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若田史 WAKATA HISTORY

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~開院当時~


旧 若田接骨院 旧 若田接骨院の待合室
(旧 若田接骨院) (旧 若田接骨院の待合室)


平成7(1995)年8月16日に「初代若田接骨院」が名古屋市緑区若田1丁目212番地にあるキャッスルビューティー1階にあった約17坪程の店舗(現、「WAKATA GROWTH」)で開院する。

最近も、はじめて来られる患者さんからは、若田接骨院だから「院長(現:代表)は若田先生だと思ってた~」と言われることがあるが、院長(現:代表)の名は「近藤」である。

「若田接骨院」と名づけたのは、もちろん地域の皆さんに愛される接骨院を目指したからである。


このときの私の年齢は31歳 治療室の中
(このときの私の年齢は31歳) (治療室の中)


天白区出身の私がなぜ緑区で開院をしたのか?

先ず一番の理由は「若田」という地名が気に入ったことである。私には、若田の名前に、若者が土地を開拓して発展していくイメージがあり、この町ののんびりとした雰囲気も気に入り、この町で開院することにした。


開院直前の私と臨月だった妻 開院直前の建物外の看板
(開院直前の私と臨月だった妻) (開院直前の建物外の看板)


開院当時に建物は、既に築10年以上は過ぎていたが、このあたりで開業しようと車に乗ってグルグルと 回って探していた時に、たまたま空いていたこの店舗を見つけ「ピン!」と来るものがあり「よし!ここに決めた!」といった具合で即決し、3週間ほどで工事 を済ませて写真のような雰囲気で開業する事となった。 

全く貯金のない状態であったので全てが借金での開院であった。


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