Harvest

written by 相川ひろな


 朝起きると窓を開け放して外気を入れる習慣がついている。
「うん! イイ天気!」
 空が高い。肌寒くはないが、少し冷たい風が、頭の中の眠りの雲を吹き払う。
「秋……か」
 ランディは呟いた。
 明確な季節がなく常春の気象を、「それじゃつまらないでしょ」と言って、ランディの
母と同じ金の髪と緑の瞳を持つ女王陛下は、彼女の故郷を模した四季をこの地にもたらし
た。主星の中心地に住んでいた彼女の知る季節変化は、ランディの覚えているそれに近い。
「じゃあ、そろそろオリヴィエの誕生日を決めないといけないな」
 澄み渡った青空を同じ色の瞳で見上げてランディは微笑んだ。


 聖地と外界との時の流れの差は、常に一定なわけではない。聖地での一日が外界でも一
日であることもあるし、十日のことも百日以上のこともある。それは守護聖達も知らない
──もしかすると女王陛下ですら正確には把握できていない、宇宙の神秘なのかも知れな
かった。
 そのため聖地には、外界のように何月何日という暦は存在しない。もともと季節変化も
ないこの地では、日々はただ一日ずつ過ぎていくだけで、暦などは必要なかった。──い
や、暦などという時を測るものは、ない方がよかったのかも知れない。途方もなく長く永
い時を生きる守護聖の身には。
「オリヴィエ。そろそろあなたの誕生日を決めませんか」
 持ちかけ方を迷った末、ランディは直球で行くことにした。執務を終え、今日はそのま
まオリヴィエの屋敷にやってきている。明日は土の曜日で執務が休みのため、オリヴィエ
に付き合い買い物に行くことになっていた。
「ん〜? ──ああ、そうだねぇ」
 明日の服を選びながら声を返し、長い髪を結い上げたオリヴィエが振り向いた。濃い青
の瞳がきらりと光る。
「今度の“秋”はどれくらい続くかねぇ」
 オリヴィエの生まれた10月20日は、主星中心地付近──女王陛下・補佐官両名の生
まれた地では、秋のちょうど真ん中辺りになる。ランディの住んでいた郊外はもう少し冬
が早くて、色づいた葉が風が吹くたびに舞っていた。オリヴィエの故郷では、その頃はも
う村は雪に閉ざされていたという。
「うーん……平均してだいたい10週ちょっとでひとつの季節だから、秋は少し短めで8
週くらいかな?」
 そうすれば、外界での暦にあわせれば約2ヶ月。秋らしい気候が続くにはちょうどいい
長さだ。──もっとも、これはあくまで予想であり、女王陛下と宇宙の意志が実際にどん
な季節変化をプレゼントしてくれるかは、ランディはもちろん誰にもわからない。
「やっぱりなんか、自分の誕生日が“秋”だって言われても実感ないねぇ」
 そう言ってオリヴィエは苦笑を浮かべた。オリヴィエの出身惑星は星全体が寒冷な気候
で、特に彼の生まれた地方の村は、一年の半分が雪の中だったのだ。夏と言っても主星生
まれのランディが知る初夏くらいの陽気になる程度で、駆け足で過ぎ去る夏は、また次の
長い冬を連れてくる。早くに故郷を飛び出し各地を転々として、その上主星でも何年かを
過ごしたはずなのに、オリヴィエは主星の季節変化をあまり覚えていない。それだけ必死
で夢を追いかけていたのかと、オリヴィエが気づいたのはこうして聖地で季節を感じるよ
うになってからだ。
 “秋”になったといってオリヴィエの誕生日を決めてはランディとふたりで祝うように
なってから、すでに2回の“秋”が過ぎている。ということは、外界風に言えば3年の月
日が流れたということだ。
「3回目ですね」
 ランディが言った。
「そうだね。──それでも慣れないなんて、私もなかなかガンコみたいだねぇ。あんたの
コト言えないや」
「今更何言ってるんですか。ガンコなのはもともとでしょう」
「お。言ったね?」
 呆れ顔のランディに、オリヴィエが攻撃を仕掛ける。
「あんただって、何度言ってもその敬語、直してくんないクセに」
「こ……これは、……もう身体に染みついちゃって」
 それだけじゃない理由があるとわかっているからこその意地悪だ。
「べぇっつにぃ〜? まぁいいけどぉ〜〜?」
「オリヴィエ……」
 困りきった顔で髪を握り込むランディに、オリヴィエは愛しげな眼差しを向けた。
「ふふっ、冗談だよ」
「──────わかってますよ」
 わかってても困るものは困るんです。眉を寄せてランディが呟く。
「それで、誕生日、どうする?」
「あ、はい。──じゃあ、真ん中取って4週目、この週末のぞいて次の次の次、の日の曜
日でどうですか?」
「次の次の次、ね。オッケ」
 そんな約束を楽しいと思える自分が愛おしい。
「楽しみにしててください」
「ん……」
 いつの間にか近くまで来ていたランディが、オリヴィエの腰を抱き寄せ軽く唇を触れ合
わせた。


                    *                  *                  *


 オリヴィエの誕生日(と決めた日)を間近に控えたその日、ランディは王立研究員でオ
スカーと一緒にいくつかの惑星を観察していた。
「ごきげんよう。オスカー、ランディ」
「これは補佐官殿。今日もまた一段と美しいな」
「ありがとうオスカー。お話中ごめんなさい、ちょっとランディをお借りしていいかしら」
「補佐官殿の頼みとあらば。──と言いたいところだが、この俺を差し置いてぼうやとお
話とはいただけないな」
「──あああのっ、ふたりとも!」
 自分をダシにして楽しんでいるだけだとわかってはいるが、いやだからこそいつまでも
続けていられると居場所がなくて困る。ランディが遮ると、ふたりは同時にランディに目
を向け、次いで視線を交わしてくすりと笑った。
「ごめんなさい、ランディ。──こちらを見てくださる?」
 すっと補佐官の貌に戻ってロザリアが続ける。ふたりが見ていた近距離用の星見鏡の隣、
遠距離用のそれを指され、ランディはそちらに目を向けた。退出を命じられないのでオス
カーもそのまま残っている。
 星見鏡はひとつの青い星を映して一度動きを止めた。
「あ、フィルオーネ。──まさか、また何か問題が?」
 見覚えのあるその姿に、ランディがふと表情を硬くした。
 フィルオーネとは、以前ランディとオリヴィエが二人揃って視察に行った惑星の名だ。
視察だけ……のはずが星の因習とそれに絡む複雑な思惑に巻き込まれて危険な目にあった
ものの、なんとか事態を収め、星の成長の軌道修正も終えて、今は順調に歴史を刻んでい
るはずである。
「いいえ、フィルオーネはいたって平和よ。あなたたちのおかげでね。──けど、近隣の
惑星に少し不穏が動きがあるの。フィルオーネの舞曲と関係があると断言できるわけじゃ
ないけど、無関係とも言い切れないわ。もしかすると、近いうちに直接様子を見に行って
もらうことになるかも知れないから、そのつもりでいてくださる?」
 ロザリアの台詞を追うように、星見鏡は少し位置を変え、フィルオーネは視界の隅に留
める程度になった。
「それは、俺がですか? それとも、オリヴィエ様が?」
「行ってもらうとしたらあなたにでしょうね。ご存じの通り、あの一帯は<夢>の力を吸
収しやすい特殊な空間。サクリアのバランスが崩れているところに、オリヴィエが一人で
行くのは危険だわ」
「……穏やかじゃない話だな」
 腕を組み、すっと氷蒼の瞳を細めてオスカーが低く呟いた。
「まだ何かが起こると決まっているわけじゃないわ。けれどその可能性がある──そうい
うことよ」
「だが、それだけならわざわざ予告に来る必要はないだろう?」
 慎重に、まるでロザリアがまだ何かを隠していると疑うように、オスカーが問いを重ね
る。ランディはフィルオーネで見た美しくも恐ろしい光景を思い出し、きゅっと唇を噛み
しめた。
「そうね。──私もこんなことをわざわざ言いに来たくはなかったのだけれど」
 ロザリアはふいに緊張を解き、脱いだ上着を放り投げるようにため息をついた。
「──ロザリア?」
「ランディ、そういうことだから今週末の休暇と外出は諦めていただけないかしら」
「え? ────あ。そうか」
「オリヴィエの……か」
「ええ」
 この週末の日の曜日はオリヴィエの誕生日を祝うことになっていた。主星でもちょうど
季節は秋になると言われ、ふたりで休暇を取って出かける話をしていたのだが、そんな緊
迫した話があるのでは諦めるしかない。
「いくら同じ星の上にあるとは言え、聖地の門の内と外とではまったくの別世界。万が一
のことがあったときに対処が遅れては困るの。聖地の中でなら、のんびりしていて構わな
いから」
「ああ。わかったよロザリア」
「ありがとう。──お詫びということではないけれど、陛下がこれを」
 差し出された白い封筒をランディは受け取った。厳重な封緘ではない。促されて指先で
封を開け、中を見ると、そこには庭園脇のカフェテラスのロゴの入ったカードがあった。
オリヴィエの気に入りの店で、ふたりで訪れたことも何度もある。
「……? これ……?」
「あなたたちのために、陛下が特別メニューを注文されたようよ。詳しくは私も知らない
けれど、きっと楽しんでいただけるんじゃないかしら」
「ほう。相変わらずおもしろいことを思いつく人だな」
「へぇ……。ありがとうロザリア! 陛下にもお礼を伝えてくれるかな。それから、何か
あったらすぐに遣いを、と」
「ええ、わかったわ。けれどランディ、そうならないように祈る方が先よ」
「あ。──ははっ、そうだな!」
 陛下を真似たような悪戯っぽい視線を向けられて、ランディは明るく笑い声をあげた。
その隣では、オスカーが何やら考え込んでいる。
「ふむ。そういうことなら贈るものを考えなおしたほうがいいかもしれんな」
「え?」
「オリヴィエの誕生日プレゼントだ。酒を贈るつもりだったんだが、あいつはともかくお
前に酔いつぶれられては困る」
「酔いつぶれ……って、そんなことしませんよ」
「どうだろうな。何と言ってもお前には前科があるからな」
「そ……そんな昔のこと……っ」
 顔を赤くして言葉を詰まらせたランディの頭を、オスカーがからかうようにぽんと撫で
た。
「さて。オリヴィエの誕生日が今度こそ無事に過ぎることを祈っててやるよ」












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