Final Chapter:イリス…虹を統べる者


 アルフが目を開けると、そこは見知らぬ部屋だった。窓の外を見ても、あるものは濃い霧に覆われた真っ白な世界があるだけだった。

「僕…どうなってしまったんだろう?」

 まだ完全に目が覚めていないのか、頭をぼーっとする。ふと、今までの事は全て夢だったんじゃないのか…そんな感じがした。

「気がついたみたいね」

 今まで気がつかなかったが、アルフからは背を向けた形で、机に向かう女性がいた。女性用の祭事用ローブを着ており、その色から虹精族という事が伺える。

「あなたは…?ここはどこなのですか?」

 思った疑問を素直に口にする。しかし、なんとなくだが、その女性を知っている気もする。

「そうね…精霊族が私達に会う機会なんて、皆無ですから、知らないのも無理は無いわね」

 女性の言葉に、アルフはある人物を思い浮かべた。本来であれば、アルフはもちろん、ごく限られた者しか会う事が出来ない人物…

「大虹精長…イリス…?」

 アルフの緊張で震える声に、イリスは微笑みかける事で答える。大精霊長とは《インブライト》を実質的に統治している12人の精霊達のことである。もっとも、彼らの意思は各地にいる精霊長へと伝わり、それを元に政治が行われているため、彼らの存在は『時』と『空間』の精霊と共に伝説となりつつある。

「それにしても…よくあの《無限回廊》を超えられたわね。さすがは次期大虹精長候補の1人ね」
「僕が、大虹精長の…候補?」

 あまりに話が大きすぎて、アルフは内容を飲み込むのに時間を要した。何故自分が?考えるほどに分からなくなっていく。

「あなたの持つ褐色の瞳が、その証拠よ」

 その様子を見かねてか、イリスはそう付け加える。よく見ると、彼女の瞳も褐色だった。

「さて、起き上がれるかしら?あの子達はきっと、私よりもあなたの事を心配しているわよ」

 そう言われ、アルフはベッドから起き上がり、イリスに促されるように隣の部屋に入った。そこにはまぎれも無い、彼の友人達がいた。



「アルフ!」

 ほとんど飛びつく様にクレイアが彼に抱きつく。あまりに力いっぱい抱きしめるので、息苦しいくらいだ。

「クレイア…息苦しいよ…」
「あ、ごめん。だって、いきなり消えたと思ったら、今度は息をしていない状態で戻って来たし…このまま死んじゃんじゃないかって…本当に心配したのよ」
「まったく、面倒かけさせやがって…まぁ、無事だったし良しとするか」

 友人達との再会は、少々手荒なくらいだった。それだけ彼のことを心配していたという事なのだろう。子供達の輪の中で、半ばもみくちゃにされている。

「さて、みんなこちらに来て」

 いつの間にか椅子に腰掛けていたイリスに促されるように、6人は彼女と共にテーブルを囲むように席に着く。

「あなた達が、ここに来た理由は、この子達から聞いたわ。『時』と『空間』の精霊に会いたいのね」
「はい。彼らが本当にいるのか知りたいんです」
「そう…」

 アルフの言葉に、イリスはため息混じりに一言つぶやく、どこか残念そうにも見える。

「その好奇心はとても大切なことだわ、でも、あなた達はわざわざ夢を無くすために、こんな所まで来た事になってしまうのが、残念ね」
「夢を無くす…?そういう事ですが?」

 イリスの話にシェイディルが聞き返す。

「もし、『時』と『空間』の精霊に会ったとして、それが伝説と違ったら?あるいは伝説のままだったら?それを知ってしまっては、純粋に伝説を読むことも、語ることも出来なくなってしまうでしょう?」

 イリスの話を聞くうちに、確かにそうだと思えてくる。

「じゃあ、私達がここまで来たことは、無駄だったのかな…」
「いいえ、ここまで来る中で、あなた達が学んだことは、もっとたくさんあるはずよ。それはきっと、これから生きていく中で、大きな支えになるわ」

 うつむきながらつぶやくルフィーナを慰めるように、イリスが答える。つぎに彼女はアルフを見る。



「さっきも話したとおり、あなたは大精霊長の候補よ。あなたが良ければ、ここに残ってそのための修行を行うこともできるわ」
「大精霊長!?」

 イリスの言葉にアルフ以外の5人がそろって、アルフを見る。

「本当…なのかい?」
「そう…らしんだ。僕の褐色の瞳がその証拠だって」
「じゃあ、アルフはここに残るの?」

 アルフは返事に困った。自分の秘密を知った今、ここに残る事が正しいようにも思える。しかし、それは同時に二度と友人達に会えない事を意味している。

「強制はしないわ、あなた自身が答えを出しなさい」
「僕は…」

 全員の顔を見渡し、決心したかのようにアルフは口を開く。

「僕は…みんなと一緒にいたい。これからもずっと」


「いいの?アルフ」

 確認するかのように、クレイアがそう訊ねる。彼の目に迷いは無い。

「うん。良いんだ。ここに残って、みんなと会えなくなるのは嫌だ。イリスさん、ごめんなさい。僕は…」
「いいのよ。あなたならきっと、そういうと思ったわ。次に、そこの闇精族の子ね」
「私…ですか?」
「あなたがシェイドに記憶を力を封印された女の子ね。私が見たところ、あなたには十分力を使いこなせるだけの心があるようね。でも、封印を解けば、友人達のことを忘れてしまうかもしれない…私に出来ることは、あなたの記憶を封印される前にまき戻すことしか出来ないわ」

 イリスの言葉にうつむき、考えるシェイディルだが、アルフよりも早く答えをだす。

「今のままで…構いません。私も、みなさんと一緒にいたいから…」
「そう。よく決心したわ。これはあなた…いえ、あなた達への、私からのささやかな贈り物よ。受け取ってもらえるかしら?」

 イリスはシェイディルに目を閉じるように言った。彼女もその言葉とおり、目を閉じる。イリスはそれを確認すると、シェイディルの目の前に手をかざし、アルフ達が聞いたことの無い魔法を呟く。

「さぁ、もう良いわよ。ゆっくり目を開けて。ゆっくりよ」



 シェイディルは言われるまま、ゆっくりと目を開ける。まず目に飛び込んできたのは白い世界だった。そして次第に色が浮かび上がり、形を成していく。
 彼女はまるで確かめるように何度もまばたきをしながら、自分の手のひらを見つめている。

「目が…私、目が見える」
「本当にか?これは何本だ?」

 まるで確認するかのようにヴォルティスが人差し指を立てる。

「1本ですよね」
「本当に、目が治ったんだ!」

 ヴォルティスの声に子供達は我がことのように喜び、そして彼女を抱きしめる。

「夢…じゃないよね。何もかも」
「きっと夢じゃ無いですよ…」

 アルフ同様5人に半ばもみくちゃにされるシェイディル。でも、彼女は嬉しかった。こうして初めて「友人」の顔を見たのだから。

「でも、そろそろ帰らないと」
「そうね。あなた達をプリナスに送ってあげるわ」
「あ、ちょっと待ってください」

 魔法を唱えようとしたイリスをアルフがそれを止める。

「どうしたの?」
「その…僕が『時』と『空間』の精霊に会おうと思ったのも、《聖域》を目指したのも、大精霊長となるため…だったのですか?」
「いいえ」

 アルフの問いにイリスは即答した。

「それは、あなた自身の意思よ。そうでなければ、ここまで来ることは出来なかったわ」
「それを聞いて安心しました」
「ふふ…あなたとは、多分もう二度と会うことは無いでしょうけど…元気でね」
「イリスさんも、どうかお元気で」

 イリスの魔法が完成し、アルフたちは光に包まれる。次の瞬間には、彼女の部屋から6人の姿は消えていた。



 白く包まれていた視界が、次第に元に戻っていく。6人が降り立ったのはプリナスの見慣れた場所だった。

「なんだか、久しぶりに帰ってきた感じがするなぁ」

 アルフがクリスタルオベリスクに触れながら、そう言った。時間は夕方でちょうど夕日が水晶の中を降りていく。いつも見慣れた風景なのに、懐かしい感じがする。

「なんだかんだ言って、結局『時』と『空間』には会えなかったな…もしかしたら、本当はやっぱりいないのかもな」
「そうかしら?イリスさんも『夢を無くすためにここまで来たのか』って言っていたし、本当はいると思うわよ」
「じゃあ、会わせればいいじゃないか。それで夢を無くしたら、それまでだろ?」
「ヴォルティスの耳は飾り物なの?」
「なんだと!そういうお前だって、疑うって事を知らないか!」

 いつもの2人の口論だが、今回はいつの間にかルフィーナとサンドラまで加わっている。4人が思い思いの事を言うだけで、一向にまとまる気配がない。

「あーあ、また始まったよ」
「アルフさんは、どう思いますか?」
「どうもこうも、言いだしっぺが『いない』なんて言えないよ」
「なんだとー!お前もいい加減あきらめろ!」
「うわ!?ヴォルティス!僕まで巻き込まないでよ!」
「元を正せば、お前が言い出したことだろ!責任取れ!」
「なんでだよ!?嫌ならついてこなければよかったじゃないか!」

 5人の様子を見ながら、シェイディルが微笑みながら呟く。

「きっといますよ。私達の身近に、目には見えないけど、きっと」

 口論もいつの間にか思い出話に変わっている。その後場所をアルフの家に移しながらも、子供達の話し声は夜遅くまで途切れることは無かった。

Final Chapter 終わり


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