しかったわ」 そう言ってアンジェリーナは立ち上がった。 「ああ、俺も楽しかったよ」 俺も席を立った。 「じゃ、またね」 「ああ。またね。さ、行こうぜ、ジョージ」 ――言った瞬間しまったと思ったがもう遅い。おそるおそるアンジェリーナの顔に視線を移すと案の定、にたりと悪魔の笑みを浮かべている。 人間、嬉しければ笑うし悲しければ泣く。それと同じで、人の弱みを握って嬉しくて仕方ないときは、ああいう笑みを浮かべるものなのだ。あの笑い方はそうだ。ジョージもそうだからよく分かる。ということは俺自身もそうだってことなんで間違いない。 しかしこれは俺が席を立つときのただの口癖なんだ。年寄りがどっこいしょとか言うのと同じだ。俺たちはいくら仲が良くても単独行動ができないほど自立してないガキではない。何度も言うが、一人で寂しいなどという感情とは別物なのだ。 そんなことを力説してみたところで虚しいだけで、アンジェは右から左へと俺の主張を聞き流した。そして結局俺は「口止め料」としてフローリアン・フォーテスキューのアイスクリームをトリプルで彼女におごるはめになった。 こんなくだらないことで弱みを握られて脅されたなんて、リー・ジョーダンにでも知られたら何と言われるだろう。考えたくない。万一そんなことになったら、俺はテムズに身を投げるぜ。 夕方、俺は軽い目眩を覚えながら家に帰り着いた。と、それから1分もしないうちにジョージも帰ってきた。 両手いっぱいの荷物を部屋で下ろして、 「あー、疲れた」 とか言いながらも、ジョージはちょっと興奮気味だった。 「ほら、ちゃんと目的の物は手に入れたぜ。こっちは付け焼き刃の片言のハンガリー語、向こうは片言の英語なんだ。値切るのに苦労したんだぜ」 「チャーリーが仲間のドラゴン使いに紹介してくれたんだ。魔女もいたのにはびっくりさ。みんな陽気で親切で、いろいろもらったんだ。ドラゴンのかぎ爪、孵化した後の卵の殻。これ、どうすりゃいいんだろうな」 「ブカレストを案内してもらったけど、チャーリーは全然詳しくないぞ。山の中ならどこに何がいるのか何でも知ってるけどな」 「一つ発見したことがある。東欧は美人が多い。目が大きくてほっそりしてて……」 ジョージは珍しく俺が口を挟む隙もないほど矢継ぎ早にしゃべりまくった。美人て、おまえ向こうで何やってたんだよ。 「これ、おみやげ。パパナっていうお菓子。あんまり甘くなくて美味しいんだ」 「あ、ありがと」 そう言って受け取ったものの、揚げた丸い菓子一つがおみやげって、随分中途半端じゃないか? べつに俺へのおみやげなんかで無駄金使ってほしいわけじゃないけど。 それが伝わったのか知らないけど、ジョージはなぜか俺から顔をそむけるようにして荷物の片づけなんぞしながら 「街でカフェに入ったとき、うっかり二人分買っちゃったんだ。つい、いつもの癖でさ」 と説明した。ちょっと耳が赤くなってるような気がする。 「チャーリーに大笑いされて……。せっかくだから持って帰ってフレッドに食わせてやれって言うから……」 俺は内心にんまりした。そうかそうか。やっぱりおまえもやったか。 俺の沈黙をどう取ったものか、ジョージはこっちに向き直って 「ごめんな、そんなもんしかなくて。おみやげまで考えてなかったんで予算がなくて」 と謝ってくれてしまった。俺はあわてて、 「いいよいいよ。お互い身投げせずに無事再会できて何よりだ」 「……お互いって何だよ」 ――またしまった。 「おまえ、俺がいない間になんかやったな?」 「なんにもしてない」 「今日一日何やってた?」 ジョージは荷物整理の手を止めて俺の隣りに座った。 「店で仕事してたよ」 「なんで休みなのに店なんか行ったんだよ」 「だってやることあるじゃないか」 「急いで一人でやるほどのことはないだろ? 遊びにでも行けばよかったのに」 「いいじゃんか、俺の勝手だろ!」 「ひょっとしてだれかに会った?」 「だれにも会ってない!」 相手の考えていることが分かっちまうのはお互いさまだが、ジョージはその上に理詰めで来るからタチが悪い。が、幸いそのとき下からママの声がした。 「晩ご飯よ! 下りてらっしゃい!」 「飯だってさ。行こうぜ、ジョージ」 「そうだな。俺もう腹ぺこだよ」 ――ああ、やっと落ち着いた。 「で、だれに会ったって?」 「だ〜か〜ら〜……」 こいつの追及にいつまで持ちこたえられるのか、俺には自信はない。ないがとりあえず今は、あるべきものがあるべきところにある安心感に満足することにしよう。 |