夏は夕暮れ





「待ち遠しいのは 君の笑顔」





「ユーウヤ♪」
 ちゃお、と声をかけられて、僕は驚きに固まった顔を校門へと向けた。
「────チカ。何やってるんだよ、こんなとこで」
 最終下校時刻を告げる放送が流れる。昔は『夕焼け小焼け』だったのが、近所に流れる地方放送局の音楽と同じだったことから、混同を避けるために変更されたとかいうことを聞いたことがある。──だからって何で『蛍の光』なのか。デパートじゃないんだから。それとも先生達は、そんなに僕らを早く卒業させたいのだろうか。
「うん。気が向いたから迎えに来ちゃった」
 気が向いたから。チカの言動のほとんどは、その一言で片付けることができる。空を見るのも、歌を歌うのも、……僕に会うのも?
「チカ、どうせユウヤのこと待つならお前も部活入ればいいじゃん」
 隣を歩いていた部活仲間が、そう言って先に帰っていった。
「んー、いい。毎日出らんないし」
 答えたチカが、どんな表情をしていたかどうかは僕にはわからなかった。
「うーん、今日も一日イイ天気でしたー!」
 ありがとー、とチカは両腕を天に差し伸べ笑っている。ぎらぎらと、張り切りすぎるほどに張り切っていた太陽も、熱と光とを放出しつくしたのか、夕方の日差しは思いのほかやわらかい。それでも日中溜め込まれた熱気はコンクリートの舗装に染み込んで、ゆらゆらと名残を惜しむように立ち上り、僕らを包み込んでいた。
「夏の夕方って、すごい好き。なんかね、ときどきふわって吹く涼しい風が、今日も暑い中がんばったねって、褒めてくれてる気がしない?」
 おそらくずっと外にいたチカには涼しいのかも知れないけれど、ほんの数分前まで冷房の効きすぎた音楽室にいた僕にしたら、高温多湿の外の風は、とてもじゃないけど歓迎できない。
 無言の返事を悟ったのか、チカが視線を流して笑った。今日のチカはいやに機嫌が良い。この暑さに頭がやられてしまったんじゃないかなんて、失礼なことを僕は考えた。
「うん。やっぱり好きだな。──夏は夕暮れ」
「それを言うなら『夏は夜』だろ。それか『秋は夕暮れ』だ」
 春はあけぼの、冬は朝(つとめて)。
 それぞれの季節の、一番趣のある時刻。
「だってそれは一個人の主観的見解でしょ。私には私の意見というものがあるのです」
 親に褒めてもらいたがる子供のように胸を張るチカの、制服の足元には薄く、長くない影が伸びていた。チカの動きに合わせて影も歩く。僕の影も、僕と歩く。
「夏は夕暮れ。このね、空気が好き。がんがんに暑いんじゃなくて、お日様も暑いの疲れちゃったみたいにふっと力抜いた感じなの。ため息みたいな緩やかな風も気持ちイイ」
 目を閉じたまま、チカは歩く。
「この空の色も好きさー。優しい色だよね。そんで、楽しそうな色」
「──楽しそう?」
 聞き返した僕に、チカはまた笑った。
「うん、そう。──夏のこのくらいの時間が楽しいのって、やっぱりお祭り思い出すからかな。近所のお祭り、よく行ったなぁ。軽くご飯食べて、浴衣着せてもらって、髪の毛結い直して。遠くから呼んでる声がするの。太鼓が、鐘の音が呼んでるの。テンテン、ドンドン、チンチャカチンチャカ」
 祭囃子が僕の耳を通り過ぎた。
「チカ」
「ん〜?」
「──────ありがとう」
「ふえ?」
 いきなり礼を口にした僕に、チカが丸くなった目を向ける。と、涼しさを孕んだ風が、ふわっと僕らの横を吹き抜けていった。
「──あ、」
 同時に呟いて、目を合わせて一緒に笑う。
「気持ちいいね」
「うん」
「ちょっと遠回りして帰ろうか」
「うん♪」
 珍しく、僕は自分から手を差し出した。




                               fin.





コメント(by氷牙)     2002.7.14

『ソラノイロ』の、続きなようなそうでないような、そんな話(笑)。
例によって例のごとく(?)、仕事中……ではなく今回は仕事帰り、ふと思ったことがこの話のもとになっています。
好きなんですよね〜。夏の夕暮れ。夕暮れというか、晩というか。“夜”の、ちょっと手前。時刻は夜なのにまだ空は明るくてなかなか花火が出来なかったり。聞こえてくる祭囃子の音にせき立てられて焦って浴衣がヘンになったり(笑)。そんな、わくわくする感じ。
お祭り。好きです、大好きです。相川江戸っ子ですから。「芝で生まれて神田で育ち〜」とありますが、相川、育ったのが芝です。「麻布(十番)で生まれて芝で育ち〜」……なんかゴロ悪いな(^^;)。お囃子(神田囃子)も習っていました。タイコ、好きで好きで。だから、習ってた神社のお祭りの日は、朝から晩までずっと太鼓。町内中の、どころか隣町やその隣からも御神輿がご挨拶に来るので、やれ出迎えだお見送りだと、太鼓叩きっぱなし。そのせいもあって、相川、御神輿担げません。出迎え専門で(笑)。ハッピ着たままソース煎餅やらを買いに行くと、周りの人が、「あ、あの子、太鼓やってるんだ」みたいな感じで見るのですよ。それがすごく優越感だったり。
そんな、血湧き肉踊る(笑)宵を思い起こさせる、夏の夕暮れの空でした。

あ。もちろん花火も好きです!!!





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