この道 : 国道19号線
国道19号線は、愛知県名古屋市熱田区神宮2丁目より始まり、長野県長野市の西尾張部交差点に至る全長266.4kmの道である。岐阜県中津川市から長野県塩尻市までの区間は、ほぼ旧中山道に沿う形で道が伸びている。旧中山道の宿場の中で、現在まがりなりにも国道19号がたどっていると言えるのは長野側から、塩尻、洗馬、本山、贄川、奈良井、薮原、宮ノ越、福島、上松、須原、野尻、三留野、妻籠、馬籠、落合、中津川、大井といったところか。そしてその区間の大半が、いわゆる木曽路であり、上記の宿場町で言うと、贄川から馬籠までが木曽十一宿と呼ばれる。 |
中山道は江戸時代に整備された道で、五街道の一つ。道そのものは江戸時代以前、大和時代末期(飛鳥時代)から存在しており、前身を東山道と言った。中山道六十九次と言い、東海道五十三次よりも距離にして40km程度長い。ただし、道中に大井川の川止めのように旅程を左右する難所がないという利点があった。 |
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スタート直後。右手に熱田神宮の森を見ながら走る。このあたりから名古屋の都心を抜けるまでは、片側4〜5車線の広い道を走っていく。ただし、一番歩道側の車線には路上駐車の車も目に付く。名古屋名物(迷物?)・迷惑駐車だ。幸いにして道路が広いのでさしたる問題にはならないが、道の広さに甘えているとも言える。 |
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熱田からまっすぐ北に向かい、丸の内付近で右折する。右折すると、地元では桜通の名で呼ばれる大通りに入る。相変わらず片側5車線の広い道路が続く。このあたりはオフィス街ということもあり、滅多なことでは大渋滞は発生しない。ただし、桜通を走る区間は短いのでそれもあまり関係がない。東区小川交差点を左折し、道は再び北を目指す。 |
なお、小川交差点は国道153号線(飯田街道)の起点ともなっている。左折ではなく右折すると国道153号に入る。この道は伊那谷を抜け、長野県塩尻市内で再び19号と合流する。木曽谷と伊那谷は隣り合ってはいるが、現在でも高い山に断絶されている。 |
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春日井市に入っても、「雑駁な地方都市を走る幹線道路」と言った趣の道のりが続く。車窓からの風景に見られる変化と言えば、背の高いビルが少なくなったことと、片側三車線ずつと若干道幅が狭くなったことぐらいだろうか。しかし、春日井ICを越えたあたりから少し様子が変わってくる。市街地から、郊外をすっ飛ばしていきなり農村のような雰囲気の地区に入ってしまう。けれども道は良く、特別交通量が多いわけでもないので非常に走りやすい。サクサクッと車を走らせ、トンネルをくぐって内津峠を越えると、そこから先は岐阜県多治見市だ。 |
春日井ICは名古屋ICより一つ大阪寄りのインターだが、まだ東名高速道路。名古屋が東名の終点だと思い込んでいると、面食らうことがあるかもしれない。 |
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多治見市に入ったあたりでは、国道19号線は下街道(善光寺街道)となっている。峠を越えてすぐ、多治見の中心市街地に入る。さすがに街の中心では交通量が若干多くなる。タイミングが悪ければ渋滞が発生するかもしれない。ただし、市街地区間はそれほど長くはない。すぐにお隣の土岐市に入る。 |
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随分長時間に渡って信号のない区間を走り続けると、やがて恵那市の市街に入る。だが、この恵那市街もあっという間に抜けてしまう。 |
「恵那」は「胞衣」。日本神話のアマテラスの胞衣が恵那山に納められたところから来る地名。 |
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やがて、中津川の東の外れ、落合宿あたりで前方を覆うような形で山が立ちふさがってくる。これが木曽谷の入り口で、旧中山道はこの山の峠を越えるようにして伸びていく。落合宿の向こうは馬籠宿だ。これより北は木曽路である。 |
「是より北木曽路」の碑は、山口村新茶屋地区の小さな路地沿い、バス停近くにある。地図があっても探し辛いのが難。島崎藤村の筆。 |
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木曽路にはいくつか道の駅が設置されている。大又口交差点を国道256号線に向かって左折すればきりら坂下があるが、19号線の沿道にあるものでは「賤母」が最初だ。スペースは広く取ってあり、売店もなかなか充実している。いかんせん、木曽路沿いにある道の駅は、ほとんどが上り車線側に立っている。名古屋市発で長野を目指す場合は反対車線を突っ切らなければ道の駅に入れないことが多い。しかし、賤母前の道路は広くなっており、右折車線が確保されているので、後続車からせっつかれる心配とは無縁なはず。 |
読書と言う地名は与川・三留野・柿其の三村の頭文字、ヨ・ミ・カキに「読書」の文字を当てたもの。かの柳田國男にも批判された、駄洒落みたいな地名だそうな。 |
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現在の木曽路、国道19号最初の宿場町は三留野(みどの)宿である。しかしこのあたりは、先ほどまでに比べるといくらか広い平地があり、また、JR中央本線の沿線と言うこともあって比較的開けている。妻籠・馬籠のような雰囲気ではなく、かつて宿場町だったといわれてはじめてそのように見える程度である。道路のすぐ左を流れる木曽川と、周囲の山々からここが木曽路である事を実感させられる。野尻、須原の旧宿場町あたりまでは似たような風景が続く。野尻宿あたりから木曽郡大桑村に入り、ここには道の駅「大桑」がある。 |
木曽路では各宿場町ごとにこのようなオブジェ(看板?)が設置されているようだ。19号沿道にあるとは限らないので注意。 |
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須原宿から次の宿場町、上松宿(木曽郡上松町)に向かう途中で、道の駅ねざめの看板を発見。ここは木曽路で最も有名な景勝地と言っても過言ではない、寝覚の床に隣接して設置されたドライブインである。道の駅と言う名は冠しているものの、あくまで普通のドライブインであり、国土交通省道路局主導のいわゆる「道の駅」ではないようだ。おそらくは普通のロードマップにも「道の駅」としては載っていない。 |
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木曽路は全部山の中、とは「夜明け前」の中の島崎藤村の言だ。ここまでの道のりを見ていると、的を射た表現であると言える。両側に山が迫り、眼前の山を抜いてもすぐ次の山が姿を現すといった具合で延々山間の道が続くが、福島宿(木曽郡木曽福島町)あたりまで来るとちょうど全行程の半分と言ったところだ。山口村で木曽路に入ってからここまでの所要時間は、まっすぐ走った場合1時間ほど。 |
福島関所は江戸時代の四大関所の一つ。いわゆる入り鉄砲と出女に目を光らせていた。 |
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道は木曽郡木祖村に入る。木祖村内には藪原宿がある。藪原宿の見どころと言えば極楽寺だろう。こちらは国道から離れた位置にあるわけではないので、割と気楽に立ち寄れる。村内には資料館や郷土館がある。さて、藪原宿と奈良井宿の間にはちょうど標高1000mの鳥居峠がある。今でこそ国道・中央本線ともにトンネルで一息に抜けてしまう峠だが、往時はなかなかの難所だっただろう。鳥居峠を抜けたところで木曽郡楢川村に入り、木曽川とはお別れ。その先も相変わらず左手に川を見ながら走る道が続くが、この川は奈良井川。川の流れがそれまでと逆転している。 |
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奈良井川の名が表す様に、新鳥居トンネルを抜けるとすぐ奈良井宿がある。旧街道時代の面影を残す宿場は、国道からは奈良井川と中央本線の線路をはさんだところにある。車で来て観光する場合には、名古屋側の入り口に有料駐車場がある。すぐ近くに道の駅「奈良井木曽の大橋」もあるが、考えることは誰も同じなのか、駐車場は全て埋まっている可能性が高い。なお、この道の駅は駐車場と広場、トイレはあるが売店の類いは併設されていない。わずかに自販機が置いてあるだけだ。土産物などは奈良井宿で買うことが可能だが、軽食・おやつを買うには向かないと思われる。距離的にはさほど離れていない場所に次の道の駅があるので、補給はそちらで行なうべきだと思う。観光する場合の駐車場としての利用にしても、同じ事を考える人の車が結構な入りなので、長時間滞在したい場合は専用の駐車場利用をお奨めする。 |
奈良井宿には越後屋はじめ、宿場時代から続くいくつかの民宿がある。もちろん、現在でも泊まれる。 |
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奈良井宿をあとにすると、いよいよ木曽路最後の宿場・贄川に向かう。奈良井宿と贄川宿の間に前述の道の駅「木曽ならかわ」がある。ここには売店、レストラン、木曽路の工芸品を商う施設も併設されている。また、ここに至る途中の道沿いに木曽漆器館といった施設もある。 |
「是より南木曽路」の碑。馬籠の碑と対のように思えるが、こちらの方が随分古くからあるようだ。 |
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塩尻市に入ってから少し走ると、急激に周囲の視界が開けていく。四囲には山々が連なっていはいるものの、空が広い。木曽谷から松本平に入った事を実感させる。しばらくは田舎道が続くが、やがて何時間ぶりかの市街地走行が始まる。ここから松本市を抜けるあたりまでは、おおむね市街地を走り続けることになる。 |
塩尻市高出交差点付近。幼い頃に生き別れた兄弟と再会を果たした気分である。 |
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塩尻市から松本市に向かう道は、交通量は決して少なくないが、道が良いこともあって流れは順調。しかし、これが松本市内に入ると事情が変わってくる。19号線の通る都市では、名古屋に次ぐほど大きな街であるはずの松本市ではあるが、道が片側一車線の対面通行になる。先ほどまでと比べても取り立てて交通量が少なくなるわけではない。いつ渋滞の尻尾にぶつかるか・・・と身構えながら、若干流れが悪くなったように思える市街地の道を走る。長野市内の終点に目的地を設置したカーナビがさかんに迂回路を走らせようとすることからも、こと松本市内においては19号線よりも流れの良い道があるようだ。 |
国宝松本城。信濃路の山々を背景にそそり立つ黒い城の姿は圧巻で、時に古武士に例えられる。 |
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19号線は、松本の市街地を抜けたあたりから、左手に川、右手に山という木曽路とどことなく似た風景の道になる。この川は犀川である。犀川の流れ行く先は長野市。古戦場として有名な川中島付近で佐久平方向から流れてきた千曲川と合流する。松本市の北隣、南安曇郡豊科町あたりではまだ左側に山は見えないが、松本市と長野市はそれぞれ別の盆地の中心都市であり、間は山で隔てられている。 |
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19号線は長野市善光寺平に入ったあたりで二手に分かれる。すなわち川中島方面に向かい、そこから千曲市(2003年9月に更埴市、埴科郡上山田町、同戸倉町が合併)に抜ける事を目的としたバイパスと、長野市役所、長野県庁、長野駅、善光寺などがある都心部に向かう大町街道である。どちらも19号線には違いないし、いずれは合流する2本の道だが、19号線の終点である西尾張部交差点に向かうなら大町街道に進路を取る。まっすぐ走れば始点から6時間強ほどでこられる距離のはずだが、すでにとっぷりと日も暮れ、夜の帳が下りてしまっている。薄暗い黄昏時の山道を走ってきた身には、長野市の街明かりがまぶしい。さすがは長野の県都である。 |
古刹善光寺は、日本の仏教が様々な宗派に分派する以前に建立された寺。従って無宗派の寺である。 |
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国道19号線の西尾張部交差点は、国道18号線との交点であった。ちゃんとした案内標識があった名古屋市熱田区の起点とは違い、交差点付近に終点を示すそれらしい標識は存在しなかった。すでにあたりは暗くなっており、見落とした可能性もある(だとしたら痛恨だが)。代わりにキロポストの写真を撮影しておいた。公的な文書に示されている総延長266.4kmより5km長い名古屋から271kmの表記が気にかかるところだが、とりあえず19号線の旅はこれにて終了。 |
ロケ地:東名高速道路赤塚PA |
今回使用した車 ヴィッツ(排気量:1000cc) 国道19号線総括 搭乗車の排気量は山岳ドライブにやや不安を感じさせる数字だが、今回の道程において特別力不足を感じる場面はなかった。 さすがは番号の若い国道、基幹道路と言ったところだろう。初心ドライバーでも安心なへっちゃら街道、ストレスなく走れるコースと言える。見どころも多くて良い。 |