(入学編その2)

 その間、俺ときたらそんな2人の活躍(?)を眺めているだけで、頭の中はどこかフリーズしちまっていたようだ。
 俺だって親の説教はいやってほど聞いて育ったし、親戚連中の俺に対する評価ときたら。そう、ちょうど今の教師陣や監督生連中が双子に対して言うのと同じようなもんだった。当然ホグワーツでも俺はその線で一旗揚げるつもりだったのだ。
 なのに双子の先制攻撃が俺にまで効いて、このリー・ジョーダン様としたことが気がついたら普通の生徒のように大人しく新入生しちまってるじゃないか。いかんいかん! 
 俺はなんとかせねばと考えた。負けていられるか、と。後から思うと、そんな考えがそもそも負けてたんだな。
 ともかく俺はリー・ジョーダンここにありと宣言する必要があると感じた。今こそ家から持ってきた新製品のいたずら用花火を試してみるときだ。これは通販で買ったもので、双子は手に入れてなさそうだ。
 ある日の放課後、俺は職員室近くの廊下に身を潜めた。ホグワーツの廊下は棚だの石像だの銅像だの、何に使うのかよく分からない物体だのが置いてあって、隠れるのには好都合なところだ。
 ターゲットは最初にここを通る教師と決めた。
 そして、ほどなくしてゆっくりとした足音が聞こえてきた。よし、今だ! 俺は火を点けた花火を投げた。
 パンパンという小さな爆発音が3分は続き、5分は火花が飛び散り、煙がもうもうとたちこめるって代物だ。
 やった! と思ったのはつかのまで、
「うわ! な、なんだこれは!」
なんだよ、フィルチの声じゃんか。相手が教師とフィルチとじゃあ、与えるインパクトが違うんだ。
 くそ。まあしょうがない。とりあえず煙が収まって、フィルチの顔を拝んでみると……顔は青ざめたを通り越して白くなり、怒りにぶるぶる震えている。
 それを確認して、おれはその場を逃げ出した。フィルチはすぐ気づいて追いかけてきた。だがこの俺が捕まってなるものか。 
 ところが! よくよく俺はついてないのか、いたずらの神に見放されたか、逃げる途中で道に迷ってしまったのだ。そんなバカな。来るときはすんなり来たはずなのに。来た道を戻ったはずなのに。なぜ見たこともない場所にいるんだ? どっちへ行けば逃げ切れる?
 フィルチは異様にしつこかった。しかもだんだん差を詰められているような気がする。いい加減諦めろよ。俺を追いかけてる間に、別の所できっとほかのやつらが何かやらかしてるぜ。
 足を止めて振り返り、チッと舌打ちをしたときだった。
「リー、こっちこっち」
不意に、そこに置いてある石像の影から見知った顔が二つのぞいて俺を呼んだ。
「な……」
俺が何かを聞く前に、双子にその石像の背後に引っ張り込まれた。しかしそれは小さくて、3人どころか2人でも隠れきるのは無理だ。
「ど……」
俺がまた何か言おうとする前に、双子の片方が杖でその石像の裏の壁を、あるリズムをつけてたたいた。
 すると、ただの壁にしか見えなかったそこに小さな扉があらわれて、ノブを回すと難なく開いた。
 その片方が先に中へ入り、手招きをした。口もきけずにいた俺はもう1人に背中を押されて、そのドアの中へ押し込まれた。後から入ったほうがドアをぴったり閉めると真っ暗だったが、すぐに2人とも杖に灯りをともした。
「おい……」
 また俺が何か言おうとすると、2人は同時に指を唇に当てて、黙っていろと合図した。外の気配をうかがっていると、フィルチが何かわめきながら通り過ぎていくのが分かった。
 俺はほっとして胸をなで下ろした。そして改めて暗く狭いその中を見回してみると、そこは部屋というより通路のようで、奥のほうには階段らしきものも見える。なんだ、これは。うわさに聞く隠し通路か。
 双子はおかしそうにクスクスと笑った。
 それから目を爛々と輝かせて、
「おい、やるじゃないか、リー・ジョーダン」
「あれすごかったな。どこで手に入れたんだい?」
「フィルチの顔ったら、最高だったぜ」
「よくここまで逃げてきたよな」
と交互に俺を賞賛したり質問したりしてきた。
 ちょ、ちょっと待て!
「ってことはおまえら、あれ見てたってこと?」
 2人は顔を見合わせてにやりと笑った。
「おまえも想像つくだろう? ホグワーツは抜け道と秘密通路の宝庫だぜ」
「多分フィルチはそのほとんどを知ってる。だから油断すると捕まるぞ」
「だけどここみたいに、杖を使わなきゃならないところは、あいつ知らないか開けられないかどっちかなんだ」
「この次は逃げ道を確保してからやれよ」
「あ、ああ」
俺はつられて返事したものの、当然のように「この次」を口にする2人にちょっと驚いた。俺がそういう人間だって分かるのかな。
「ともかく、俺たちは貴重な同志を得たってわけだ」
先に入ったほうが俺の左肩をぽんと叩いた。
「まさかホグワーツに俺たち以外にこんなやつがいるとは思わなかったぜ」 俺を押し込んだほうが右肩を叩いた。
「ど、同志ってなんだよ」
こいつらとつるむつもりなんかなかった俺はとまどいを隠せなかった。
「「面白いのが一番! てことさ」」

 俺は、完全に負けたと思った。
 こいつら、何にも考えてねえ。
 できすぎる兄貴たちへのコンプレックスも、すぐに兄たちと比べる家族や教師陣への反発も関係ないんだ。夜中に学校の窓ガラス割って世の中に反抗しようなんて繊細な神経とは180度あっち側だ!
 そもそも誰かと張り合おうだとか、名を揚げるだとか、そんなレベルで考えていた時点で俺の負けだったんだ。
「なあ、さっきのまだあるのか?」
「今度はスネイプの研究室の前でやろうぜ」
両側からがっちり肩を組まれて、俺もにやりと笑った。
「寮に戻ろうぜ。見せてやるよ」
 そして俺は、双子の最初の親友になった。




   『こいつら、何にも考えてねえ』
 ……しかしそれもまた間違いだった。
 数年後、俺はそれを思い知る羽目になる。
 
 




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