彼女について



 その声を聴いた人は、皆一様に、いや様々に、得も言われぬ悪寒にも似た感動に身震い
をしたと言う。


「あー、知ってるー。アレでしょ、すっごい歌うたうヒト。超コワイよねー。オンナの怨
念ってカンジー」

「初めて聴いた時、ばんっ!て音がしたの。目の前が開けた音。彼女は、私が言いたくて
言えずにいた──思うことすらできずにいたことを、すべて歌ってくれてるとさえ思った
わ」

「あれだけ強く人を想えたらいいよね。俺の彼女、全然甘えてくれなくてさ、なんてゆー
か、張り合いないって言うか……でもちょっとこわい気もするな。それだけの想いを俺は
ちゃんと受け止められるのかって訊かれたら、ちょっと自信ない」

「恋をしないと生きていけない人種って言うのは確かに存在するんですよ。彼女は確かに
その一人なんです。僕とは正反対だ。だからこそ、惹かれますね。そこまで心動かされる
ものに出会えた彼女に。──そうですね、そういう意味では、僕は彼女に恋をしているの
かも知れません」

「なんで、みんな彼女の歌を恋の歌だって言うんだろう。あたし、そんな風に思ったこと
一度もないのに。──みんな、大事な人って恋人しか居ないの?」

「あの子はさ、本当に、歌うために生まれてきた子なんだ。その唇は、歌にしかできない
言葉を紡ぐためのもの。その声帯は歌を奏でるため、その瞳は空気にとけた音を追いかけ
るため。その手は、その足は、──すべてが歌を歌うためにつくられたものなんだ」


 誰一人として、彼女について過去形で語るものは居ない。また誰一人としてその事を疑
問に思いもせず、そもそも気づいてもいないようだった。


 私は一人、彼女が“居た”その時を思い浮かべ、彼女が“在た”証明となる“想い”を
拾い集める。
 突然現れ、突然消えた。幻のようだった。彼女が私たちの前にいたその期間は、一体何
日か、それとも何年か。
「歌いすぎて、空気にとけちゃったのかも知れないね」
 見上げた空はこわいほどに晴れていた。吸い込まれて人ひとりくらい消えてもおかしく
ない。晴れすぎる、って、こういうのを言うのかとひどく納得した。
 とてつもなく綺麗で、とてつもなく恐ろしかった。
「それとも、想いが溢れて破裂しちゃったとか」
 爛れて崩れ落ちたとか、霧散したとか、そういう、人ならざるもののような表現で姿を
消したとしか思えない。
「確かに居たんだけどなぁ……」
「彼女のこと?」
 後ろからかけられた声に、振り返る。
「────うん」
「でもまだ“在る”でしょう」
「どうしてみんなそういう断定的な言い方をするかなあ」
「だって“在る”と思うし」
「そうなんだけどっ!」
「また会えるよ」
「そうかな。…………うん、そうだね」
 また、突然。偶然の糸か何か知らないけど。
 白い人影を吸い込んで広がる青い空に手を掲げる。
「おーい、見えてるかー!?」
 ここには、こんなにあなたを待っている人がいます。あなたの生き様を、その残像を心
に灼きつけて。
 叫んでも聞こえないけど。手を振っても見えないけど。
 私も彼女を忘れないだろう。
 彼女のくれた想いに、涙に傷に、心からのキスを込めて。


                                           fin.


コメント(by氷牙)          2001.11.18

あー、……と、ひどく分かりにくい話です(^^;)。話って言うか、もうホントにつれづれなるままにって感じで。

つまりは簡単に平たく言ってしまえば「こっこかむば〜っく!!(号泣)」ってかんじなんですが。いやでもそれだけでもないんですけど。
そして何かちょっと微妙に伝奇かなんかのような、っていうか知る人ぞ知る伽羅王こと斎伽忍サマと出てきちゃったりしないだろうな、とか周りをきょろきょろしてしまいたくなるような感じですが(^^;)。
ひとつのバンドが解散したって、一人の歌手が引退したって、ひとりの人がこの世から消えてなくなったって、世界は変わらず動きつづけているんです。その時はかなしんだりするけど、いつまでもかなしみに浸ってばかりはいられない。生きてかなきゃいけないから。いかなきゃいけない場所があるから。
だけど忘れる必要もない。
忘れたくはない。
その昔、僕に初めてロックを教えてくれた人も、初めて僕に本を貪り読みたくなる気持ちを植え付けてくれた人も、今でもまだ、この世のどこかで生きていて。
感謝しています。今でも、現在進行形で。
それだけちょっと伝えてみたくなったりしただけなのです。



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