Chapter:6−2 叫び


 6人がシャンブールに到着した翌日、ルフィーナを除く5人はシャンブールの街中を歩いていた。

「《聖域》の前に関所があったなんで知らなかったよ…しかも、あたいたちは通せないって、どういうことなのさ!?」

 不満そうにサンドラがつぶやく。関所に行ったまではよいが、ほとんど門前払いを受けて追い返されてきたのだ。

「でも、どうして《聖域》に入れないのかな?」
「まぁ、場所が場所だからな…仕方が無いだろ」

 《聖域》は、《インブライト》の始まりの地であり、12人の大精霊長と『時』と『空間』の精霊が住んでいると言われているが、それがどんなところなのかを知る者は少ない。と言うのも、《聖域》に立ち入る事が許されているのは、本来一部の位の高い精霊達のみで、彼らもその事を話そうとしないからだ。

「でも、ルフィーナちゃんが上空から調べてみるって言っていたし、何か手がかりが見つかるかもしれないわね」
「そうですね。それに期待しましょう」
「しかし、そう簡単に入り込めるとは思えないよ…いっその事、関所の番人をぶっ飛ばして…」
「そんな事したら、一生犯罪者としてバイラン島で過ごす事になるぞ」

 バイラン島というのは、犯罪者達が流刑される島の事で、一度足を踏み入れると二度と出ることが出来ないと言われている。
 5人がそう話していた丁度その頃、ルフィーナが5人の前に降り立った。

「大丈夫よ、サンドラ。そんな物騒な事をしなくても入り込めそうよ」
「抜け道があったの?」
「ええ。でも、見つからないようにこっそり見てただけだから、上手くいく保障は無いけど…」
「どちらにしても、それが一番可能性があるみたいだし、ルフィーナちゃんの見つけた抜け道に行ってみようか」

 移動を開始しようとした時、シェイディルがそれを止める。

「待ってください。今から移動しては目立ちます。夜になってからの方がいいのではないでしょうか?」

 そのシェイディルの案を受け入れ、夜になってから行動を開始する事になった。



「この崖を飛び越えると、《聖域》の入り口に向かう道に出れるみたいよ」

 6人はルフィーナの案内の元、森の中を分け入っていた。そして、目の前にはかなりの高さの崖がそびえている。

「…ちょっと待った、ルフィーナちゃん、あたいとシェイディルが空を飛べないという事も、ちゃんと頭に入れて考えたのかい?」
「…あ、ごめん」

 ルフィーナ以外の5人が同時にため息を付く。いくらなんでも、この高さの崖をよじ登らせるのはしのぎ無い。

「仕方が無い。俺とアルフが2人をおぶって飛ぼう。クレイアとルフィーナちゃんは後ろから支えてくれ」

 ヴォルティスの提案通り、アルフがシェイディルを、ヴォルティスがサンドラをおぶり、それぞれの後ろにクレイアとルフィーナが付いた状態で崖の上を目指す。

「大丈夫ですか?」
「僕は…ね。…うわっ!」

 いきなりの強風にあおられて、危うくシェイディルを落としそうになったが、彼女もしっかりとアルフにしがみ付いていた事もあり、何とか持ち直す。

「危ない危ない…大丈夫?」
「はい。私は何とか…」
「クレイア、もっとちゃんと支えててよ…」
「…やっているわよ」

 クレイアの返事はそっけない。なんとなくだが、怒りの片鱗が混じっているのは気のせいだろうか?
 ともかく、どうにか6人は崖の上に到着し、少し休憩を取る事にする。

「まったく…状況が状況でも、あんなにしがみつく事ないじゃない」

 その間にもクレイアは、ぶつぶつと独り言を言っている。

「どうしたんだろう?」
「ははーん、さてはやきもちだねぇ」

 どこかからかうような口調のサンドラの言葉に、クレイアは我に帰ると、あたふたとし始める。

「え!?そ…そんな事無いわよ。ちょっとアルフにくっつきすぎとか、うらやましいなぁとか…そんなこと思ってないわよ」
「その割には、随分と動揺しているけどねぇ」
「ムダ話はそれくらいにしておいた方が良いかもしれないぞ」

 不意にヴォルティスが話を変える。

「なんだか…おかしいと思わないか?あまりにすんなり入り込めて、逆に怖いくらいだ」
「でも、《聖域》入り込もうという人がいないから、警備が手薄なのかもしれないわよ?」
「そうだとしても…だ。何かある気がする」
「入り込めたから、ひとまずはよしとしようじゃないか…何かあったら、その時はその時さ」

 1人考え込むヴォルティスに対し、他の5人はそう深くは考えていないようだった。しばらくして、再び《聖域》への道を歩き始める。
 そして、だいぶ山の頂上部分に近づいてきた時の事だった。

「…あ」
「どうしたの?シェイディル」

 不意にシェイディルが足を止める。そして、その表情は恐怖に染まっている。

「マナが…空間が崩れて行きます」

 そして、アルフがもう一歩踏み出そうとした時、シェイディルが声を振り絞るように叫ぶ。

「だめ!アルフさん!」
「…え!?」

 しかし、時既に遅く、アルフはシェイディルの感じた「崩れたマナ」の中に足を踏み入れていた。そして次の瞬間。

「うわっ!?どうなっているだ!」

 アルフからは周りの空間が崩れ落ちていくように、他の5人からはアルフの姿が崩れ落ちていくように見えた。
 そして、次の瞬間にはアルフの姿は無かった。



 暗い…寒い…何も聞こえない…
 それがアルフの今いる周囲の状況だ。何も無い闇の空間を、彼は漂っていた。

「僕…どうなってしまったんだろう?」

 不意に思った疑問に答える者はいない。まるでアルフ以外のモノがこの世界から消え去ってしまったかのように静寂と暗闇しかなかった。

「みんな…無事かな…」

 しかし、その「みんな」の事を思いだせない。初めから夢だったかのように感覚だ。それだけではない、自分がどこの何者なのか?どういう人生を歩んできたのか?それすらも思い出せない。
 次第に、彼の心を絶望と諦めが支配していく。

「もう…いいよ。」

 次第に考える気力すら無くなっていく。もう自分が何者なのかも、友人たちの事もどうでもよくなっていた。
 目を閉じ、深いため息をついた次の瞬間。

「本当ニ、コンナ終ワリ方デイイノ?」

 もう一人の自分がいるかのように、頭の中で何かが語りかける。誰の物でもない漠然とした声。アルフが目を開けると5つの色の違う球体が浮かんでいた。そしてそれぞれが、子供の姿へと変化していく。

「負けないで!こんな事に!!」
「私と同じになりたいの?アルフは一人ぼっちになりたいの!?」
「俺はそんな弱っちいヤツをライバルと認めた覚えはないぞ!」
「情けないねぇ…男だろ!?しゃっきとしな!」
「私を助けてくれたあなたが、自分を助ける事が出来ないのですか?」

 5人の幻は、それぞれがアルフの頭に直接話しかける。一見鋭い感じの口調だが、どこか優しさを含んでいるのは気のせいか。

「クレイア…ルフィーナちゃん…ヴォルティス…サンドラ…シェイディル…」

 5人の名前を搾り出すようにつぶやく。

「アルフ!」

 5人の声に後押しされるように、決心を固めたアルフはそれを確かめるように目を閉じる。

「『時』と『空間』の精霊になんか…会えなくたって良い…《聖域》になんか…たどり着けなくたって良い…だから…」

 決意を込めた目で、何もない闇を見据える。しかし、彼は気がついていない。その瞳は再び、薄い青と銀色に変わっている事に。

「みんなを…友達を…そして…僕を返せぇ!!!!!」

 アルフの叫びが空間を振るわせる。そして、ほんの小さな亀裂を生じさせた。それは次第に広がって行き、周囲の空間に細かい亀裂が網の目のように走った次の瞬間。

 再び空間が崩れ、アルフの体と意識は底知れぬ場所へと堕ちて行った。

Chapter:6−2 終わり


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