右よし左よし





 フレッドとジョージが「屋敷しもべ妖精」の実物を初めて見たのはホグワーツに入ってからだった。もちろん存在は知っていたが、悲しいかな、彼らの家には屋敷しもべ妖精はいなかった。
 といっても、ホグワーツに入学しても普通はそこで屋敷しもべ妖精を見たりはしない。ホグワーツで働いている屋敷しもべ妖精はその働く姿を決して生徒たちに見せることはなかったのだから。
 そのため、ハーマイオニーのようにマグルの家庭に生まれたり、片親だけが魔法使いであるために、十分に魔法世界に関する知識(常識といったほうがいいかもしれない)のないままホグワーツに入学してきた子供は、生徒たちの生活の世話を、実は屋敷しもべ妖精がしてくれているということに思い至らなかったりもする。
 逆に、自分の家に屋敷しもべ妖精がいたというような子は、いわば「下働き」をしもべ妖精がやるのが当たり前だと思っている。当然、ホグワーツにおいてもそうであろうと最初から思っているが、それがために、しもべ妖精のおかげで自分が快適な生活を送れているのだという感謝の念は概ね希薄である。
 フレッドとジョージの場合、そのどちらでもなかった。そして、「普通は」見ないはずの屋敷しもべ妖精を彼らが見ることになったのは、当然彼らの行動が普通ではなかったからだ。
 フィルチから例の地図を手に入れるまでもなく、厨房などというのは二人にとっては当然その位置と入り方を把握しておくべき場所だった。そして、さほど巧妙に隠されているとは言えない厨房に二人が入り込むのにそれほど多くの時間はかからなかった。
 そこで初めてホグワーツで働く屋敷しもべ妖精達を目の当たりにしたわけだが、そのこと自体には魔法使いの両親に育てられた二人は意外に思うところはなかった。むしろやはり、好奇心のほうがまさったのである。彼らの働く様や、どんなふうに自分たちの食べているものが供されているのかというその仕組み、そして屋敷しもべ妖精の習性や考え方といったもの。それを自分たちの目で直に見、直接顔を合わせて話をすることで、二人は今までに聞いていた「知識」以上のものを体感していった。
 したがって双子が屋敷しもべ妖精を見る目というのは、自分たちより下の存在として見下げるでもなく、かといってハーマイオニーのように多分に感傷的に同情のこもったものでもなかった。二人はしもべ妖精を「そういう生き物」として把握したのであり、そのことに上も下もなかったのである。
 そんな双子がある1人の屋敷しもべ妖精を目にとめたのはただの偶然だった。
 深夜、彼らがいいように使っている隠し部屋の一つで悪戯グッズを製造して、こっそりと寮に戻ろうとしていたときだった。秘密の通路の出口になっている大きな置き時計をわずかに開けて、隙間から慎重に周囲を伺うと、いつもはひとけのない廊下の片隅に、1人の屋敷しもべ妖精の姿を認めたのだ。
 こんなところでしもべ妖精を見かけるというだけでも不思議なのに、そのしもべ妖精のほうも人目をはばかるかのように辺りをきょろきょろ見回して、どこかおどおどした様子だった。
 フレッドとジョージは反射的に顔を見合わせると、そこから出るのをやめて様子を伺った。屋敷しもべ妖精にならば見つかったところで問題はないはずだったが、これから何かある、と彼ら特有の本能で察知したのだった。
 すぐに彼らの予感が正しかったことが証明された。1人の男子生徒が、やはり周囲を伺いながらやってきたのだ。
(レイブンクローだ)
(そういやレイブンクロー寮の入り口に近いな)
同じ顔を見合わせて、ほとんど目と唇の動きだけでそう会話する。
 レイブンクローの男子生徒とその屋敷しもべ妖精は、双子のいる位置から斜め向かい辺りにある棚の陰に隠れるように入り込んだ。しもべ妖精は不安げにあちこち視線をさまよわせながら、その生徒に何か差し出した。食べ物のようだった。
「ぼっちゃん、食べ物も飲み物も厨房にいらっしゃればいくらでもございますよ」
震える声でしもべ妖精が言った。
 生徒のほうはこころもち顎を突き出した姿勢で、それをひったくるように受け取った。
「僕に厨房に下りろっていうのか? 生徒の行くべきところじゃない」
「でも中にはお見えになる方もいらっしゃいますよ」
 双子はまた顔を見合わせた。
「僕はそんな卑しい真似はごめんだね」
「ですが、このようなことが見つかればぼっちゃんのお立場も……」
「見つかりゃしないさ。おまえが何も言わなけりゃな」
屋敷しもべ妖精はなぜか急に息を呑んで黙った。
「おまえが言わなけりゃ、僕もおまえの仕事ぶりが鈍くて、部屋の掃除を生徒に見られたなんてことをだれにも告げ口したりしないさ」
勝ち誇ったようにレイブンクローの生徒は言い放つと、屋敷しもべ妖精をその場に残してきびすを返した。
 大体の事情を察したフレッドは、その背中に向かって糞爆弾を投げつけようとポケットに手を突っ込んだが、その腕をジョージがつかんで止めた。フレッドは一瞬何か言いかけたが、かろうじて黙ってそのままレイブンクローを見送った。


 その後はいつもどおりにこっそりと自分たちの寝室に戻ることに成功した双子は、向かい合うような形でそれぞれのベッドの端に腰掛けて、同じように頬杖をついてむっとしていた。他人から見たらどちらかの前に鏡が置いてあるようなものだ。だが、本人たちの思考のさまよう先は微妙にずれていて、それがまた不機嫌に拍車をかけていた。
「止めることないだろ」
抗議するように先に口を開いたのはフレッドだった。
「あんなやつ、その場で思い知らせてやるべきなんだ。すぐ逃げればいいんだし、見つかったからって今さらどうってことないだろ」
「相手は教師でもなければ同じ寮生でもない。不特定多数の人間が相手でもない。おまけに屋敷しもべ妖精付きだ」
ジョージもむっとしたまま答えた。
「それが何か遠慮する理由になるのか?」
 フレッドは今からでも殴り倒しにいきたいぐらいの怒気を含んでいたが、同時に、自分とジョージの意見が一致しないときにはそこに何か考慮してみるべき事柄が含まれていることも経験上理解していた。
「遠慮する必要はないけど、俺が嫌だ」
「分かるように話せ。ガキじゃないんだから」
「じゃ、おまえはなんであいつをやっつけたいと思ったんだ?」
「むかつくから」
「むかつく理由を分析しろ。ガキじゃないんだから」
 もしロンが二人にこんな言い方をされたら腹を立てたかもしれないが、この双子は互いにこんな言い合いをしても喧嘩になったことはない。
「決まってるだろ。あいつ、屋敷しもべ妖精を脅迫してたんだぜ」
「で、義侠心を起こして屋敷しもべ妖精を助けてやろうってわけか?」
「まさか! あ!」
「だろ? 俺たちの思惑はどうあれ、状況はそうなんだ。きっと今回ばかりはハーマイオニーが感激してキスしてくれるぜ」
「は! 『反吐』が出るね!」
 フレッドの言い方に、ジョージはおかしそうに笑った。もちろん、二人ともハーマイオニーを嫌ってはいなかった。ただ、彼女の結成したS.P.E.W.にはなんとしても関わり合いになりたくないだけだ。
 フレッドもようやくにやりと笑顔を見せたが、すぐにまた、あの場面を思い出して苦々しい表情になった。
「だからってあいつをあのまま野放しにしておくなんて、絶対許せないね」
「それは同感だけど……」
ジョージの表情も曇る。
「つまり、俺たちが犯人だってばれないようにやればいいだけだろ?」
「そうだけど、大概のことは現場を押さえられなくたって俺たちの仕業だって分かっちまうだろ」
「だったら俺たちはアリバイを作っておいて、ほかの奴に“罪”をなすりつけようぜ」
 何やら不穏当なフレッドの発言に、今度はジョージも反対せず、にやりと笑ってうなづいた。


 二人はこれまでにないほど慎重に秘密裏にことを進めた。準備する「物」はそうたいしたことはない。
 二人が神経を使ったのはターゲットの行動パターンの把握と、自分たちの隠れ場所及び逃走経路の確認、そしてタイミング取り方だった。そのために、知り尽くしているはずの城内をあちこちと何度も行き来し、改めて細かい点をあれこれと相談し、確認し、予行演習まで行った。
 思惑どおり事が運ぶかどうか、今回はいささかばくちめいた計画だったから、最初の計画が失敗した場合の第2、第3の布陣も敷くことにしたため、よけいに複雑な打ち合わせが必要だった。
「なんで俺たちがあんな奴のためにこんな苦労しなきゃなんないんだ。ああ〜! 今すぐ殴りに行きたい!」
 隠し部屋で必要な物を作りながら、フレッドが今さらな文句を言った。
「だったらおまえ1人でやってくれよな」
「なんだよ、それ」
フレッドはふてくされた。
「何の理由もなく人を殴れば退学だ。正直に言えば将来のW.W.W.の経営者の経歴に傷がつく」
「くそっ」
 シンプルな悪態をついた後、フレッドはふと真顔になった。
「しかし、なんであいつがレイブンクローなんだろうな。スリザリンじゃなくて」
「そりゃ、敵役がいつもスリザリンじゃ芸がないと思ったんだろ」
「だれが思ったんだよ」
「その辺は深く突っ込むな」
「まあ、純血が全部スリザリンに入るわけじゃないってのと同じなんだろうけどな」
「だろうな。きっとあいつ金持ちなんだぜ。自分の家にしもべ妖精がいるような」
「金持ちはどこの寮にもいるし」
「親がしもべ妖精をこき使ってるのを物心ついたころから見てりゃ、それでいいと思うんじゃないか?」
「性格より育ちの問題か。だったらそれこそ一歩間違えばああいう奴はどこにでもいそうだ」
「理不尽だよな。うちに来てくれればママが大喜びで可愛がるだろうに」
「そうだな。俺たちよりよっぽど役に立つとか何とか言って」
「女の屋敷しもべ妖精だったら俺たちの嫁にとでも言い出しかねないぜ」
 神経をすり減らすような隠密行動の合間に、双子は声をたてて笑った。










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