この道 : 国道362号線
【細江まで】




 国道362号線は、注意深くその情報を探ってみると不思議な路線である事に気づく。
 起点は愛知県豊川市。国道151号線との交点になっている馬場交差点だ。それは良いのだが、終点が静岡県静岡市の国道1号線交点となっているのだ。国道の起点・終点は、基本的には東京に近いほうを起点、遠い地点を終点としている。中には素人目では東京までの遠近の差がハッキリしない起終点もあるが、362号線の場合は一目瞭然に静岡の方が東京寄りだ。それをひっくり返した理由がよく分からない。
 総延長は156.2kmである。豊川と静岡は天下の国道1号線によって結ばれている。これとの差別化をはかったでもないのだろうが、概ね海寄りの平野部を走る1号線に対し、362号線はかなり内陸部、山の中を伸びていく。
 この路線についてもう一つ特筆するべき事があるとしたら、「姫街道」と呼ばれる豊川から浜名湖北部にかけての区間だろう。名前の由来は、街道時代、「出女」に厳しい東海道の新居関所を避け、あるいは同じ東海道の「今切の渡し」が縁切りに通じると敬遠されて多くの女性がこの道を通り、脇往還として発達したから姫街道と呼ばれるようになったという説、古いという意味の「ひね」から転訛して「姫」となったという説などがある。その辺りを巡って、激しい論争もあったそうな。
 個人的には「関所を避けて…」という説の信憑性には疑問を持っている。そんなに簡単に回避できたのでは関所の存在意義が薄れるし、街道沿いの気賀には結局同じように関所がある。
 実は「姫街道」という呼称が定着したのは明治に入ってから。江戸時代は「本坂道」、公式には「本坂通」と呼ばれていた。ただし、道自体は結構古い。八代将軍吉宗の頃には、将軍に献上された象もこの道を通っている。
 姫街道沿いに国道が走っているのは、ちょうど気賀関所などがあるあたりまでだ。この気賀関所は、箱根・新居とあわせて東海道三関所と呼ばれることもあるらしく、監視の厳しい関だった。やっぱり新居を避けたからといって大した意味はなかったようだ。




 「姫街道」の異名を持つ街道は全国に多くあり、岐阜の中山道もその名で呼ばれる事があると言う。実際女性の道中には東海道より中山道が好まれ、皇女和宮が降嫁に使ったのも中山道だった。
 姫街道で女性の往来が多かったのは事実で、やはり今切が嫌われた?
 上写真は現在の1号線今切付近。 
 起点が151号線との交点であることは既に触れたが、この付近の151号線は1号線と東名高速道路豊川ICを結ぶバイパスのような位置付けの道だ。かなり高規格の道で、そこから分岐していく県道・地方道クラスの道もそれに準ずる規格の道となっている事が多い。が、362号線はそれらと比べてもかなり見劣りのする道で、馬場交差点から地味なスタートを切らされる。
 起点からしばらくの間、362号線は赤石山脈の南の果てに位置する山々が描くなだらかな稜線を目指す。沿道にあるのは田畑を中心に民家、そして少しばかりの商店である。
 当古橋によって豊川を渡った先が豊橋市になる。漢字で書くと「豊川」となる地名は、河川の名前を指す場合には「とよがわ」と濁り、自治体の名前は「とよかわ」となる。
 途中、和田辻の交差点で旧別所街道と交差する。今となってはどうという事もない交差点だ。そこから先はいよいよ本格的に郊外地区に入り込む。眼前間近に見える山が、本坂峠である。
 付近には「姫街道」をアピールする石碑の類も多いが、いずれも最近になって作られた真新しいもので、田舎びた雰囲気のわりに史跡の保存はなされていないようだ。




 和田辻交差点の近くには、街道を行った馬方の相棒・駄馬の守り神である馬頭観音の碑もある。ただし、これも最近になって運送業者の組合によって立てられた物。
 本坂峠を越えて静岡県に入る方法は二通りある。近年完成した有料の新本坂トンネルを利用するか、それよりもずっと上のほうにある旧トンネルを使うかだ。一応362号線の正規ルートは旧トンネル越えということになるだろうか。道中には362のシリアルナンバーを与えられたおにぎりも何基か立っているが、こちらのルートは、新トンネルが開通したことで大して整備されないままになっている。おそらく、今後も本格的な整備改修の手は入らないだろう。急なブラインドカーブも多く、ジグザグに蛇行しながら高度を稼いでいく。そのため、比較的まっすぐに伸びている旧姫街道と何度も交差する形になるが、徒歩であれば直登に近い形の旧道の方が効率よく移動できそうだ。1.5車線幅の山道で、対向車があっても、一応離合は可能なレベルなのだが、所々に「路肩弱し」の注意標識があり、実際に崩落した路肩部分を補修したらしい箇所もある。油断はならない。
 そうやってかなり上っていくと、旧本坂トンネルがある。文化財級のレンガ巻きトンネルであるため、敬意を表して「隧道」と呼ぶべきか。しかしささやかながら心霊スポットの噂もあるトンネルで、面白半分で遊びに来た若者たちの乱痴気騒ぎの痕跡が近辺そこかしこに残されていて非常に痛々しい。そういう連中の何割かには山賊まがいの輩が含まれることも容易に予想できるため、夜の通行には新トンネルをお奨めする。古いトンネルと見るや条件反射的に心霊スポット化してしまう軽薄な風潮は嘆かわしい。皮肉なことに旧本坂トンネルには、同じように心霊スポットの汚名を着せられている153号線沿いの旧伊勢神トンネルに一脈通じる雰囲気がある。
 何にせよ早晩、名実ともに新トンネル側が362号線の本道になるだろう。



 旧道を登っていくと、山中には先史時代の遺跡・蒿山(すせ)蛇穴もある。
 なお、本坂隧道は大正時代に創られたもので、これまた伊勢神同様に文化財としての価値は高い。これらのトンネルは肝試し気分でやって来る不埒者を締め出すために、夜間閉鎖(+新トンネル無料開放)でも良いような気がする。
 一昔前の東海道本線では、少しくすんだオレンジとグリーンのツートンカラーの列車が主流だった。静岡のお茶のグリーンとみかんのオレンジをイメージしたカラーリングなのだそうだ。本坂峠の静岡県側にはみかん畑が広がっている。代わりに、静岡を象徴するかのような、あの茶畑の広がりは目に付かない。引佐郡三ヶ日町はみかんの産地として知られている。トンネル出口付近には、かなり草臥れてはいるが富士山を模した建物もある。富士も静岡名物としては欠かせない。空気の澄んだ冬場なら、運がよければこの辺りからもはるかに富士を望めるようだ。
 浜松市に入るまではずっと引佐郡である。郡部を走り続けることになるわけだが、その間の362号線はそれほど田舎道ではない。道沿いには何かしらの建物が建っている。それは普通の商店だったり、観光客向けの施設だったり、もちろん一般の民家だったりする。このあたりは低いながらも山が湖近くにまで迫っていて平地が少ない。そのため人の居住地は街道伝いに集中し、南に面した山の斜面がみかん畑に利用されているのである。三ケ日市街に入ると、ほどなく道の右手に天龍浜名湖鉄道の単線が見えてくる。
 なお、三ケ日近辺で目に付く湖は浜名湖ではない。結局つながってはいるのだが、猪鼻湖という独立した湖だ。隣町細江町との境界である寸座峠近辺で東名高速道路の橋脚越しに見えるようになってから先が、浜名湖だ。



 東海道本線のカラーリングによって、静岡県が東海道の代表であると暗に宣言されても、何となく納得させられてしまうパワーもすごい。
 細江町に入る。三ケ日は「三ケ日みかん」のブランドイメージが確立されているだけあって農業立町という感じがしたのだが、対する細江町は観光で生計を立てている感じである。みかん畑は多いのだが、みかんを売り出しても体外的には三ケ日の宣伝にしかならないためなのだろうか。
 奥浜名湖沿いの道には何軒かの鰻屋が立っている。国道からは少し奥まった位置には知る人ぞ知る名店も隠されている。もちろん「姫街道」の宣伝も忘れてはいない。天龍浜名湖鉄道の気賀駅付近が細江町の中心地で、近くにはご存知「うなぎパイ」や「みそまんじゅう」、「姫様スティック」などの地元銘菓を販売する店が軒を連ねる。このあたり、大きなトラックなども通って交通量はそこそこのものなのだが、道幅が狭い。いかにも古くからの商店街然とした趣だ。昔の街道を(一応)自動車規格に造り替えた結果なのだろう。近くにはくだんの気賀関所も再現されている。








今回使用した車


国道362号線総括


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