[3.怪物誕生]

 

 これは、あるモンスターの物語・・・(1)

 

 

 19xx年、福岡県飯塚市で「彼」は生まれた。

 出生日が両親の結婚した日から計算すると若干早い、という些細な疑惑はあったものの、それは

彼自身のせいではなく、彼は普通の子供として成長した。

 2年半後には妹となる女児も生まれ、両親はささやかな幸福を感じていた。

 この幸福がしばらくは続くはずだった・・のだが・・

 

 彼が4歳になったとき、一つの事件が起きる。

 それは彼のこれからの一生を大きく変えてしまうことになった。

 

 その日、彼はお菓子を食べるつもりで、いつものように瓶を開けた。

 いつものように入っていた「お菓子」を10粒ほど口に入れた。

味がすこし薄いことなど、彼は気にもしなかった。

 

 だが、それはお菓子などではなかった。

 彼が口に入れたものは、母親が常用していた向精神薬・・

 しかも、それは強い副作用のため、成人でも服用が1回1錠に制限されている代物だった。

 彼はその薬を10錠以上摂取してしまったのである。

 

 母親がそのことに気付いたとき、彼はすでに昏睡状態だった。

 すぐに病院に向かったのだが、医者は非常な宣告をした。

「胃洗浄は間に合いません。もはや手遅れです。」

 すでに向精神薬はほぼすべて体内に吸収されており、医者には手の施しようがなかったのである。

 

 彼の成長期の脳にとって、これは過酷すぎる試練だった。

 向精神薬は36時間ほど効き続け、その間中、彼の精神世界を蹂躙し続けた。

 薬の効果が切れた後、彼は目を覚ました。

 一見するとこれまでと変わらないように見えた。

 しかし、母親は気付いていた。

 彼の目の視線が微妙にあっていないことと、なんとなく虚ろな目をしていることに・・・

 母親は、これで彼の運命は決まってしまった、と思った。

 その後、母親は何かに取りつかれたかのように、彼に読み書きと算数を教え始めた。

 

 それから1か月後。

 彼は、目の前にテーブル板の角が迫ってくるのを見た。直後に彼の視界は真っ赤に染まった。

 テーブル板が自然に目の前に来ることなどまず考えられない。恐らく家族の誰かが、事故に見せかけて

彼を殺害しようとしたのだろう。

 十分な時間をかけてから彼は病院に連れて行かれた。

 しかし、出血の量と比較すると、けが自体は大したことがなかった。

 頭の傷は1針縫うだけで済んだ。彼は生き残ったのだ。

 

 幼稚園。

 隔離された生活を送っていた彼にとって、そこは初めての外の世界だった。

 しかし、彼は外の世界に適応することができなかった。泣きわめき、暴れ、他の園児たちの平穏を

かき乱し続けた。

 初めのうち、これはあることだろうと考えていた先生たちや母親も、いつまでたっても行動様式が

変わらない彼に漠然とした不安を抱き始めた。

 彼は病気がちで、2週間連続して休むことがたびたびあったが、ある時期からはパッタリと幼稚園に

行かなくなってしまった。

 母親は意を決し、彼を心療内科に連れて行った。

 

 現在の医学であれば、彼の様子から、まずADHDの疑いを持ったであろう。また、内面を知っていれば

アスペルガー症候群の疑いも持ったと考えられる。

 しかし、この当時、そんな病名は一般には知られていなかった。

 当時の医学の常識では、いわゆる「異常」な幼児であれば知的障害があるものであると考えられていた。

 医者は簡略化された知能テストのみを行い、標準程度以上の知能があることを確認すると、これをもって

彼を「正常」であると判断した。

 

 かくして「怪物」は野に放たれた・・・

 

 

4.につづく

 

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