存在しなかった夏休み



 ロンは自分が双子の兄に顎で使われることには慣れていても、逆に人を顎で使うことには慣れていない。
(助手っていったって……)
つい昨日までは、それこそハリーが来て手伝ってくれないかな、などとムシのいいことを考えていたというのに、いざ「助手」ができるととまどってしまう。
 そんなロンの困惑にコリンが気づくはずもなく、倉庫内を見回して早くも興奮状態だ。
「すごいや、こんなとこに潜入したのは僕が初めてですよね? 写真撮ってもいいかな?」
「駄目に決まってるだろう!」
ロンが返事する前にすでにカメラを持っていたコリンの手を、ロンは慌てて抑えた。
「企業秘密がいっぱいなんだから、僕だってうるさいぐらい口止めされてるんだからな」
「企業秘密って、ここで作ってるわけじゃないでしょう?」
「そうだけど、情報なんてどこから漏れるか分からないからな。とにかく駄目!」
コリンはいかにも残念そうな様子を隠さなかったが、それでも素直に従った。
「じゃあ、何をすればいいですか?」
「えーと、そうだな、これ、これを1種類につき二つずつ詰めていって。間違わないように。必ず全種類ね」
「わあ〜、ずる休みスナックボックスだ! 僕も使いましたよ、これ」
「あ、そう」
 コリンは楽しそうにせっせと箱詰め作業を始めた。
(どうせ今のうちだ。すぐ飽きるさ)
いいかげん飽き飽きしていたロンは、人気商品の花火を数えてはセットに組んでいった。
「ロン・ウィーズリー、僕今思いついたんですけど」
「何?」
ロンは数え間違えないように振り向きもせず返事をした。
「これ、包み紙と中身を入れ替えたらそれこそすごい悪戯ですよね」
ロンは思わず花火をばさりと落とした。
「バカ! やめろ! そんなことしたら店の信用問題にかかわるだろ! そこは悪戯じゃ済まされないんだよ!」
「そうかあ、駄目ですか」
「絶対やるなよ!」
「はーい」
 ロンは落とした花火をかき集め、数え直しながらちらちら横目でコリンを監視した。返事は素直だがどうも信用ならない。
 少しすると、
「ねえ、ロン、こんなにたくさんあったら一つぐらい僕がもらっていってもきっと気づかないでしょうね」
 ロンはあわててまた花火を取り落とした。
「駄目だって! フレッドもジョージもちゃんと数数えて記録つけてんだからな! 絶対ばれるぞ!」
ばれてコリンが怒られようがクビになろうがロンの知ったことではないが、今仮にもコリンはロンの監督下にある。コリンが何かしでかせば自分が双子の兄たちから何を言われるか、火を見るより明らかな気がする……。
「ぜっっったいやるなよ!」
「はい」
ロンは大きなため息をついて、髪をがりがりしてから、三たび花火にとりかかった。が、やはり気が気ではなくて、コリンを監視しながらではなかなか作業がはかどらない。フレッドに怒鳴られないうちに、と思うほど、あせって数え間違えるし手の動きも鈍る。
 しかしコリンのほうはようやく大人しく作業に集中し始めた。それも実に楽しそうにこの単純作業をこなしている。最初のうちだけさ、とロンは胸の内で毒づいてみたが、ロンはといえば最初からべつに楽しくはなかった。店に立てるならちょっとした優越感だが、こんな裏方仕事……。小遣い稼ぎが魅力でやっているだけなのに。
 なんでもおもしろがれるやつなんだなあ……。ロンは妙にコリンに感心したりあきれたりした。
 しばらく黙々と作業したためか、ほどなくしてコリンは、
「できましたよ。これ、どうすればいいんですか?」
「じゃあ段ボール箱に入れて、そこの棚に置いといて」
ロンのほうはまだ花火を数えながら指示を出した。
 部屋をぐるりと取り囲むように置かれている棚の空いているところを見つけてコリンが段ボール箱を収めようとしたとき、
「あれ、何だろう。新製品ですか?」
他の商品と違い、小さな木の箱が四つばかり棚の隅に並んでいる。コリンが好奇心のままに手にとってふたを開けてみると、中には藁に包まれた卵が一つ。
「あ、それは!」
コリンの声に振り向いたロンが慌ててまた花火を取り落とした。
「え?」
コリンもロンの勢いに驚いて思わず手を止めた。
「触るなよ! 触ると……」
「どうなるんですか?」
 かえってわくわく顔になってコリンが聞き返してきた。
「えーと、それは……」
ロンは口ごもった。しまった。止めなければよかった。しばらく前の自分と同じようにからかってやれたのに。
「と、とにかく新製品で、個別オーダー製品で買い手がもう決まってるんだから触っちゃ駄目!」
 これは本当だった。あのいまいましい卵を双子は商品化してしまった。あまり数が出回るとだませなくなるので、店頭には並べていない。「特別注文」のカタログに載せているが、ほしがるのはほとんど女の子だということだ。中にはのび耳とセットで買っていく子もいるそうで、なんだかなあと思うロンなのだった。
 コリンがまだ不思議そうに卵を見つめていると、のび耳を改良した伝声管からフレッドの声が飛んできた。
「ロン! トン・タン・トフィーとしゃっくりキャンディーを一箱ずつ持ってこい!」
「はいはい、はーいだ!」
ロンはそれぞれ最後の一箱となった商品をコリンに持たせて表に行かせた。
 やれやれ、とまた花火に取りかかっていると、また伝声管から声がした。
「ロン! トン・タン・トフィー取りに来い!」
ロンは伝声管に向かって怒鳴り返した。
「たった今持ってこいって言ったんじゃないか!」
「……バカ! 下に取りに来いっつってんだよ!」
「……あ、そうか……」
今度はジョージのほうか。もう、ややこしいなあ。しかし今さらそんなことを愚痴ってみてもどうしようもない。
 ロンが地下室から戻ってみると、コリンはまだいなかった。箱を置いてくるだけなのに、何やってるんだろう、と思ったが、確認しに行く気にもなれなかった。今のうちにとばかり花火の整理にとりかかる。
 コリンがいないと気が散らないのでようやくセットを終えることができたころ、コリンもようやく戻ってきた。
「何やってたんだよ」
一応聞いてみる。コリンは興奮状態だ。
「すごいですよ。大繁盛ですね。グリフィンドールの友達も次から次に来て、僕がここでバイトしてるって聞いたらうらやましがってましたよ。僕、鼻が高かったなあ」
「あ、そ」
 よくフレッドが怒らなかったものだと思うが、多分そんな暇も気力もなかったんだろう。案の定、ほどなくして再びフレッドから指示が来た。
「ロン! 花火今あるだけ持ってこい! おまえが自分で来いよ!」
まあそうだろうなあ、仕方ない、とここはロンも理解して大人しく従う。
 花火を置いてすぐまた倉庫に戻ろうとするロンの袖を、くいとジニーが引っ張った。
「な、何?」
そのまま店舗の奥にロンをぐいぐい引っ張っていく。
「なんだよ、忙しいのに」
ロンを見上げたジニーは暑さのせいで上気していたが、どうもそれだけではないらしい。明らかに何か怒っている。
「コリンからカメラ取り上げられない?」
ジニーは小声でロンに訴えた。
「なんだよ、それ」
「だってあいつ、あたしの写真撮ったのよ!」
「いいじゃないか、それぐらい。仕事の邪魔にはならないだろう?」
こっちはもっと大変なんだぞと言外に言ってみたが、
「嫌よ! 学校でみんなに見せられたりばらまかれたりしたら嫌だわ!」
「けどどうせここでバイトしてることはばればれじゃないか」
「そういう問題じゃないの! 嫌なものは嫌!」
「それぐらい自分でそう言えばいいだろう?」
「だってお客さんたちの前でもめるわけにいかなかったんだもの」
「だったら後で……」
 のんびり押し問答をしている暇はなかった。
「ジニー、これ包んでくれ!」
「はーい! じゃあ、ロン、頼んだわよ」
そう言ってジニーは混み合う店内に急いで戻ってしまった……。

 やれやれ、とロンはため息をついて倉庫に戻った。カメラを取り上げるといっても、そういうわけにはいかないだろう。ジニーを撮った分だけ現像しないように頼めばいいじゃないか。確かにいきなり勝手に撮られていい気分ではないだろうし、ここはジニーの兄貴として……。
「コリン」
「はい」
「さっき……」
 言いかけたとき、また伝声管から声がした。
「ロン! 花火取りに来い!」
 脳みそつながってるんだろうか、この兄貴たちは。
「あれはかさばるからめんどくさいんだよな〜」
人気商品だけに一度に大量に作る。地下室と倉庫を何往復かしなければならないときもある。ぶつくさ言いながらロンは下に下りていった。
 製造室にはふだんから鍵がかかっている。合い言葉がなければ双子同士でも入れない。
「えーと、s.d.n.a.w. e.k.a.f 」
 ドアが開いた。中でジョージが振り向いた。途端、
「わーっ! なんでおまえがいるんだ!」
「?」
ジョージの視線はロンを通り越してその背後に行っている。ロンが振り返ってみると、そこにはコリンが立っていた。
「コリン!」
「大変そうなのでお手伝いに来ました!」
ロンは頭を抱えた。コリンに合い言葉を教えるのを、ジョージが許すはずがない。しかし今回はコリンに罪はない。まさか合い言葉があるなんて知らなかったろうし、ロンの独り言を聞いて本当にただ手伝いに付いてきただけだろう。ということは、やっぱり怒られるのは僕か?
 ロンがそんな心配をしている間に、ジョージは眉をつり上げ、杖をコリンに向けた。
 さすがのコリンも一瞬びびって青ざめたが、標的はコリン自身ではなくそのカメラだった。ぱこっ! と軽い音がしたかと思うと、フィルムがカメラの中から飛び出して火を噴いた。
「ああ〜! 僕の夏休みの傑作がぁ〜!」
コリンにとっては自分がクラゲ足になるよりショックなことだったらしい。泣きながらしゃがみこんでぼろぼろの灰になったフィルムをかき集めた。
「部外者が入ってくるな! 写真なんて問題外だ!!」
「撮ってないじゃないですか〜」
「撮られてからじゃ遅いんだよ!」
「そんなことしませんよ〜。倉庫でさえ駄目だって言われたのに〜。それぐらいの良識はありますぅ〜」
コリンは泣き泣き抗議したが、ただでさえ忙しさのあまり殺気立って怒り心頭のジョージは聞く耳を持たなかった。
「その箱を持ってさっさと出てけ! さもないと2人ともつるっぱげにするぞ!」
 ロンとコリンは慌てて花火の入った箱を抱えて飛び出した。合い言葉はきっと今日中に変わるんだろう。また覚え直さなくちゃ。ああ、めんどくさい。だが図らずもジニーの依頼はこれで果たせたわけだ。ロンは自分では何もしないうちに問題が一つ解消したことに、内心でほっとしていた……。


 一週間後、閉店後のW.W.W.店内で、フレッドとジョージは背中合わせで床に座り込んでいた。
 ロンたちを先に帰し、片付けや帳簿の整理を終え、昼間の喧噪が嘘のように薄暗い店内はしんとしていた。二人が疲れ切っていたのは、夏休みに入って忙しい日が続いて疲労が蓄積していたせい、というわけではない。たまっていたのは別のストレスだった。
「……おい、ハリーはいつ来るんだ?」
「……俺に聞くな」
 力ないフレッドの問いに、ジョージも力なく答えるしかない。
「けどあいつもめげないよなあ」
「ロンのほうがめげきってるぜ」
「なんとかしてくれって毎日毎日せっついてくるしなあ……」
「‘ただ’につられた俺たちが甘かったのさ……」
「そんな諦観するなよ」
フレッドは体を起こして相方のほうに向き直った。
「このままハリーが来るのを待つ気か?」
「一度引き受けたものを簡単にクビにするわけにはいかないよ」
仕方なくといったふうにジョージも姿勢を変えた。
「だから、向こうから辞めたくなるようにだな……」
フレッドは、一応チラと店の外を見やってから声を落として何事か策謀を持ちかけた。
ジョージもにやりと笑って
「だったらダメを押しておこうぜ。二度と戻ってこないように……」
 二人は久しぶりに学生時代に戻ったかのように、楽しそうに良からぬ企みを始めた。




「卵」については、メロンソーダ様の「HAPPY DAYS」(閉鎖)の中で登場させたものを拝借しました。






   目次に戻る