獅子寮の異常な日常茶飯事


第5幕 (byメロンソーダ)




「こ、これ・・・食べられるの?」

あまりにも自分達の考えるところの『キャンディー』なるものとかけ離れた、『キャンディー』の形状をした『解毒剤』を、掌に乗せているのも嫌な表情をしながらハーマイオニーが呟いた。
見た目こそまだ「廃油を固めたような」で済んでいるが、包み紙から滲み出るまるで生ごみを焦がしたようなにおいは、食べたら絶対2週間は医務室暮らしになりそうな勢いで。
ハーマイオニーとネビルはただその『解毒剤』なるものを眺めていた。力一杯腕を伸ばして、出来るだけ顔から離して見るのがやっとであったのだが。
ネビルなど、既に瞳孔が開き加減だ。いつもはまず見せないハリーのこれ以上にない情けない顔に、本物のハリーが目を覆う。

「大丈夫だって。身体に害のあるものは何一つ入ってないから。」
フレッドが急かすように声をかけた。

「ま、薬だと思って思い切って食べてみれば分かるさ。」
ジョージが包みを開けて口に入れる仕草を真似しながら、ハーマイオニーとネビルに微笑んだ。

しかし材料には有害なものは使っていなくても、いろんな意味で害になるものに作り変えてしまう張本人達のこの言葉を、誰が信じるだろうか。実際、今現在被害をこうむっている2人には尚更の事。

「・・・・・私、嫌よ絶対。間違いなく元の姿に戻れる保証も無しに、こんな訳の分からない塊を食べるなんて!」
ミニスカートを隠すのも忘れて、立ち上がったロンの姿をしたハーマイオニーが、力一杯拒絶した。

「ぼ、僕も何だか怖いよ・・・。」
ハーマイオニーの言葉に乗っかるように、ハリーの姿をしたネビルもこわごわ口を開く。

「気持ちは凄く解るけど、このままって訳にもいかないだろ?」
「そうだよ。元に戻れる可能性があるなら試してみなきゃ。」

ロンとハリーは何とか2人を慰めようと言葉を選んだが、

「見ろよ、このキャンディーだって、見ようによってはコーラ飴みたいじゃないか。」
「本当だ。角度を変えてみれば、鼻をつまんで食べれば実に美味しそうだよ。な?」

どうにもこうにも慰めようのないこのキャンディー状の『解毒剤』は、ロンとハリーが一生懸命選んだ言葉をただの現実逃避にしかさせてくれなかった。だってどの角度からどう贔屓目に見たって、食べたいという感情が到底顔を覗かせないような物なのだから。

「・・・・・・もういいわよ!解毒剤でも何でも、私がもっとましなものを自分で作ります!」
2人の不器用かつ中途半端な慰めは、ハーマイオニーにとっては全くの逆効果だったようで。
ロンの姿をした才女・ハーマイオニーは、怒りで真っ赤になりながら、手に持っていた『解毒剤キャンディー』を本家本元のロンに投げ付け、勢いよく寝室を出て行った。

残されたロン、ハリー、ネビル、フレッド、ジョージの5人は、ハーマイオニーが出て行ったドアを、少しの間ただ呆然と見ているだけであったが、ポツリとジョージが口を開いた。

「おい、ロニィ。・・・追いかけなくていいのか?」

「え?何で?」ロンはきょとんとしてジョージに聞き返す。

「だって彼女、ローブの下は超ドミニだぞ。・・・しかも、お前の姿で。」
ジョージがその言葉を言い終えるか終えないかのうちに、フレッドがぶはっと噴出した。

「あっ!」 ロンは慌ててクローゼットから自分の洗い替えのズボンとシャツを出し、ハリーから透明マントを借りて被ると、先ほど部屋から出て行った自分の赤毛を追いかけた。




ロンの姿をしたハーマイオニーは、回廊を怒りに任せてずんずんと大股で歩いていた。
脚の長さはロンのものなので、透明マントを被り、足元を隠すのに中腰で歩きながら片手には着替えを持ったロンが追付くのは結構大変で。

「・・・ニー・・・ハーマイオニー!待てよ!」
息を切らせながらやっとロンが追付いてハーマイオニーの腕を掴むと、彼女は少し驚いたがすぐにロンだと気付いた。

「ロン?一体何よ?私は今とっても忙しいんですからね!」
怒り心頭のハーマイオニーは刺々しくそう言うと、掴まれた腕を振り解こうとした。

「待てって!一体どこに行く気なんだよ?第一、今君は僕なんだから、頼むから内股で女言葉は止めてくれないか?」
透明マントの向こうから必死なロンの声が聞こえると、ハーマイオニーは少しだけ落ち着いて自分の姿を再確認した。慌ててローブの前をきっちり閉める。

「とりあえず、これ。僕のズボンとシャツだから。せめてミニスカートはやめようよ。」
怒りのあまり我を忘れて歩いていたハーマイオニーが、誰ともすれ違わなかったのは不幸中の幸いだった。とロンは心底そう思った。

「そうね・・・。」
ハーマイオニーはロンから着替えを受け取り、誰もいない教室を見つけて着替える事にした。
透明マントを被ったまま、誰もその教室に入らないように見張っていたロンは、着替え終わったハーマイオニーを見て少し安心した。これで少なくともパッと見変態じゃなくなった・・・。

「で、どこで何をする気さ?」
回廊を2人並んで歩きながら(と言っても傍目にはロンがわざとらしいガニマタで一人で歩いているように見えるのだが。)透明マントを被ったロンが、自分の姿をしたハーマイオニーにやっと聞こえるくらいの小さな声で聞いた。

「そうね・・・。とりあえず図書室で文献を漁るわ。」
真正面を向いたまま、ハーマイオニーはまるで独り言のように答えた。

「だから・・・女言葉はやめてくれよ・・・。」
ロンがポツリと呟いた。



「ええと・・・」
ハーマイオニーは図書室の入り口からは到底見えないような、奥の奥の本棚へと歩いて行った。
大抵ハーマイオニーが探している種類の本は、専門的過ぎて貸し出しカードには誰のサインもないようなマイナーなものが多いので、いつも図書室のうんとうんと奥の本棚まで足を運ぶのである。
本来なら午後の授業中であるこの時間、図書室には急に授業が潰れた生徒が数人しかおらず、立ち並ぶ本棚の奥の奥まではまず誰も入ってくる事はなかった。

ロンは邪魔な透明マントを取ると、曲げていた腰を伸ばしながら大きく一つ伸びをした。
「う〜・・・ん・・・で、目指す本はありそうかい?」

「分からないわ。何せどうやってあの変身キャンディーを作ったのかも分からないんだもの。でもあの2人が参考にした本っていうものは絶対にあると思うんだけど・・・。」
ハーマイオニーはそれらしい事が書いてありそうな本を手当たり次第手に取って、持ちきれない分をロンに持たせながら質問に答えた。
ロンも一応探すのを手伝おうと思ったのだが、何せ専門色のとても濃い本ばかりで、背表紙の文字からして理解できない単語の羅列なのである。ロンがすぐにギブアップしたのは言うまでもない。
それにしても、目の前で自分が大真面目な顔で、絶対読む事はしないであろう分厚い本を読んでいる様を見るのは、妙に変な気分だった。





「・・・・・・もう!キャンディーの成分が判らないんじゃ、解毒剤を作る方法なんて探しようが無いじゃない!」

小一時間程本とにらめっこした頃であろうか、ハーマイオニーは苛々とした様子で席を立ち、どっかりと壁に寄り掛かった。

「じゃあやっぱりフレッドとジョージに頼るしかないんじゃない?」
ポケットに入れておいた『解毒剤』キャンディーを出しながらロンが言った。
「でも、あなただって嫌でしょ?そんなものを口に入れるくらいなら、靴墨を飲んだほうがましだわ!」

「でも、君だって今のままずっと僕の姿じゃ困るだろ?」

「・・・それはそうなんだけど・・・」

「・・・僕だって君にいつまでもそのままでいられると困るんだ。」

「そんなの勝手な理由じゃない。第一あなたはいつもどおりのあなたの姿なんだから、まだいいじゃない!」

「君にこのまま僕の姿でいられるのが嫌なんだよ!」

「あら、そんなに私があなたの姿で歩き回るのが恥ずかしいのかしら?」

「それもあるけど・・・」

「・・・わかりました!じゃあ私は誰にも見られないように、1人でその透明マントでも被ってじっとしているわ!」

「誰もそんな事しろなんて言ってないだろ?!」

「なによ!私の気持ちなんて到底殊更これっぽっちも解らないくせに!」

「何だよその言い方!君だって嫌でしょうがないんだろ?!そばかすだらけの顔でお古のシャツなんか着たくないだろうさ!」

2人の会話はいつの間にか新しいバトルになって、図書室中に響き渡る程の大音量になっていた。

「誰です?!図書室で騒がしくしているのは?!」
マダム・ピンスの厳しい声が2人のいる奥の棚に近付いて来る。
ロンは素早く透明マントを被り、ハーマイオニーも引き入れた。

「まあ・・・。またビーブスの仕業かしら・・・。」
マダム・ピンスは誰も居ない空間に本が散乱しているのを確認し、手早くさっきまでハーマイオニーが見ていた本を片付けると、ぶつぶつと独り言を言いながら司書のカウンターへと戻って行った。

「危なかったね・・・。」
透明マントの中で、ロンがハーマイオニーに柔らかに微笑む。

「そ、そうね・・・。」
あまりにも近くにあるロンの顔に少々戸惑い、俯いたまま返事をした。

「あのさ・・・僕、やっぱり早くいつものハーマイオニーの姿に戻って欲しい。君が僕の姿をしているのが嫌なんじゃなくて、君の姿をしていないのが嫌なんだよ。」
暗くて顔色までは判らなかったが、照れが混ざったような声でロンは続けた。

「僕のハーマイオニーは、ふわふわした栗色の髪で、茶色の大きな目、気の強そうな眉毛に、よく通る高めの声なんだよ。」
僕の・・・なんて言葉を口にしたロン本人は、それがどういう意味なのかは多分解っちゃいないだろう。
でもハーマイオニーは自分の顔が酷く熱くなるのを感じて。おそらく今の自分の顔は、いつもロンが見せる「髪の毛と同じくらいの紅さ」になっているだろう。

「『解毒剤』、試してみてくれないかな?」
俯いたままのハーマイオニーと目線を合わせるべく体勢を変え、お願いするような眼差しで囁いた。

「・・・私だって・・・ロンの姿になっちゃいけなかったのよ。・・・ロンの姿が嫌なんじゃなくて、ロンになっちゃ駄目だったの・・・。」
切なげに呟いたハーマイオニーの言葉は、天然少年には何のことやらさっぱり解らなかったが。いつもの彼女らしからぬ様子にかなり動揺して。

「ロン?あなたのお兄様達の作るものは、本当に安全なんでしょうね?」
ロンの同様を察してか、ハーマイオニーは冗談っぽくそう言い笑顔を見せた。

「うん。あの2人はかなり時間をかけて、何回も何回も自分達の体で実験してるよ。医務室のお世話になるような事は心配しなくてもいいと思う。」
ロンは双子の兄達の悪戯にそれこそ人生の半分は引っかかってきたのだ。でも一度もロンの体に深刻な影響を与えた事はなかった。安全性は一番良く分かっている。

「・・・・・じゃ、さっきあなたに投げ付けた『解毒剤』をもう一度出して頂戴?」
ハーマイオニーはロンのポケットを指差しそう告げると、掌を返して差し出した。

「うん。じゃ、ちょっと待ってて。」
ロンはポケットからどす黒いキャンディー状の『解毒剤』を出すと、軟化の魔法をかけた。

「硬いままのものを長い時間舐めてるのは辛そうだからさ。これだと2、3回噛んで飲み込んでしまえるだろうと思って。」
これくらいしか出来ないからね、とロンは頭を掻きながら差し出した。

ハーマイオニーはゼリーのように柔らかくなったどす黒いそれを受け取り、鼻をつまんで口元へ持って行った。
「ありがとう、ロン。・・・それじゃ・・・。」

ロンの姿のハーマイオニーは、一度躊躇したが、勢いを付けて一気に口の中へ放り込み、ごくりと飲み込んだ。
柔らかくなった『解毒剤』はすぐにハーマイオニーに何らかの変化をもたらしたようで、数分もしないうちにハーマイオニーは酷く苦しみだした。

「う・・・うう・・・っ・・・」
長身の身体を折り曲げ、無意識に握った透明マントを剥ぎ取り、酷く震えている。
ロンは自分の身体をしたハーマイオニーを力一杯支えた。自分の腕に抱えきれないハーマイオニーを強く抱き締めて。
すると。

抱え切れなかったハーマイオニーの肩が少しずつ小さくなっていった。
燃えるような赤毛も色あせて、柔らかな栗色へと変色をし、
苦しそうな声もロンの低い声から、いつも聞く、でも少し久しぶりなそれへと変わっていった。




何分程たった頃であろうか。

ロンの腕の中には、栗色のふわふわの髪の、茶色の大きな瞳と気の強そうな眉をしたハーマイオニーがすっぽりと納まっていた。

「ハーマイオニー!やったよ!元に戻ってる!」
ロンの歓喜の声にハーマイオニーは弱々しく顔を上げ、きょろきょろと辺りを見回す。
窓のガラスに映し出されたのは、半日ぶりに見る自分の顔で。
身にまとったシャツやズボンは丈が余ってぶかぶかだった。
下を向くとふわふわの髪の毛が頬を擽る。

「戻った・・・。」
腕の中で、気が抜けたようにただ一言を呟くハーマイオニーを、ロンはもう一度強く抱き締めた。

ハーマイオニーはロンの瞳を覗き込み、そこに自分の顔が映っている事を確認すると、そこでようやく自分の姿に戻れた事をじんわりと実感出来て、やんわりと微笑んだ。



はにかんだ微笑を交わす2人は、この時すっかり忘れていたが。
寝室では、未だに2人のハリーが顔を見合わせて大きな溜息をついていた・・・。
 








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