6幕 (by 鵜飼舟)

 ネビルは精一杯手を伸ばし、異臭を放つ「解毒剤」から顔をそむけるようにして半泣きの顔をしていた。
 気の毒なネビルには、解毒剤なら自分で作るとタンカを切る度胸も能力もなければ、優しく励ましてくれるガールフレンドもいない。
 ハリーの顔をしたそのネビルに、本物のハリーもいささか情けない表情で眉を下げ、必死の思いで迫っていた。
「ネビル、ほんの一瞬だよ! ちょっと我慢すれば元に戻れるんだから。ね?」
「一瞬じゃないよ。あのキャンディーだって口に入れてから変身するまで……」
 そんな2人のハリーの攻防を、フレッドとジョージは無責任にくすくす笑いながら眺めていた。
「やっぱり僕保健室に行くよ。マダム・ポンフリーならきっとすぐに治してくれるよね?」
ネビルは、そしてハリーもすがるように双子を見たが、フレッドとジョージは同時に肩をすくめてみせた。
「病気やケガならすぐ治してくれるけどね」
「これはどうだろうな」
「元のキャンディーの成分を分析して」
「解毒剤を作って」
「俺たちは3週間かかったけどな」
「マダムなら1週間でできるかもな」
「「1週間!?」」
 ハリーとネビルが同時に同じ声を上げた。
「まあ、それも俺たちがあのキャンディーを供出すればの話だし」
フレッドがからかうように言った。
「そんな! 2人ともマダムに協力してくれるよね?」
ネビルが拝むように言った。そんな下手に出るからよけい双子を面白がらせるのだとハリーは思った。
「だから言ったろ? 失敗作だと思ったって」
「捨てちゃったよなあ〜?」
「嘘つけ!」
 ハリーはさすがに双子の言うことを本気にはしなかった。が、双子もこんな面白い状況を自分たちからさっさと終わらせる気は毛頭ないらしい。
「いいじゃないか、ハリー。おまえ一人っ子だろう? たまには双子の気分を味わってみても」
フレッドがわざとらしく親切そうな口調で言った。そりゃあ、ハリーだって兄弟がいたらと思ったことは数え切れないぐらいある。だけど、魔法で姿形だけ同じになったってしょうがないじゃないか。
「ネビルも。せっかくなんだから英雄気分を味わえよ。ほら、ちゃーんと稲妻型の傷も同じところにあるんだぜ?」
フレッドは今度はネビル(?)の額を指差した。
「あとはメガネだな」
ジョージが付け加えた。
「おお! そうだ、メガネだ。ハリーと同じメガネぐらい俺たちが今日中に用意してやるとも」
「そうさ。それでネビル、君も三校対抗試合の優勝者だぜ!」
そう言って双子はケラケラと笑った。
「2人ともいい加減にしてよ!」
 とうとうネビルが泣きそうな声で反撃に出た。
「魔法で顔だけ同じになったってしょうがないだろう!?」
 ハリーは少しばかり意外な思いでネビルを見た。
「僕は、僕は、ハリーみたいになれたらいいといつも思ってた。だけど、それはこんなことじゃないんだ。姿形だけ変わったって……僕は……僕でしか……」
最初の勢いはどこへやら、ネビルの声はだんだんか細くなっていった。
 フレッドとジョージは顔を見合わせると、しょうがないなあ、というふうにまた同時に肩をすくめた。
「分かったよ。ネビル」
 ジョージはそう言うと、ネビルの手から解毒剤をすっと取り上げた。
 なんだ、ほかの方法があるのか。ネビルもハリーもほっとしたその瞬間、がしっ! とフレッドがネビルを後ろから羽交い締めにした。
「!?」
ネビルが驚いて声も出せずにいるうちに、今度はジョージがネビルの鼻をぎゅっとつまみあげた。
「だ、だじずんだよ?」
 恐怖に青ざめるネビルの眼前でジョージはにっこり微笑むと、そのネビルの口の奥に解毒剤をぐいと突っ込んだ。

ネビルを羽交い締め






「このわからずや!」
「なんですって!? わからずやはどっちよ!」
「いい加減に認めろよ! 自分が間違ってましたって!」
「あら、自分で分かってるんでしょ!? あなたが間違ってるって!」
 その日の夜、グリフィンドール寮の談話室ではやはりいつもと変わらぬイベントが繰り広げられていた。
 ただ少しばかりいつもと違う点があったとすれば、普段ならこの喧嘩を楽しんでいるはずのハリーが、この日は少しばかりぐったりと疲れているように見えたことと、賭け金を集めるウィーズリーの双子の姿がなかったことだろうか。


 そのころ、フレッドとジョージは自分たちの寝室にいた。
 ジョージは自分のベッドに寝っ転がって、1枚の羊皮紙を見つめていた。
「おい、フレッド。どうやらこいつは面白い結果が出たぜ」
 ゾンコの店で買ってきた商品にあれこれと魔法をかけていたフレッドは、その手を止めてジョージの足元に座った。
「例のキャンディーか?」
「ああ」
「ランダムじゃないのか?」
「見てみろよ」
 ジョージは起きあがって羊皮紙をフレッドの前に差し出した。
「コリンもハリーだった。2年のティナって女の子はアンジェリーナ・ジョンソンだった」
「男は男、女は女、と思ってたんだよな」
「しかしリー・ジョーダンもアンジェだった」
「あれは吐きそうだったな」
フレッドは思い出して身震いをした。
「そして俺たちの学年のリチャード・ウォーカーはフラー・デラクールになった」
「フラーか。今ごろビルとよろしくやってんだろうな」
フレッドはにやりとした。
「変わったところでは不死鳥に変身したやつがいた」
「嘴に解毒剤をねじ込むのに苦労したよな」
「つまりだ」
「さっぱり分からない」
フレッドは本気で分かっていない顔をしていた。
「昼間ネビルが言ったろ? ハリーみたいになりたかったって」
「いや、しかしリーはアンジェに『なりたい』とは思ってないはずだぜ?」
「だから、要するに『憧れの存在』ってとこなんじゃないかな。人間自分にないものを求めるってやつだ」
「ほおー、なるほどね」
フレッドが感心してうなづいた。
「そうか、それで俺たちが食べたときは何も起こらなかったわけだ」
「ということだな。いずれにしてもこれはちょっとやっかいだ。パーティーの余興には向かないな。廃棄するのが賢明だ」
「そうかもしれないな。ついでに解毒剤もなしにできたほうがいいな。時間で効力が切れるような……」
 そう言いながらフレッドはしばし興味深そうに羊皮紙のリストを見つめていた。が、
「おい、待てよ。ってことはハーマイオニーは……」
「まあ……そういうことだろうな」
「ロンは気づいてるのか?」
「ないだろ、あれは」
ジョージは階下を指差すしぐさをした。
「どうするよ、相棒」
フレッドは楽しくてたまらないというようににやっと笑ってジョージの顔を見た。
「せっかく本人が気づいてないんだからなあ」
ジョージもにやっとした。
「やっぱりここは兄貴として」
「温かく黙って見守ってやろうぜ」
「ああ、黙って、な」
 双子はまた腹を抱えて笑い転げた。


「頑固者!」
「なによ! ロンなんて大ッ嫌い!!」

 こうして獅子寮はいつものように、また1日を終えようとしていた……。


挿し絵「HAPPY DAYS」メロンソーダ様

 








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