*         *         *


 はるかはしょーこと仲がいい。しょーこははるかと仲がいい。
 はるかはまーくんと仲がいい。まーくんははるかと仲がいい。
 しょーこはまーくんと仲がいい。まーくんはしょーこと仲がいい。
「──仲、いいよね……」
 はるかと違って、翔子は男子みんなと仲がいいわけではない。雅己をはじめとした、幼
稚園から一緒だった子達を中心に数人だけだ。その中でもとりわけ、雅己とは仲がいい。
本人もそう言っていた、まーくんが一番好き、と。
 雅己はクラスのリーダーじゃあない。そういうのはタケルみたいな世話好きそうなのに
まかせて、自分はのほほんとしてるタイプだ。ほどほどに皆に合わせることができる、つ
い自分の意見を主張してしまうはるかにはちょっとできない芸当だ。それは翔子にも言え
るかも知れない。
 みんなと仲がいい雅己、みんなに優しい雅己。でも、翔子には特に優しい気がする。最
近気づいた、雅己は翔子に優しい。
 ──大事にしたいとか、幸せにしたいとか。
 どういうのが“好き”な気持ちなのか、雅己に聞いたときの答えがよみがえる。
 まーくんはしょーこが好きなんだ。しょーこもきっとまーくんが好きなんだ。だって楽
しそうにしてた、楽しそうに笑ってた。
 あたしといるのが一番楽しいって言ってたのに! 一番好きって言ったのに!
 心の中でウニがどんどん増えていく。どんどん増えて、どんどん焦げて。吐き出さない
と壊れてしまいそう。
「あたしのほうがしょーこのこと好きなのに! あたしのほうがしょーこのこと大事にす
んのに……!!」
 ピン・ポーン
 使われ過ぎのチャイムが間延びした音を立てる。階下で母親の足音が聞こえ、ドアが開
く音がした。
「まあまあ翔子ちゃん、まあくん、いらっしゃい。はるかなら上の部屋よ。──ケンカで
もしたの?」
「えっと……」
「ふふ、いいの、ケンカはした方がいいのよ。さ、あがって」
「はい」
 階段を上がってくる音がする。はるかは突っ伏していたベッドからがばっと起きあがり、
鏡に駆け寄った。きっとすごい顔をしている、こんな顔二人には見せられない。
「はるちゃん、入っていい?」
「────いいよ」
 そうっとためらいがちに扉を開けて、翔子が顔を覗かせた。
「まーくんもいるんだけど、いい?」
 こくりとうなずく。翔子の後ろから現れた雅己は、怒ったような困ったような顔をして
いた。


「ねぇはるちゃん、明後日の日曜日さ、三人で遊園地に行かない?」
 出されたオレンジジュースを一口飲んで、翔子が口を開いた。三人で、とは、もちろん
ここにいる三人のことだろう。
「なんで三人なの? ──二人で行けばいいじゃん」
「なんでだよ。なんでオレと翔子で行くんだよ」
 雅己の声が怒っている。雅己にこんな風に言われたのは初めてで、心の中でざわざわし
ていたウニたちが一気に爆発した。
「なんで? しょーこのこと好きならしょーこを誘えばいいでしょ!? なんであたしま
でいっしょに行かなくちゃいけないのよ!?」
「えっ? おまえ何言って……」
「でもあんたなんかにしょーこはあげないんだから! あたしのほうが、まーくんなんか
より何倍もしょーこのこと大好きで大事にするんだから!!」
 はるかは思わず立ち上がって叫んだ。ものすごい剣幕に、翔子と雅己はぽかんとしては
るかを見上げている。
「──な? ちょっと待てよ……、え? ちょっと待てよなんでそうなるんだよ?」
「なにがよ!?」
「はるちゃん、まーくんがわたしのこと好きだと思ってたの……?」
 困惑して眉を寄せ呟いた雅己にキッと鋭い目を向けると、今度は翔子が同じような顔で
問いかけてきた。そこではるかもやっと、何かがおかしいと気づく。
「ちがうの……?」
 すとんと座りながらたずねると、雅己が長いため息をついた。
「じゃあはるちゃん、わたしの好きな人、知ってる?」
「…………知らない」
 まーくん、と言いかけてやめた。それを知っていたのか翔子はにっこり笑ってはるかに
抱きついてくる。
「まーくんじゃないよ。わたしが一番好きなのは、はるちゃんだよ」
 ふんわりホットケーキ、あったかくて甘くて幸せで。見てて楽しい、会えると嬉しい、
この世で一番大事にしたい笑顔だ。
 そろそろお習字の時間だからわたし帰るね。そう言うと翔子はさっさと立ち上がって扉
に向かう。はるかと雅己が同時に声をあげた。
「え、ちょっと待っ、」
「おいしょーこっ」
 扉を開けてくるりと振り返る。
「日曜日、三人で行こうネッ!」
 ぱたりと音がして扉が閉められた。


「────どーゆうこと?」
「っ、────だからぁ、」
 髪の中に両手を突っ込んでぐしゃりとつかみ、雅己はそのまま下を向いてしまう。
「──おまえさぁ、なんでオレが翔子のこと好きだと思ったんだよ?」
「……だってまーくんが言ったんじゃない。好きな人いるって。──一緒にいると楽しい
とか、大事にしたいとか、そう言ったのまーくんじゃない」
「だからなんでそれでしょーこになるんだよ?」
「しょーこと楽しそうに笑ってたでしょ!? あたしがしょーこんトコ行くっつったら一
緒についてきたじゃん!」
「だから……っ、ああもうっ!」
 叫んで雅己が顔を上げた。そこにある真剣な眼差しにどきりとする。今日は雅己の知ら
ない顔ばかり見ている。
「オレが好きなのははるかだよ!」
 いつもへらへらしてるのに。みんなと仲良く、みんなに優しく。怒ったり泣いたりケン
カしてるのなんて、見たことない。こんな真剣な顔も、知らない。こんなことを言う雅己
も知らない。
「一緒にいて楽しいのも大事にしたいのもはるかだよ」
 重ねて言って、顔を背ける。耳から首にかけてが、赤くなっていた。
「……うそ、」
「なっ……! 怒るぞおまえ、なんで信じないんだよ」
「だってまーくんしょーこに優しいじゃん……」
「おまえにはもっと優しいだろ」
「うそ」
「なんでだよ優しいだろ!? 世界で一番大事にしてるぞオレは!!」
「……! な、に言ってんのあんた……」
「……おまえこそなに言わすんだよ……」
 二人で真っ赤になってうつむく。鼓動と体温が平静を取り戻す頃、はるかがぽつんと呟
いた。
「でもあたし、一番好きなのしょーこだよ」
「……知ってるよ」
 同じようにぽつんと雅己が返す。
「一番大事なのしょーこだよ」
「知ってる」
「一緒にいたいのも一緒にいて楽しいのもしょーこだよ」
「ああ知ってるよ」
「……でも、まーくんとも一緒にいて楽しいと思うよ……」
「……ああ、知ってるよ……」


          *         *         *


「わりぃ、待たせた」
「……遅い」
 駆け寄ってきた雅己をじろりと睨む。でもまだ遅刻じゃないよ、翔子がフォローを入れ
るがはるかは取り合わない。
「おまえさぁ……、翔子とオレとどっちのが好き?」
「翔子」
 0.1秒で即答されて、雅己はがっくりと肩を落とした。
「ふふっ、まーくん負けちゃったね」
「ふん、情けないな鈴木」
 上から降ってきた低い声にぎょっとする。
「げっ、小沢!? おまえもう来てたの?」
「当たり前だ、俺は遅刻なんかしないからな」
「……だから遅刻じゃないだろうっ」
「ダメ、あたしの時計はもう3分だった」
「俺のも1分だったな」
「小沢おまえまでッ! ──だいたいなんでそんなカゲにいんだよ。二人しか見えなかっ
たぞ」
 オザワユウイチロウ
 小沢雄一郎とは高校受験のための塾で知り合った。独特のしゃべり方をする、食えない
ヤツだ。翔子はそんな雄一郎が気に入ったらしいが、人の和──と言うより輪を気にしな
い雄一郎が、雅己は少し苦手だ。誰とでも仲良くできる彼にしては珍しい。
 今では四人、同じ制服に身を包み、同じ教室で学んでいる。
「俺にはちゃんとおまえが見えてたぞ。──二人で話してたからな、それを見てたんだ」
「混ざればいーじゃん」
「楽しそうに話しているのをわざわざ邪魔することもないだろう。好きなだけ話させてお
けばいい。それに本村の恨みを買うのは遠慮したい」
「あら。あたし差し置いて二人でしゃべってたら怒るけど、混ざるくらいなら別に怒んな
いわよ」
 涼しい顔で歓談する二人のやりとりを見て、雅己が翔子にこそっと耳打ちをした。
「なぁ翔子、おまえ小沢のどこがいいの?」
「うーん、優しいところ、かな?」
「優しいのか……? じゃあはるかは?」
「かっこいいとこ♪」
「────なんかまちがってるぜ……」
「いーじゃない、あたしが格好良くて美人で雅己も嬉しいでしょ?」
「そーゆう問題なのか?」
「そっ。ねぇしょーこ?」
「うんっ!」
 ねーっ♪ と二人は顔を見合わせて声を揃えた。気落ちした雅己の肩に慰めの手が置か
れる。
「まあ、所詮俺やおまえじゃ敵わないってことさ」
「小沢……、おまえそれでいいの?」
「翔子が幸せならそれが一番だ」
 雄一郎が達観したコメントを返した。
「それとも、俺とおまえも友情をはぐくんでみるか?」
「────いや、いい。遠慮しとく……」


「ほら、もうすぐ映画始まっちゃうよっ! 行こ行こっ」
 言うなり翔子の手を取って、はるかはさっさと歩き始めてしまう。
「おいはるか! だからなんでそこでしょーこと手ぇつなぐんだよ!?」
「雅己は遅刻したからダメだよーっだ!」
「……だとさ」
「おい……だから遅刻じゃねぇっつってんだろ……?」
「日頃の行いだな」
 気の毒がる素振りも見せずに歩き出した小沢に、雅己が情けない声を出す。くるりと翔
子が振り向いた。
「まーくん、はいっ」
 差し出された小さな手。
「……いや、いい。はるかに殺される」
「とーぜん!」
「俺にもな」
「まーくん、大丈夫だよ、わたしが守ってあげるからね」
 雅己は小さくため息をついた。あれから5年も経つのに、いまだ雅己ははるかの“イチ
バン”の座を奪えていない。雄一郎はそれはバベルの塔だぞ、と言って笑った。どんなに
高い塔を作ったって、天まで届きはしないのだと。
「いーよ、自分の身くらい自分で守れるさ。あとはるかくらいはな」
「守ってくれんだ? でもあたしはしょーこのこと守っても雅己は守らないよ」
「知ってるよ」
「わたしは……、雄ちゃんとはるちゃんがわたしのこと守ってくれるから、ふたりを一生
懸命応援する!」
「ふっ、翔子らしい答えだ。じゃあぜひその期待に応えられるよう守らせてもらうさ」


 この手をはなさなければどこまでも行ける。
 そんなことを、信じている。

                                         fin.

コメント(by氷牙)     2000.11.4

まさに本日出来立てホヤホヤのお話です(笑)。
「ポニーテール」と同じ、男女二人ずつ4人。でも今回は女の子二人の友情がメインです。
オトコノコの友情というのは、時として行き過ぎていて女の子には“アヤシク”見えるものですが(笑)、
オンナノコの友情も、十分アヤシイよ、と(大笑)。──いやそうではなく。
恋人同士ではなくても、こういった独占欲というのはあるよなぁと。
恋人の友達に嫉妬したり、友達が別の友達と遊びに行ったと聞いて嫉妬したり。そんなの。
それがこのお話を書いたきっかけですね。
でも書きたかったのは、恋人よりも大事な友達がいていいじゃないか、っていうコトかなと、
書き終えた今では思います。
相川はもともと、永遠に続く恋愛感情みたいなものをあまり信じていないんですが、
永遠に続く友情はばりばり信じてます。
なんて言うか、友情は“ゆるす愛”、愛情は“ゆるさない愛”、みたいに思ってるんですけど。
まあ相川の恋愛論はまた別のお話で書きます。今は友情論。
大事ですよ、友達。僕は特に友達少ないですからね。友達は大事にします。
……してる、つもり。

あと、この話の登場人物達の名前、
珍しく(?)“そこら辺にいそーな名前”をつけようと思ってつけました。
そこら辺にありそうな話を書きたかったら。出てくる人の名前も、そこら辺にいそうなものを、と。
ヒソカに参考にしたのは……仕事でやってる、取引先の担当者の名前とか(笑)
本村はるか、花井翔子、鈴木雅己、小沢雄一郎、あとフルネーム出てきたのは、佐野和美か。
ほら、いそうでしょ?



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