夢売りの館

   1 〈夢売りの館〉

     ユメウ    ヤカタ
    〈夢売りの館〉
     ユメウラ
     夢占いたします。

 愛想のない文字で、そう書かれた看板が架かっている。小ぢんまりとした商店街の中の小さな路地にある、
これまた小ぢんまりとした建物が、この〈夢売りの館〉だった。
 毎日沢山の人が訪れるのに、他の客と出逢うことはない。店の人間は中性的な面立ちの青年が一人、そして
   ミドリ  シッコク   カラス 
いつも碧の瞳に漆黒の翼の鴉が止まり木に止まっていた。


「階段から落ちる夢をよく見るんです。わたし、今年受験なんで、縁起の悪い夢は見たくないんですけど……」
 青年は、静かに話し始めた。
                   ザセツ 
「落ちる夢は、日常生活における不安や挫折を表します。階段は、上りは吉ですが下りはあまり良くありませ
ん。あなたの場合は、やはり受験勉強でしょうか。自分を抑えつけすぎているのではありませんか? 時には
リラックスも必要です」
 少女はそれだけで納得し、礼を言って店を出て行った。
『四十五人目』
                                          ヘキガン カラス
 店内に不思議な声が響き渡った。頭の中に直接イメージを投げ入れるような声の持ち主は、碧眼の鴉だった。
『くだらない人間はやっぱりくだらない夢しか見ないんだな』
 投げやりな口調の鴉を、青年は穏やかな目で見つめている。
「平和なのは良いことですよ」
 他人事のように言うと、青年は調香を始めた。


   2 〈夢売り〉

「イヤよ、そんなの!!」
 客人の少女は机を叩いて立ち上がった。
「彼は、あたしと付き合うのよ。他の女となんて、許さない!」
「占い直してよ!」
      ツノ
 なおも言い募ろうとする少女を制し、青年はため息をついた。
「……。そうまでいうのなら〈夢売り〉をしましょう」
「夢、売り?」
「人の夢を人から買い、人の夢を人に売る。それが私の本当の仕事で、だからここは〈夢売りの館〉というので
すよ」
『日本語は正しく使え。〈夢売り〉じゃなくて〈夢盗み〉だろう』
 突然響いた声に少女は驚いてあたりを見回した。やがてその視線が止まり木の鴉にたどりついた。
「カ、ラス……? しゃべるの?」                                  
「本当は誰かから〈買った〉夢を売っているのですけれどね、」
       サエギ 
 反論する鴉を遮って青年は話し始めた。
「あなたのように〈良い夢〉を欲しがる人は大勢いますが〈良い夢〉を売る人は滅多にいないので、そのときは
無断で拝借することもあります。あなたは、どうしますか?」
 少女が息をのむ音が静かな店内に響き渡った。
 〈良い夢〉を手にいれる……。そうすれば、望むものはすべてあたしのもの……。
    クラ
 そんな冥い誘惑が少女をとらえた。無意識のうちに少女は問いかけていた。
「どうすればいいの?」
「良いのですか?」
「……ええ、いいわ」
「では、お教えしましょう」
                ウナズ 
 青年は意外にあっさり頷いた。
                                 タズサ 
「ここには毎日沢山の人がやって来ます。それぞれ、良い夢、悪い夢を携えて。あなたは、その中から欲しい夢
を一つ選んでそれを覚えれば良いのです。そして、改めて私を訪れその夢をあなたが奪う人と同じように、一字
一句違えずに私に告げてください。そうすれば、その夢もその夢の暗示するものもあなたのものになります」
 青年が右腕を伸ばすと先程の鴉が止まり、羽根を広げた。その翼から羽を一本スッと抜き取るのを見て、少女
は青年が左利きであることを知った。目の前に差し出されたそれは、一見漆黒のようだったが、時々光を反射し
て濃い深い緑色にきらめいていた。
「この羽を持っていてください。そうすれば他の方にはあなたの姿は見えません。その人が夢を語り始めたら、
羽を持ったまま相手の目を見ながら夢を覚えるのです。あなたが夢を覚え、その人が出てゆくと羽の色が変わり
ますので、私に夢占を申し込んでください」
「その夢だっていうのは、どうすれば分かるの?」
「すぐに分かりますよ」
 青年は少女の手を包み込むようにして羽を少女の手に握らせた。
「それでは、良い夢を」
 そう言って、青年は軽く微笑んだ。


 黒い鴉の羽を持って壁に寄りかかり、少女は青年の仕事を眺めていた。手にいれる夢を間違えたらどうしよう
かという心配は、最初の客がやって来た時に消え去っていた。相手の夢がわかるのだ。客が店に入ってくる瞬
間、目の前に大きなスクリーンが現れて客の夢を映し出すのだが、三人目の客の時にはスクリーンを見る前にそ
                                ブサ タ        モテアソ 
の客の夢が自分の望むものかどうかがわかるようになっていた。手持ち無沙汰そうに羽を弄びながら、青年と客
のやりとりを眺めるのはなかなか楽しいことだった。青年が解読してゆく〈夢〉という〈暗号〉・・・それは、
過去のわだかまりであったり、現在の悩みであったり、また未来の予想であったりした。ここの夢占は無料なの
だが、無理矢理青年の手に千円札をねじ込んでゆく中年の男を見て、少女はタダなんだからほっときゃいいのに、
と思った。
 どれくらいの時間が経ったのだろうか。いい加減暇を持て余していた少女は、新たに入ってきた客に目を向け
て驚きの声を上げた。少女と同じくらいの年のその少女は、望むもの−彼−を手にしようとしている人物だった。
目の前にスクリーンが広がる。
 ・・・これで彼はあたしのものだわ!!
                 ト 
 彼女は少女に夢を奪られることなど知らずに、青年に夢を語り始める。少女は彼女の息継ぎすらも覚えんとす
るように、全精力をかけて彼女の言葉に意識を傾けた。


「制服を着て、歩いているんです。しばらく歩いていると、箱の中で仔猫が鳴いてるからミルクをあげるの。で
もひっかかれて血が出てしまって……。顔をあげると、今度は子供達がシーソーのまわりで遊んでるの。追いか
けっこをしているらしいんだけど、そのうちの一人とぶつかって、そこで目が覚めるんです」
 彼女が夢を語り終えると同時に少女の手の中の羽が変化し始めた。
「恋愛面においてかなりの吉兆ですね。あなたの恋は楽しく甘い恋になるでしょうが、近いうちに障害が現れま
す。全く予想だにしなかったことが起こるでしょう。慎重に対すれば乗り越えられます。安心なさい。きっとあ
なたは、とても幸せな恋を掴むことができます」
             リンコウ     ヒ スイ
 扉が閉まる時、羽は淡い燐光を放つ翡翠色に変わっていた。
「・・お気に召す夢があったようですね」
 振り返った青年は、先刻よりも美しさを増しているようだった。血の気の通わない、どこか魔的なものを感じ
させる美貌。魅せられたように、操られるように体が勝手に動き出した。
「夢占いをして欲しいのだけど」
「どうぞ。おかけください」
 翡翠の羽を手に持ったまま、少女は先刻の少女が語った夢をあたかも自分がそれを見たかのように、すらすら
と話した。青年も、先刻と一字一句変わらぬ言葉を返す。少女は彼女と同じように礼を言って扉を開けた。する
と、そこもまた〈夢売りの館〉の店内だった。
「これでその〈夢〉はあなたのものです」
 驚いてあたりを見回す少女の耳に、淡々とした青年の声が聞こえた。青年が少女の手から翡翠の羽を受け取り、
何やら呪文のようなものを唱えると、羽は翡翠のペンダントに姿を変えた。
「これを、いつもかけていてください。それでは、お幸せに」


   3 〈夢〉

「オ、オレと、付き合ってくれないか」
 〈夢売りの館〉を訪れた二日後、少女は〈夢〉が成就したことを知った。遂に彼は自分のものになったのだ。
少女は彼と付き合い始めたが、その幸せは長くは続かなかった。
 交通事故による彼の死・・。
 少女は〈夢売りの館〉を再び訪れ青年をなじったが、青年の返答はいたって冷静なものだった。
『・・何故少女に彼の〈夢〉を教えなかったのだ?』
 先日、一人の少年がここを訪れていた。彼の見た〈夢〉の示すものは事故であり、少年は忠告を胸に店を出
た。翌日、彼は交通事故で亡くなった・・。
「私は教えましたよ」
 青年は調香をしながら誰へともなく呟いた。
「その人にとっての幸せが何かなんて、他人はもちろん、本人にだって分かりはしません。その中で未来を照ら
す道標が〈夢〉であり、夢解いてその忠告を人々に伝えるのが、私達夢使いの仕事です。私の言葉をどうとるか
はその人の自由ですよね」
 ふと、青年が顔をあげた。やわらかな微笑みは、まるで夢を見ているようだった。
「ほら、彼女の〈夢〉がかないますよ」
 青年の手には、翡翠のペンダントが載せられていた……。

                                              Ende

コメント(by氷牙)

これは、ぼくのデビュー作です(笑)・・・。高校時代、文芸部の部誌に書いたものですね。
作品世界としては結構イメージができてて、続き物になりそうだったんだけど、不定期発行の部誌で『続く』はイカンなぁと思って、後に続きそうな伏線を削っていったらハッピーエンドになってしまった(?)という作品。
今回、このHPへの掲載に当たり、一切!手直しはしておりません、あしからず・・・・・・。
続き物バージョンはまた後日UPさせていただきますので、乞うご期待!!




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