リー・ジョーダン回想録

   ――親友編――

 それやこれやで柄にもなく小難しいことを考えすぎたせいだろうか。はたまた双子に気づかれないように観察するという難題に神経を使いすぎたせいだろうか。ここ2、3日ちょっと頭痛がしてきた。
 しかし成果はあった。二人が何もしないで座っているところを見分けろと言われたらそれは不可能かもしれなかったが、何か行動してくれれば、いつも二人同じことをしているようでいて実は結構違うもんだということが見えてきた。
 例えば、何かするときやどこかへ行くとき、まず行動を起こすのは大体フレッドのほうだった。といって無理にフレッドにジョージが付き合ってやってるのかというとそういうわけでもなく、いつ何に興味を持ってどうしたいかということは同じらしかったが、それが性格の差なのか二人の暗黙の了解なのか、とにかく一歩先に動くのがフレッドだということだ。それは俺を加えた3人の間でもそうだった。俺が何か言い出しっぺになったことでも、じゃあ行こうぜと言って歩き出すのはフレッドだというような、そんなところがあった。
 授業中、たまに真面目にノートを取るのは大体ジョージだった。ただし、何か他の人間とポイントがずれてるような気がする。おいおい、そこかよ、みたいなとこでペンを走らせたりする。これは後から分かってきたんだが、あいつは試験に出るポイントではなく、単に自分たちの好奇心を刺激したり、悪戯に役立ちそうなことにだけ注意を向けていたようだ。
 そう思って見ていると、もちろん見分けがつかないこともしょっちゅうだが、その視線とか笑い顔なんかがなんとなく違って見えてくるような気になることもあった。といってもそんな気になるだけであって、確信があったわけじゃないが。

 それにしても頭痛に加えてなんだかふらふらしてきたなあ、などと思いながら授業が終わって廊下に出たとき、ぼーっとしていたせいか誰かに思い切りぶつかり、転びかけたそいつのローブを踏んづけてしまった。そのせいで、せっかくあやういところでバランスをとったそいつは、つんのめって顔からべちゃっと廊下にめりこんだ。
「あ、わりいわりい」
 周りは吹き出してしまっていたが、さすがに俺は笑っちゃ悪いと思って、笑いをこらえて謝った。
 そいつは立ち上がると、俺を殺しそうな目でにらみつけた。やべえ。スリザリンだ。
 俺はそのころはまだスリザリンに対してそんなに敵愾心を持ってたわけじゃなかったが、4寮の中でも特にスリザリンとグリフィンドールが仇敵同士であることは知っていた。しかもスリザリンの奴ら、プライドが高いからな。こんな大勢の中であんな無様に転ばされたんじゃそりゃ怒るだろう。だけど俺もわざとやったわけじゃないし。
 なのにそいつは俺の胸ぐらをつかんで、
「謝れ!」
と怒鳴った。
「謝ったじゃんかよ」
「あんなの謝ったうちに入らないだろう! 土下座でもしろよ! 僕は純血だぞ! 混血は頭を下げろ!」
ああ、こういう奴って嫌いだなあ。
 そのとき、俺の胸ぐらをつかんでるスリザリンの野郎の手首を、逆につかんでねじあげた奴がいた。
「いいかげんにしろよ! このヒス男!」
そう怒鳴ってそのままヒス男を殴ろうとする。
「よせよ、フレッド!」
俺は思わず叫んだ。フレッドは驚いて拳を固めたその手を止めた。
「こんなクソ虫のせいで減点なんてもったいないぜ」
それでも、俺自身よりフレッドのほうが憤懣やる方ないって様子だったが、双子のもう片方が俺の顔を覗き込んで言った。
「リー、なんか今日変だぞ」
 おまえらに変呼ばわりされるいわれはない、と言おうとして言えなかった。ほんとに変だ。俺を心配そうに見ている顔が急にぼんやりしてきた。あれ? どうしたんだろう、と思うまもなく目の前が真っ暗になってしまった。どこか遠くでスリザリン野郎の悲鳴が聞こえたような気がした……。


 ふと目をあけると、さっきと同じ顔がやっぱり心配そうに俺を覗き込んでいた。前からではなく、上から。
 見回すと、俺は医務室で寝ていたらしかった。
「おはよう、リー」
お、おは……? 今はいつだ?
「心配したよ。3日も目を覚まさなかったんだ」
3日!? 
「お、俺、どうしたの?」
おそるおそる聞いてみた。
 しかし奴はわざと俺から目をそらすと、
「とりあえずリーの分だけはちゃんとノートとっといたから」
とノートを差し出した。俺の分だけってそれもどうなんだと思いつつ
「ありがとうな、ジョージ」
と礼を言った。
 ジョージはちょっと目を見開いて俺を見て固まった。そう。俺はこのときすでに確信を持っていた。
 俺の確信を裏付けるように、そのときもう1人が医務室に入ってきて言った。
「ジョージ、交代だ。飯食ってこいよ。あ、リー、やっと目覚ましたのか?」
フレッドは嬉しそうに俺のそばに来た。
「よかったな。リーの分の食事は病人食だって。後でマダム・ポンフリーが持ってきてくれるよ」
「病人て、俺、病気なの?」
するとフレッドもやはりすっと目をそらした。おい!
「起きたんならもういいよな。ジョージ、行こうぜ」
と、さっき交代だと言ったくせにジョージと一緒に出ていこうとする。なんだってんだよ。もう頭痛は治まっていたが、なんか動悸がするし、汗が出てきた。
 ちょうどそのとき、マダム・ポンフリーがトレーを持って入ってきた。起きあがってる俺を見て、
「よかったわ。半日も寝ていたら少し顔色が良くなりましたね」
半日!? 3日じゃなかったのかよ。
「もっと早く来るべきでしたね。風邪もこじらせると大変ですよ」
風邪ぇ!?
 俺がはたと気づいてきっとにらむと、フレッドとジョージがマダムの背後で口を押さえ、肩をひくつかせて笑っていやがった……。
 やっぱりこいつらの親友は辞退しようかな……。俺はそんなことを思いながら、ミルク粥を口に運んだ。

 熱が下がっていたので、俺は薬だけもらってその夜のうちに寮に戻った。戻ってからさんざん双子に悪態ついたことは言うまでもないが、俺が二人を見分けたことについては二人とも何も言わなかったし、特に態度も変えなかった。
 翌日は土曜日だった。前日昼間爆睡してしまったため夜寝付けず、体調が完全に良くはなっていなかったこともあって、俺はかなり朝寝坊した。
 窓から差し込む光がまぶしくなって目を覚ますと、双子の片方がカーテンを開けて俺の様子を覗きこんだ。それから俺の額に手を当てて、
「大丈夫だな。リーの分の朝飯は確保しといたから」
と、にっこり笑ってベッド脇のテーブルを指差した。
「ああ、ありがと。世話かけたな、ジョージ」
俺がそう言うと、ジョージはまたちょっと目を見開いて俺を見て、一瞬固まった。
 俺は得意そうに見返した。するとジョージはにやっと笑って、
「いいってことよ。もっとも俺はフレッドだけどな」
……へ!? 今度は俺が固まった。
 そんな俺に追い打ちをかけるように、もう1人が部屋に入ってきた。
「おーい、フレッド。ママから2度目の吼えメールが来ちまったぞ。湖に沈めてみるか?」
・・・・・・撃沈・・・・・・


 結局俺は双子の親友になることを辞退はせず、かといってその後は肩肘張って二人を見分けようと気負ったりもせず、楽しく付き合っていくうちに自然となんとなく分かるようになっていった。俺より時間はかかったが、クラスメイトたちもそんな感じだった。
 完璧に見分けられるかと言ったらそれは今でも無理だが、構うことはない。親友っていったって、何も100%理解し合うことではない。100%いつも同じ行動を取れるわけじゃない。
 当たり前のことだろう? 負け惜しみじゃないぜ。その後何度俺が双子に置いていかれたとしてもね。     
 




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