右よし左よし
決行の夜、レイブンクロー寮の近く、先日屋敷しもべ妖精脅迫事件を目撃した場所へ、フレッドは1人でそっと現れた。だれもいないことを確認すると、廊下の隅にさりげなく、しかしちゃんと目に止まるように“ゴミ箱”を置いた。 それから隠し扉に半分身を隠すようにして、慎重に杖を振り、ぎりぎりの小声で呪文を唱え、照明や窓のガラスを一つずつ割り始めた。 パリン! パリン! それはポルターガイストのピーブズがたてているかのような音、逆に言うとピーブズの興味を引きそうな音だった。 (ああっ、こんなに楽しいことなのに、なんでこんなに緊張してやんなきゃなんないんだ!) もう何度目になるか分からない愚痴を、フレッドは胸の内で繰り返した。 五つものガラスを割り、廊下に掛けられた絵の中の人物たちが、目を覚ましてざわつき始めた。 これで来なければ……。フレッドは頭の中ですでに第2陣の作戦へと切り替え始めていた。 フレッドは6回目の杖を上げたが、呪文を唱える前にあわてて杖を引っ込め、身を翻して隠し扉の中に入り込んだ。それから改めて扉の隙間から様子を見る。ピーブズだ。 ここにピーブズをおびき出すことができれば、計画は7、8割達成できたようなものだ。 ピーブズは廊下に散らばっているガラスの破片を見て本能が刺激されたらしく、甲高い笑い声を上げながらさらに次々に辺りのガラスや、陶器の壺などを割り始めた。絵の中の紳士淑女たちがこぞって非難の声を上げ始めた。 よし、いいぞ。フレッドは胸のうちでつぶやいた。しかし、もしここで教師陣より先にフィルチが来たら、いつものおきまりパターンで終わってしまう。フィルチにはどこかで足止めを食っていただかなければならない……。 ピーブズが現れるほんの少し前のこと。こちらはグリフィンドール寮の近く。ジョージは周到にセッティングを終えると、時間を見てそれらを始動させた。 いつもの糞爆弾が幾つも破裂する。しかしそれだけではない。石像がけたたましい声を上げて笑い出し、足のはえた鍋が二つ、廊下を走り回って中に入っている何やら緑色の液体をまき散らす。太ったレディが悲鳴を上げた。 すぐさまフィルチが顔を真っ赤にして駆けつけた。 「悪ガキどもめ! あれほど廊下を汚すなと言っているのに!」 ジョージは秘密の抜け道からすぐ逃げ出せるような体勢をとりながら様子を見ていた。いつもなら笑いをこらえながら見物するところなのだが、どこまでフィルチをここに留められるかが問題だ。かといって教師連中が全部こちらに集まってしまっては元も子もないのだから、加減が難しい。こちらは「いつものお決まり」でなければならない。いざとなったら抜け道から逃げる前に、ちらりと姿を見せなければならない。ジョージは冷や冷やしながら成り行きを見守っていた。向こうはどうなっているだろうか……。 騒ぎを聞きつけてマクゴナガルがやってきた。談話室でまだ起きていた生徒達も出てくる。その中のだれかがわざわざ友達を呼びに行き、寝室にいた生徒達もぞろぞろと下りてきた。 「なんです、なんの騒ぎです、これは! こんな時間に! あってはならないことです!」 「そうですとも、先生! こんなことをする生徒は退学にすべきです!」 フィルチがすがりつくように訴えた。 「こんなことをする生徒は……」 マクゴナガルは一度自分を落ち着かせるように深呼吸してから、野次馬化しているグリフィンドールの生徒達をぐるりと見回した。その中にリー・ジョーダンの姿を発見すると、 「リー、あなたのご友人のフレッドとジョージ・ウィーズリーの姿がないようですが、寝室にいるのですか?」 「い、いま、せん」 リーは顔の筋肉を無理矢理動かしたような答え方をした。 次にマクゴナガルは、必死に人の背後に隠れようと無駄な努力をしている背の高い赤毛の少年を発見した。ロン・ウィーズリーは、マクゴナガルと視線があっただけで青ざめて、首を横にぷるぷると振って、僕は何も知りませんと無言で主張した。 マクゴナガルは大きく一つため息をついた。 「分かりました。アーガス、すみませんが後かたづけをお願いしますね。さあ、皆さんはもう入って。ちゃんと部屋に戻って寝るのですよ」 きびきびとそう言うと、マクゴナガルは校長室へ向かったようだった。 それを確認すると、ジョージは通路の中へそっと姿を消した。 レイブンクロー寮の近くではフレッドがさらに慎重に、ピーブズに見つからないよう、その動きを見守っていた。ピーブズは絵画の中の騎士の1人を口汚くののしり、辺りに置いてある壺だの胸像だのを投げつけ始めた。いいぞ。あと少しだ。ピーブズがゴミ箱を倒したり物を投げつけるのはいつもやっていることだ。 だが、ピーブズは割れ物がなくなると、騎士を相手にするのをやめてしまった。フレッドは小さく舌打ちして、またこっそりと呪文を唱え、ゴミ箱をカタカタと少し動かした。案の定、ピーブズはゴミ箱に目を留めると、嬉しそうにそれを手にとって投げつけた。 ただ、そのゴミ箱はむろんただのゴミ箱ではなかった。 絵にぶつかったそれが廊下にころがると、ガラン、ガラン!! というものすごい大音響が響き渡った。城中に聞こえたのではないかと思うほどのそのうるささにフレッド自身も耳をふさぎ、さすがのピーブズも驚いて汚い言葉をわめきながら逃げていった。 ピーブズが逃げるのと、騒ぎを聞いてレイブンクローの寮生達が集まってくるのと、寮監であるフリットウィックが必死で駆けつけるのはほぼ同時だった。 そしてそこへもう1人、言われたとおりの時間に言われたとおりの場所へ来てしまっただけの屋敷しもべ妖精が、判断力の限界を超えた事態にただただ立ちすくんでいた。 「うまくやったみたいだな」 いつのまにかフレッドの隣に立っていたジョージがささやいた。 「そっちもな」 フレッドは驚きもせずそう返した。 「奥まで音が聞こえたぜ」 「ちょっとでかすぎじゃないか? まだ耳が痛い」 「次回の課題ってとこだな」 ここまで来れば、と二人が少し緊張を解いて眺めていると、フリットウィックは当然ながらそこに屋敷しもべ妖精がいることを不審に思い、なぜここにいるのかと、責めるでもなく尋ねたが、しもべ妖精のほうもおいそれとそこで口を割ることはなかった。フリットウィックは絵の中の人々から大体の事情を聞き、生徒達を解散させると屋敷しもべ妖精を連れてこれもまた校長室へ向かった。 フレッドとジョージは別のルートで校長室入り口近くに先回りし、身を潜めた。 ほどなくしてフリットウィックと屋敷しもべ妖精がやってきて、校長室へと入っていった。 この後は、二人は確信を持ってじっと待っていればよかった。数分後にはフリットウィック1人があたふたと出てきて、短い足をもどかしそうに回転させて走っていった。さらに待つこと数分。例のレイブンクローの男子生徒がかんねんしたようにうなだれて、フリットウィックに連れられてきた。 彼らがまた校長室へと姿を消すと、フレッドとジョージはやっと物陰から出てきて、会心の笑みを浮かべてハイタッチを交わした。 フレッドとジョージが、フィルチがいなくなったのを見計らってこっそりと寮に戻り、バタービールで祝杯を上げているころ、屋敷しもべ妖精も生徒も帰した後の校長室で、額に手を当て、いささか落ち込み気味のマクゴナガルとフリットウィックに、ダンブルドアが自ら紅茶を淹れてすすめていた。 「前代未聞ですよ。生徒が屋敷しもべ妖精を脅すなど。それともわれわれが気づかなかっただけで、今までもこのようなことが行われていたのでしょうか」 フリットウィックが申し訳なさそうに言った。 「たまたまた今夜、ピーブズがあの場で騒ぎを起こしてくれたから発覚したようなものでしたが……」 「騒ぎと言えば、その音の正体というのは……」 「これですな」 フリットウィックは証拠品として拾ってきたゴミ箱を指し示した。 「まあ、普通のゴミ箱はあんな大きな音はたてません。こんなものを作るのは……」 「ウィーズリーの双子ですわ」 マクゴナガルはその夜何度目かのため息をついた。 「きっと、本当はうちのほうの騒ぎに使うつもりだったのでしょう。それをピーブズが持っていったんですわ」 「わたしの授業ではなかなか優秀な子たちですよ」 フリットウィックは少し気が楽になったのか、自分の寮の生徒ではない無責任さからか、軽い調子でマクゴナガルを慰めるように言った。が、マクゴナガルのほうの気持ちはあまり軽くはならなかったようだ。 「こんなものを作ったりバカ騒ぎを起こす才能と時間を全部勉強のほうに振り向けたら、あの子たちの兄3人を合わせたぐらい優秀な魔法使いになれるはずなのに」 マクゴナガルには残念なことだが、もしこの場にフレッドとジョージがいて聞いていたとしても、母親から何年も同じようなことを言われ続けた身としては、今さら何の感慨ももたないであろう。 「ところでミネルバ」 黙って教師2人の会話を聞いていたダンブルドアが口をはさんだ。 「グリフィンドールのほうの騒ぎじゃが、双子の犯行現場を押さえたわけではないのじゃな?」 「それは無理ですわ、アルバス。あの子たちときたら年々……。でもあの双子以外には犯人はありえません」 ダンブルドアは何を思ったか、おかしそうにくつくつと笑った。 「まあまあ、今夜は“たまたま”、もっと我々が深く考えてみるべき問題が起こったことでもあるし、今回だけは大目に見てあげなさい」 「校長先生は少しあの双子に甘いように思いますわ」 マクゴナガルが小言めいてそう言ったが、ダンブルドアは面白そうに笑っただけだった。 |
Thanks to Ms.Melon & Ms.Ho.