涙雨


 ケイコが泣くと、必ず雨が降る。
 そう言って俺は、よくケイコをからかった。
 ケイコは泣き虫じゃない。滅多に泣かない。泣いても仕方のないことには泣かないのだと、いつか言っていた。
 もちろん雨だから、別にケイコが泣かなくても降るときには降る。でも、ケイコが泣かないのに降ることはあっても、泣いたのに降らないことは一度もなかった。


 ケイコはよく、他人の理不尽に泣いた。そんなケイコの方が、よっぽど理不尽な状況におかれているように俺には思えた。
 学校に行かず、家にいるより病院にいる方が長くて、起きているより眠っている時間の方が長くて、その方が、理不尽だ。だけどケイコはそれは仕方のないことだと言う。干ばつで食べ物がなくて死ぬガキは理不尽で、病気でものが食えなくていつ死ぬかわからないケイコは理不尽じゃないのか。そう言う代わり、わからねぇと言ったら、そうちゃんもこうなってみればわかるよ、とケイコが言った。思いっきりいやそうに顔をしかめると、変な顔だと笑われた。


 ある日を境に、ケイコが痩せ始めた。ただでさえ生っ白くて細いからだが、いっそう細くなり、眠る時間が長くなった。それでもケイコは、自分のからだのことでは泣かなかった。
 いや、一度だけ、ケイコが自分のことで泣いたことがある。いつものように学校帰りに病院に寄って、なんでもない下らない話をしていたときだ。
 死にたくない、と、ケイコは泣いた。学校に行けなくても外で遊べなくてもろくにものが食えなくても構わないけど、死んでいなくなるのはいやだと泣いた。死にたくないと、溶けそうな顔で泣いた。
 俺はケイコを抱きしめた。思いっきり抱きしめたくて、でも脆いケイコの骨はそんなことをしたら折れてしまいそうで、──中途半端に力を込めたまま、腕に力を込めて、でもケイコのからだを圧迫しないように。
 人工呼吸みたいに口から命を吹き込めるなら、いくらだってやってやると思った。でもそれは思っても仕方のないことだ、その代わりに、ケイコのからだに回した腕にさらに力を込めた。
 病院から帰る頃、外はやっぱり土砂降りで、俺は思わずケイコを睨んだ。お前のせいだぞ、わざと口を尖らせて言うと、ごめん、と泣き笑いの返事が返った。


 それから数日後、平日に行われた葬儀に、制服を着ているのは俺くらいしかいなかった。大の大人が、様々な泣き方で泣いていた。
 俺は泣かなかった。泣いても仕方のないことには泣かないのだ。涙はケイコの弔いにはならない。ケイコは泣いていない。
 葬儀を終え、外に出ると、見上げた青空は朝と同じによく晴れていた。

                                           fin.




コメント(from 氷牙)          2002.1.27

いつぞやの掲示板でも書きましたが、【こらむらんど】というサイトにお話を投稿してみました。毎月、あるテーマに沿って短編や詩が寄せられ、それぞれに投票したり、感想を寄せ合ったりして、切磋琢磨していくのです。──もともと、俗に“理系”と呼ばれる人々の文章力を向上させようと言う目的で始まった、大学の講義とのこと。なかなかに、興味深いです。
で。この『涙雨』は、12月のテーマ「涙」に投稿し、なんと1位になることが出来た、とっても幸せなお話です。……あ、いや、お話自体は幸せvとは言い切れませんが(^^;)。比較的後味の良い感じだったのが良かったのかな、とは思いますが、何であれ、認められたり褒められたりするのは嬉しいことです。

さて。『涙雨』、ある意味とっても相川らしいお話です。恋心のような、そうでないような。そして恋心(もどき)は主軸ではなく。……そして病院(苦笑)。なんでなんだろうなあ。別に相川病院好きなワケじゃないんですが。っていうかキライなんですが。……なのにどうして。
この話で書きたかったのは、つまりはよく晴れた葬儀当日の空と、ケイコと俺──そうちゃん、の心情なわけで、……ちょっとだけ、こっこの『Rain』や『晴れすぎた空』のイメージがあったかも。会社帰りに唐突に思いついたのは覚えています。
ところで、このお話を書き上げたのは11月末だったのですが、12月初旬に、佐賀に住む父方の祖母が亡くなりました。知らせを受けた翌々日、朝イチの飛行機に乗って駆けつけると、祖母はすでに火葬場で煙になっていました(佐賀では葬儀より先に火葬するのです)。綺麗に晴れていて、白い煙と、火葬場独特の香りがして、……ふと、このお話を思い出しました。去年の冬は、お話書いたら大雪、を何度かやった前科持ち相川、一瞬、「まさか!?」と思ってしまいました。──人が死ぬ話を書くのはもうやめようと思ってみたり。いや、でももともと好きで人が死ぬ話を書いているわけではないのですよ…………。

【こらむらんど】は こちら からどうぞ。




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