リー・ジョーダン回想録

   ――親友編――

 そして俺は、双子の最初の親友になった……。

 それは半分事実だが、この時点では半分はったりだった。
 もちろん俺は親友になった気でいた。今までこんなに俺と気の合う奴らはいなかったし、一緒にいてこれほど楽しい奴らもいなかった。半分ではなく、俺とウィーズリーの双子は親友だと言い切っていた。
 だが、周囲はそうは見ていなかったようだ。時には冗談半分、本気半分で俺のことを「ウィーズリーの腰ぎんちゃく」などと揶揄する輩もいた。だが俺はそんなときは、「悔しかったらおまえもなってみな」と軽く受け流していた。
 実際双子は愉快で目立つ奴らだから、あいつらと仲良くなりたがってた連中はたくさんいたんだ。もちろんフレッドもジョージも排他的な人間ではなかったが、ただ、あいつらの発想と行動パターンについて行ける人間が、多分俺ぐらいしかいなかったんだろう。
 いや、ほんと言うと、俺も決してついていけはしなかった。その自覚はあった。
 問題は、彼らが双子だったということだ。
 あいつらが1人の人間だったらきっとまだよかったんだ。あるいは俺が、双子のどちらか片方とだけ仲良くなったならよかったんだ。 
 だがあいにくとあいつらは双子だったし、俺はその両方と友達になっちまった。
 なお悪いことに、二人は常に行動を共にしていた。単に仲が良いというより完全にその思考と行動がシンクロしているんだろう。まるで1人の人間の右手と左手のような、あるいは頭脳と身体のようだと思った。そしてそんな二人に、俺1人が置いていかれることは珍しくはなかった。
 べつにあいつらに悪気があったわけではない。どんな仲の良い親友だって、毎日四六時中一緒にいるってことはないだろう。ましてや寮でも同じ部屋なんだから。だから双子が二人ではなく1人の人間だったなら、「いくら俺とあいつが親友でも別行動するときはあるんだぜ」と言って済むはずのことだ。それを変に思う奴だっていないだろう。
 だが、くどいようだが、あいつらは現に二人なわけだ。その二人が一緒にどこかに消え、俺1人が残っていれば、周りには俺が双子に置いていかれたと見えていても仕方ない。
 当の俺はといえば、初めのうちは正直ちょっと寂しくなくもなかったが、すぐに気にしなくなった。ていうか、自分の思考と行動を100パーあいつらに合わせることは、やはり俺にはできなかった。少なくとも禁じられた森は俺としては勘弁願いたかった。俺はまだ命が惜しいし、退学になりたくもない。
 そういうわけで、べつに俺は必死こいて双子を追いかけていたわけではない。むしろあんな二人にこんなに付き合ってあげられる自分を誉めてあげたい! ってなぐらいだ。
 そんな俺がちょっとばかり考えを変えたのは、ささいなことがきっかけだった。

 ある日、談話室で俺は宿題と格闘していたが、双子の姿はなかった。そのとき同じ1年生の女の子が近づいてきて、隣に座った。俺と同じ肌の色をして、すんなり伸びた足と華やかな顔立ちが魅力的なアンジェリーナ・ジョンソンだった。
「なんだ、また置いてかれたんだあ」
 ちぇっ。かすかに期待したのにその話かよ。
「置いてかれた言うな」
「なんで腰ぎんちゃくとか言われて怒んないの?」
「怒る必要ないじゃんか。誰が何言おうと俺らが親友であることは事実なんだから」
「そうかなあ」
「喧嘩売ってる?」
俺は憮然としたが、アンジェリーナは全く気にしていないようだった。
「だってね、あなたはただ都合のいいときにあの二人と遊んでるだけでしょう?」
「それが悪いか?」
「悪くはないけど、本当の親友っていうのは、やっぱり理解し合うってことが大切だと思うのよ」
「理解、ねえ」
「そもそもあなた、あの二人を見分けられてんの?」
そこを突かれると痛い。
「じゃあ君はもう見分けられてるの?」
 あの二人のどっちがどっちだというのは、実はかなり大きな俺たちの関心事となっていた。
「ダメ。分かんない」
アンジェリーナは肩をすくめた。なんだ。
「つまり何? 二人を見分けてこそ親友だと」
「と思わない?」
 言われてみれば、そりゃそうだろう。相手のことを正確にだれだか判別してもいないのに、親友もクソもないもんだ。
 ちょうどそのとき談話室に、くだんの双子が入ってきた。またどこへ行ってたんだか、髪やローブにクモの巣がひっかかってんぞ。
「おい、おまえら宿題やったのかよ」
俺がそう聞くと、
「もっちろんさ。バッチリバッチリ」
と片方が俺にウィンクをしてみせた。何がバッチリだよ。二人で半分こして丸写ししてるだけのくせして。
「面白いもの見つけてきたんだ。後で見せてあげるよ」
もう片方がそう言って、二人はそのまま階段を上がっていった。その後ろ姿を俺はため息をついて見送った。
「今のはどっちがどっち?」
アンジェリーナがにこっと微笑んで俺に聞いた。
「……」
 そんなことがきっかけで、俺はグリフィンドールのだれよりも早く双子を見分けてみせることを密かに決意した。密かに、というのは、そんなことが本人たちに知られたら、面白がって俺を撹乱しにかかるに決まってるからだ。


 そのころ、学内で二人をちゃんと見分けていたのは兄貴のパーシーただ一人と言ってよかった。ダンブルドアはもしかしたら分かっていたのかもしれない。あの人ならオーラの違いかなんかで見分けられそうだ。
 しかし、他の人間は皆「ウィーズリー」で済ませていたし、それで不便はなかった。双子のどちらか片方だけに用事があることもなかったし、そもそも二人が別々にいるのを見たことがない。授業中だって教師の質問に手を挙げて答えるなんて殊勝な場面は見せたことがないし、叱られるときは二人一遍だから教師連中も「ウィーズリー」とまとめて呼んでいた。そうそう、一度だけ授業中に二人が誉められたことはあったな。フーチ先生の授業のときだ。クラスで一番に飛べたから。もっともそのときも二人同時だったから、やっぱりフーチ先生は「ウィーズリー」と呼んでいた。
 そんな中、確かに俺は二人を見分けるのに有利な位置にいたと言える。しょっちゅう一緒にいたから、例えば俺の右にいるほうが左にいるほうに「ジョージ」と呼びかければ右がフレッド、左がジョージってことになる。
 こっちがフレッド、こっちがジョージ、そう意識して何か違いがないかと変に思われない程度に見比べてみたりした。なんかないのか、違いが。顔が同じなら声とか、癖とか。そしてちょっと動き回って立ち位置が変わったらもうお手上げだった。さっき右にいたのはどっちだ? てめーら髪型ぐらい変えろよ。
 何度もパーシーに聞きに行こうかと思ったが、そのたびにそれは思いとどまった。自力で見分けなきゃ意味がないんだ。
 そんなに意地になって「親友」になる必要もなかったんだとは思う。言いたい奴には言わせておけばいいんだし、大体「理解」なんて無理矢理するもんじゃないだろう。だが俺は見分けようと決意してそれまでより少し客観的に双子を見るようになってから、俺の意地というよりこの二人のために、だれかが最初の親友になってやらなきゃいけないような気がしてきたんだ。
 なんでそんなことを思ったかというと、ある朝歯磨きをしていたとき、ふと気がついたことがあったからだ。
 二人とも寝起きはあまりよくないようで、どちらが先に起きるか観察していた俺はそこでも違いを見つけることはできなかった。が、ぼーっとしながら歯を磨いている双子を見ると、歯ブラシにそれぞれFとGという文字が書いてある。
 いくら双子でも歯ブラシの共有は気持ち悪いだろうから当然といえば当然なのだが、それを見て俺は、わざわざ他人から見分けられないようにしているとしか思えないこいつらが、案外自分らの持ち物はきっちり分けていることに思い当たった。どっちでもいいんじゃねーか? とこっちが思うようなものまで(例えば教科書とか)あくまでもフレッドのはフレッドの、ジョージのはジョージの、だった。
   てことはこいつらは、意外と自分は自分、相方は相方という意識が自分たちの中では強いのかもしれない。
 だとしたら、いつも二人まとめて呼ばれるのって、どんな気持ちなんだろう……。
 だけど、もし二人が本当に他人に見分けてほしいと思っているなら、それなりの態度ってものをとるのが普通だろう。互いに片割れとの違いを強調してみせればいいじゃないか。なのにこいつらときたら、むしろ周りが見分けられないのを面白がっているとしか思えない。
 多分、彼らには必要ないんだ、と思った。他人から見分けられることでアイデンティティーを確立する必要なんてないんだ。二人とも自分自身の中で確固とした自己というものがあり、それは他人からどう見られるかに依存しないんだ。
 しかーし! 人間それでいいのか? 違うだろう。生まれたときからこれ以上なく気の合う相棒がいて、何でも一緒にやって楽しくて、それは確かに幸せなことなんだろう。外見や他人の目にとらわれることなく自分を保てるってことは、とても強いってことなんだろう。だけど、それじゃあまるで互いに自分の片割れしか必要としていないみたいじゃないか。そんなふうに自分ら二人の間だけですべてが完結していて、それで本当にいいのか?
 かといってこんな突拍子もない双子と対等に友達やってやれるやつなんてそうそういるだろうか? このリー・ジョーダン様をおいてほかに誰かいるか? いいや、いない!
 かくして勝手に使命感に燃えた俺は、自分をみんなに認めさせるためではなく、アンジェリーナにそそのかされたからでもなく、「フレッド」と「ジョージ」の親友になってみせると固く決意したのであった。
 




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