ネットロア考2


 サッちゃん
 2003.03.16

 
 童謡「サッちゃん」は良く知られた歌です。著作権等の問題があるので、歌詞を掲載することはしませんが、もし良かったらこちらのサイトで紹介されているサッちゃんの歌詞(音が出るので都合の悪い方はご用心下さい)をご覧下さい(ごんべ007の雑学村より)。

 実はこの歌の裏解釈に関する都市伝説が存在します。本当は恐ろしい○○童話とか、結構複雑な背景があって誕生したわらべ歌などとは違い、 サッちゃんの詞は阪田寛夫氏個人の手による作なので、前二者と同列に扱い、裏解釈云々を論じるのは何か違うような気がしますが、とりあえずそれら話についての説明を。

 1番の歌詞には特に問題になる部分はないのですが、裏解釈が都市伝説化しているのは2番と3番の歌詞です。問題になるのは2番の「バナナをはんぶんしかたべられないの」の部分と、3番の「サッちゃんがねとおくへいっちゃうってほんとかな」の部分で、この箇所の裏解釈とは、実はサッちゃんは病気などの理由で体が衰弱してしまったために「バナナをはんぶんしかたべられ」ず、「とおくへいっちゃう」とは死んでしまうと言うことを婉曲的に表現しているというものです。この他にも全国各地で何通りかの解釈が存在しているようですが、そのいずれも「サッちゃん」が事故や病気で死んでしまう内容となっているようです。

 ここまでならば、表面的にはわらべ歌に隠された本当の意味というような話に近いのですが、サッちゃんの話はこれだけでは終わらず、怪談じみた続きを持っている場合があります。まず、この裏解釈を知ってしまった人は、夜寝ている時に「サッちゃん」がやってきて足を引っ張られるというものがあります。確かにちょっと恐いシチュエーションと言えばそうなのかもしれませんが、けれど脚を引っ張られたからどうだと言うのも確かです。それよりもさらに過激なものになると、「サッちゃん」の歌を全部歌うとやはり枕元に「サッちゃん」が現れて殺されてしまう、というものになります。ただし、ここで言う「サッちゃん」の歌全部とは一般に知られている3番までではなく、何らかの理由で秘匿されてしまい、今日では日の目を見ていない4 番まで歌うと、という条件付きになるのが普通です。3番までがこの歌の全てなら、すでにどれほどの人が歌ったのか分かりませんし、サッちゃんの被害者はとんでもない数になり、未曾有の大災害になりかねません。

 そして、この「サッちゃん」の4番が1999年にチェーンメール化しました。、この「サッちゃん」のメールは携帯メールを中心に出回ったものです。

さっちゃん
さっちゃんはね、さちこってゆーんだほんとはね。だけどちっちゃいからじぶんのことさっちゃんてよぶんだよ。おかしいね、さっちゃん。さて、この歌は、皆さんご存じ [さっちゃん]です。この歌は3番までの歌なのですが4番があるのです。それは、、、「さっちゃんはね、でんしゃで足をなくしたよ。だからおまえの足をもらいにいくよ。今夜だよ、行くよ」というものです。これは、北海道の室蘭という所で本当に起こった事件をもとにした歌だそうです。その事件とは、寒くて雪の降っていた夜、桐谷佐知子ちゃん 14歳が踏切のせんろでくじいてしまって引かれてしまいました。体は胴のあたりでちょうどまっぷたつ、しかしあまりの寒さで血管が一時的に固まったため、即死ではなく、数分生き続いていました。腕を立ててはうように踏切の外にでました。下半身を探しながら。そして、数年たってクラスメートの男の子があの歌をつくりました。女子は、すごく怒ってやめさせました。しかしその 3日後男の子二人は、足のない死体となって発見されました。さてあなたもメールをよんだからにはただではすみません。3時間いないに5人の人に送ってください。最近、いたずらメールがはやってますがこのメールは、まじでやばいです。なので強制はしませんがなるべくまわしていってください。二度三度と回って来た場合は、もう佐知子さんにたいしては供養(メールを回せば供養になる)をしたことになるのでだいじょうぶです。あしたあなたの足が無事でありますように。私の足無いのあなたの、ちょうだい ?


 このメール中に登場する4番が、知っていると災難が降りかかる「本物」の4番なのかどうかは不明です。と言うよりもむしろ、この4番の歌詞を「サッちゃん」のメロディーにのせた場合の不自然さを考慮すると、このメールの作者が「サッちゃん」の 4番に関する都市伝説に便乗してチェーンメールを流すために創作したもの、乃至は広く流布していないマイナーバージョンなのかもしれません。なお、4番に関する都市伝説が先か、このメールが先かについてですが、これはどうやら4番の話の方が先に存在していたようです。

 サッちゃんの4番の話よりずっと以前から、世の中には”話すと死ぬ怪談”だとか、能などの”演じると関係者に災いが訪れる演目”の話などが存在していました。怪談は当然不吉な内容ばかりです。また、能の演目の中にも、実際の事件に材を取り、怨霊や亡霊などが登場するものが少なくありません。むしろ能で表現される情念の世界と言うのは、非常にドロドロとしたものも多く、最新のSFX技術を駆使して映像化すればなかなか恐い作品になりそうなものも、相当数あります。人は無念の横死を遂げた人物の話を興味本位でする時に、ある種の後ろめたさと当事者の怨念を感じてしまうために、この種の”災厄を呼ぶ題目”の話が生まれたように思います。サッちゃんの4番も、系統的にはこれらの先例に近いものでしょう。もっとも、サッちゃんの場合は、不吉な話だからそれを話すと不幸がある、というのとは逆に、不幸が起こる理由の説明のため、遡及的に悲惨な内容の歌詞が設定されたのでしょうが。

 悲惨な内容の歌詞が設定された、などと何の気なしに書きましたが、実は今問題にしている4番の内容と言うのは未だに謎のままです。ただ”悲劇的な内容であるらしい”、と言う部分だけが流布されていると言うのが実情です。この話の論旨に従うと、サッちゃんは4番において悲劇的な結末を迎えると言うことになりますが、すでに確定している1〜3番の後に、暫定的にチェーンメール版の4番を付けたしてみると、歌全体の構成がちょうど起承転結に対応しているようにも見えてきます。1番2番は、小さな女の子のありふれた日常の内容、3番でそれに変化が生じ、4番に至って”死”という形で結末を迎える、といった具合です。そう考えると、3番までの内容で終られると、歌全体が尻切れトンボの印象で、肩透かしを食らわされてしまったようにさえ思います。もしかしたら、ひとつの物語になんらかのはっきりした結論を求めたがる人間心理が、”4番での決着”という都市伝説を生み出したのかもしれません。そうなると、安易に人の死を創作してしまうことに対する後ろめたさが、枕元に殺しに来るサッちゃんという副産物を生み出した、という解釈も可能になりそうです。もっとも、そこまで行くと想像が飛躍しすぎのきらいもあります。

 さて、ここで再びチェーンメールの話題です。もともとのサッちゃん伝説の中で言及されていたのは、4番を歌うとサッちゃんが(殺しに)現れると言うものでした。具体的にどのような方法で殺しに来るのかと言う部分は明らかにされていません。にもかかわらず、このチェーンメールの中で、サッちゃんが足取り幽霊にされている部分は注目に値します。ちなみに”足取り幽霊”という呼称ですが、例によって私の個人的な呼称です。都市伝説の中には、足を欲しがる幽霊が多いので便宜上、こう呼ぶことにしています。江戸時代以降、日本の幽霊は足のない姿が一般的になったため、それゆえ足を欲しがる幽霊と言うモチーフが生まれたのかもしれませんが、足取り幽霊の話でもっとも有名なのはカシマレイコ(かしまさん)でしょう。かしまさん研究を行っている”現代奇談”さんのコンテンツ、カシマ包囲網を拝見するに、まさに足取り幽霊のグレートマザーの感じです。

 話が少し横道にそれましたが、 「サッちゃん」の裏解釈の中には、「バナナをはんぶんしかたべられないの」という部分が、「サッちゃん」が事故に遭い、上半身だけになってしまったからそれを暗示している、というものも存在します。このチェーンメールは、その内容に沿った形になっていると言えますが、「サッちゃん」が下半身を失った事故の状況を説明するくだりで、その事故が北海道・室蘭で実際にあったことであるとしています。北海道の踏切事故で取り上げたように、この話はすでに別個の都市伝説として存在しており、メール製作者の完全な創作とは言えないでしょう。厳寒の冬の北海道(舞台は札幌とされることが多い)で列車事故にあい、胴体を両断された人の話を私が最初に知ったのは、現在は閉鎖されたインターネットサイト、”Urban Legends/うわさと都市伝説”でした。そこでは、被害者は9歳の女の子となっていて、名前は公表されていませんでした。彼女は遮断機が下りた踏切をくぐろうとして、電車にはねられ、上半身と下半身が切り離されてしまったのですが、傷口があまりの寒さのため、瞬間的に冷凍され、即死せずしばらく生き長らえたのです。救急隊員が現場に駆けつけた時、彼女はまだ息があり、「助けて」と言葉を発したが、救急隊員は経験上この女の子が助からないことを悟り、彼女を「遺体」として扱ったと言います。

 怪談話に近い性格を持った都市伝説の中には、下半身を失った人が上半身だけの「幽霊」となって、下半身を探す話も多いです。上半身だけの「幽霊」はテケテケ、パタパタさん、肘子さんなどと呼ばれます。池田香代子他による『ピアスの白い糸』の中には、雪国と思われる地方の話として、女の子が除雪車に胴体を両断され、驚いた運転手が病院に急ごうとしたところ、事故に巻き込まれた女の子が肘で走って運転手を追いかけたというものが紹介されています。そして、前出のカシマレイコ(仮死魔霊子)の話です。こうした上半身だけの「幽霊」になった人の下半身は結局見つからずじまいのままになるのが普通ですし、幽霊話では無いのですが、前出の踏切事故で両断された女の子の下半身も何故か見つからないままとされます。ただ下半身を探す幽霊といっても、厳密には自分の下半身ではなく、生きている人の下半身を強奪しに来る幽霊なのですが。

 このメールの作者は、「サッちゃん」が事故で下半身を失ったという話から、このような別種の都市伝説、その中でも怪談寄りのものを思い出し、そこから着想を得てこのメールをつくったのではないでしょうか。誰かから聞いた、すでに存在している都市伝説をそのままメールにしただけでは、少しパンチがなさそうです。色々創意工夫を凝らそうとしているのかも知れませせんが、このメールも含めてどういうわけか怪談系チェーンメールというのは、文法的におかしい箇所や、誤字などが多く、稚拙なものが目立ちます。さるハッカーサイトの掲示板で面白がってチェーンメールを送るのは”厨房”であると揶揄されているのを見たことがありますが、それも無理からぬことかもしれません。

 また、都市伝説に関する知識があったのはメール作者ばかりでなく、メールの受け手側にも同様の都市伝説に関する若干の知識があったことも考えられ、そのためこのメールに関心を示した人が多くなったとも考えられます。すでに予備知識があったほうが、単なる不気味な内容のメールに若干の真実味や、ネタとしての面白みも加わるというものです。

 なお、このメールでは、メールを回すことが「サッちゃん」こと「桐谷佐知子ちゃん」の供養であり、災厄を回避する手段とされていますが、元になった「サッちゃん」がらみの都市伝説では、バナナの絵を書いて枕の下に入れておくことが、「サッちゃん」から身を守る方法だとされています。メールを回すことが供養につながると言うことに関して、なんらの合理的説明もないですし、今さらありえないとは思いますが、万が一このメールがまわってきても、サッちゃん対策としてはバナナの方がはるかに実効性がありそうな気がします。

 都市伝説同様、チェーンメールもある程度の周期性を持って、類似した内容のものが出回る傾向にあるようですが、何にせよチェーンメールに参加するのはやめておくのが賢明でしょう。