「リヴィング・デザイン」

written by 彩sama


ランディが聖地から今回の赴任地へ来たのは予定日の2日後だった。
この地ではさらに多くの時間が流れたのだろう、用意された部屋は先にこの地へ赴いた
もう一人の赴任者によって片付けられていた。

というより、ほとんど部屋にモノがない、といったほうが正しい表現かもしれない。
その彼の普段の容貌、言動からは似ても似つかない程のシンプルさに、部屋を間違えた
んじゃないか、とランディはもう一度表札を確かめにいってしまったほどだ。

その部屋の主はというと、どうやらバスルームの方にいるらしい。
ドアの向こうからなにやら楽しそうにハミングしてる声が聞こえる。
聞き覚えのない曲だったがなんとなく懐かしいメロディー──

とりあえず、持ってきた追加資料と荷物を置いて、ベランダの窓を開けた。
その地での「風」をまずは確かめる。
自分が風の守護聖だからか、習慣になってしまっているのだ。
……悪くはない……けど……?
なにか足りないものがある気がして首を傾げた。その時──

「お、少年、やっと来たか〜。あんたが遅いから仕事が進まないったら」
後ろから例の調子のいい声がふってきた。
髪をひとつに束ね、ピアスこそしてはいるがやっぱり服装もシンプルな夢の守護聖殿
の登場にまたランディはびっくりした。


   *   *   *   *   *


「今日来るって連絡があったから朝から掃除してたんだよ〜ああ、疲れた〜」
バスルームの掃除だったらしい、オリヴィエはところどころ水で濡れた服を気にしつつ、
キッチンで手際よく紅茶をいれて、カップを自分にも差し出してくれた。

「どう? なかなかの景色でしょ? 夜景なんかホントきれいなんだよ」
「ええ。でも今回の任務結構大変だって聞いてたんですが、手伝いの人も呼ばないで
 大丈夫だったんですか?」
ふん、と鼻で笑いながらオリヴィエは答えた。
「コレくらい自分で出来るって〜。それに今回、私がメインの仕事じゃないんだ。
 だって、ここは私のチカラ、あんまり必要ないんだよ?」
ランディが、え?、と聞くより先にオリヴィエは話を続ける。

「ここは『夢がかなう街』って夢を持った人が集まるけど、ただ来ただけで夢がかなう
 わけない。夢見てるばっかじゃ何も進めない、ってコトに気づかずに、夢だけでどん
 どん膨らんでいる。きっとあんたがあれ?って思ったのそれじゃない?」
「あっ……」

「この街はね、私が守護聖になる直前にいたところなんだ。
 何をかなえたかったのか思い出せないけど、ここに来ればきっと上手くいく、なんて
 思ってた昔の自分。甘かったよね。気づくのが少し遅かったかな……。
 ここはいつも夢に溢れてる場所、でも、思ってるだけじゃ実現しない場所、ってね。
 そう、ここはあんたのもつ『勇気』のチカラをかりなければ一歩も進めない場所」

「だから……俺が呼ばれた、ってことですか」
「そう。私は万が一に備えて少ーし夢のチカラを取り上げるかも、っていう予備部隊って
 ワケ」
──力を取り戻すのは辛い事の筈なのだ。
その証拠に微かにオリヴィエの表情が曇るのをランディは見た。

この部屋に来るまですれ違った人達の顔が思い浮かぶ。今ならわかる。
みんな楽しそうで、でもどことなくフワフワしていたのはそういう事だったのか、と。
ひとりひとり何か大切な思いを架けてこの地に集まっている。
その人達の夢を奪うのは嫌だ、ましてやオリヴィエ様にそんな力使って欲しくない。

「分かりました。夢をかなえる為に一歩を踏み出す『勇気』、俺がちゃんと面倒見ます」
「そう。よかった」
少し表情がなごんだ、オリヴィエのティーカップに左手を添える。
「??」
怪訝そうなオリヴィエを気にせず、右手で角砂糖をつまみ、こうつぶやく。
「俺の力がこの砂糖を通してオリヴィエ様の心に届くように、思いをこめておまじない」
角砂糖はきれいな琥珀色の中にスッと溶けていった。

「これは『勇気がでる紅茶』です」
やってからこんな事して嫌がるかと思ったのだが、意外にオリヴィエは素直に飲み干した。

「ありがと。たまにあんたも気が利くね。さすが勇気を運ぶ守護聖殿、ゲンキでたよ。
 そうとなったら、この仕事終わったらあのお店のアクセサリーでも買って帰ろうかな、
 この前目をつけたヤツあるんだ〜」
「じゃあそれ俺が買ってあげますよ!」
自分の一言で元気になったオリヴィエを見てうれしくなり、こんな約束をしてしまった
ことをあとでランディは後悔することになる。







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