TRAP of the RING
         ── written by 端月sama@ILLUSION PLACE







 「もぉっ!どうしてこうなるのよ!!」

 悪態をつく一人。
 女性と呼ぶには少々幼く、少女と呼ぶ事にも抵抗を感じる。
 ほどけた赤毛は、燃える炎のような橙色。

 「ちょっと、あんたたち!いつまで私を吊るしておくつもり!?」

 怒気をはらんだ声。
 その肢体に、無駄な肉は一欠片もないだろう。
 ……少年のようにも見える、その身体。

 「この私にこんな事をするなんて、絶対後悔させてやるわ!!」

 威勢のいい言葉が響く。

 ――だが、悲しいかな。
 彼女の身は、高所からロープで吊るされた状態であった。


 机に積まれた書類の山。
 それを他人事のように眺めながら、男はある方向を眺めている。
 彼の手には、湯気を立てたカップがあった。
 それの中身を一口すすり、言う。

 「……で、アレは?」
 机の前には、直立不動の兵士。
 「決まりどおりに吊るしてありますが」
 「ふうん。……『盗賊』だっけ?あのオンナノコ」
 ――はっ、その通りです。
 そう言いながらも、その兵士は決して緊張を解かなかった。
 (苦手だなァ、こういうタイプ)
 まぁ、別にいいけどさ。
 そう心のうちでひとりごちて、男は窓の外を見やる。
 其処には丁度、つるし上げられた少女が見えた。
 ぎゃぁぎゃぁと何かわめいて、大人しくなる様子も無い。
 捕らえられたのは、夜中である。
 兵士の話によれば、その時からずっと、ああして暴れているそうだ。
 「活きがいいねぇ。若いっていうのはいいことだよ」
 和やかに目を細め、笑って言う男。
 そういう彼も、まだ二十台半ばほどの外見だ。まだ、十分若い。
 「いかがいたしましょうか、侯爵様」
 「そうだねぇ」
 彼の口元に、悪戯っぽい笑みが浮かんだ。
 何かを企む少年のように。
 その視線は、机上に広げられた一通の手紙へと移動する。
 ほんの数日前、早馬が届けた手紙だ。
 其処には、随分と興味深い事が記されていたのだ。




TRAP of the RING




 昼過ぎに、彼女はロープから解放された。
 けれど。
 それはあくまで『宙吊り』からの解放であって、捕らえられていることに変わりはない。
 自分を捕らえるものが、ロープから地下牢へと変わっただけの事だ。
 淀んだ空気の溜まる場所で、物思いに耽る。
 (……『お約束』通り、かび臭い所ね。それにしても、何でこんな事になったのかしら――)
 納得がいかない。
 いつもどおりに情報収集して、いつものように侵入した。
 それだけのはず。
 なのに何故、今回捕まってしまったのか。
 (たしかに、いつもよりは警備が物々しかったけど……あの時ほどじゃ無いし)
 何時ものように予告状を出してもいないし、計画が漏れたとも思い難い。
 (もう、何がなんでも今回のお宝は手に入れなきゃいけないのに――)
 軽くつめを噛む。
 見張りがいないことを確認し、彼女は隠し持っていたピンを取り出した。
 それを歪め、牢の鍵穴へと差し込む。
 (怪盗が……なんでこんな真似しなくちゃいけないのよ……!!)
 そう思いながらも、手は休めない。
 しばらくかちゃかちゃと音がした後、小気味のいい音と共に錠前が外れた。
 (狙った獲物は逃さない。『怪盗』リーザを、甘く見るんじゃないわよ……!)
 何が何でも盗んでやる。
 盗まなければいけないのだ。
 この城にあるあの指輪を。


 「若君。婚礼の日取りが決まりましたぞ」
 そう言いながら執務室に入ってくるのは、先々代から家に使える老人である。
 彼は手に幾つかの書類を抱え、その後ろに幾人もの侍女を連れている。
 「それと、衣装の採寸を――」
 「後にしてくれ。今忙しい」
 そう言うと、相手は黙り込む。
 老人の肩は小刻みに震え、顔は俯けられていた。
 「……どうした?じい」
 不審に思って問い掛けると、がばっと頭が上げられ、こちらに向けられた。
 「若がこのように執務に取り組まれ、近日中には王族の姫君を娶られるという栄誉……この二十数年、若君のお側にてお仕えした私でも、夢にも思わぬ事にございます!何たる喜び!!これでヘンドリック侯爵家の行く末も安泰でございましょう……」
 熱弁とともに、感極まって滂沱の涙を流す老人。
 言葉はさらに続いていく。
 「うつけと呼ばれ、昼行灯とよばれようとじいは信じておりました…若君はそのようなものではない、と。若は今、こうしてその信に応じてくださっている……このエディス、もはやこの世に悔いはございませんっ!!」
 そうして、老人は前を見る。
 ――だが。
 そこには、彼が長年仕えてきた青年は居なかった。
 おそるおそる、背後の侍女が話し掛ける。
 「エディシア様、ジュリアス様なら既に外へ……」
 「何じゃとぉー!?」
 そう、彼は既に部屋から立ち去っていたのである。


 (考えてみれば、妙な話だよな)
 ある場所へ向かいながらも、ジュリアスは思う。
 (宝物庫ではなく、真っ直ぐオレの部屋を目指す盗賊。命を狙うわけでもない――そうだとしたら、考えられる事は一つ)
 盗賊は、自分ではない『価値のある何か』を狙っていたのだ。
 評判が良くない、とはいっても自分は侯爵だ。
 命を狙うものが居てもおかしくは無い。なのに、あの女盗賊は『それ以外』が目的だった。
 (狙いは、多分アレだろう)
 ジュリアスが、肌身はなさず持っているもの。この家に代々伝わる結婚指輪だ。
 それには、稀少な宝石と言われる紅色真珠がはまっている。薄紅よりも濃い『赤い真珠』は、変わらぬ愛を誓うものとしてこの家に伝わる家宝の一つ。代々の当主が婚儀に於いて妻に渡すものなのだ。指輪にされたのは、わりと最近の事になる。
 やがて行われる結婚の儀式に於いて、王国の第二王女――ちなみに第一王女は隣国へ嫁している――の指へと嵌められる予定のものだ。
 (そういえば第二王女も、変わり者だって噂だったな)
 今年で十六だったか。
 王族の婚姻としても、早すぎる年ではない。
 その人となりを考慮に入れても、生まれる前からの婚約者が居てもおかしくは無い。求婚者も沢山居たはずだ。
 王の意向か、あるいは姫自身の意志なのか。途中まで結婚の話が進んでも、突然に求婚者が辞退しているのだ。
 そうこう考えているうちに、ジュリアスは自室の目前まで来ていた。
 何気なく扉を開ける。
 すると――
 凄まじい勢いで、部屋の中へと引きずり込まれた。


 彼を引きずり込んだ腕は、ジュリアスの片腕をねじり上げた。
 「指輪を出しなさい」
 女性の声。
 首筋に、刃物の冷たい感触を感じる。
 どうやら自分は、脅迫されたらしい。
 「……君が昨夜の盗賊か。流石に脱獄したみたいだね」
 のほほんと喋るジュリアスに、相手は苛立った声で続ける。
 「指輪を渡しなさい。死にたいの?」
 「いいや。此処には無いよ」
 彼の言葉に、束縛する腕がかすかにゆるむ。
 その瞬間、青年は力ずくで束縛をふりほどいた。
 「!!」
 とっさに、彼を捉えていた彼女が飛び退る。
 「そんな事しなくても、あげるよ。理由を教えてくれたらね」
 笑みを浮かべて、彼は余裕たっぷりに言う。
 その手には、紅色の真珠がはまった指輪。
 「あ……!騙したわね!!」
 単純な事とはいえ、相手――先刻吊るされていた少女だった――は動揺した。
 指輪を見せびらかしながら、彼は繰り返す。
 「理由……教えてくれないかなぁ、怪盗リーザ。うわさ通りなら、君は女性の味方として盗むんだろう?」
 目の前の女盗賊が目を見張った。
 「……気付いてたの?」
 「君は有名だからね。確信したのはさっきだけど、来るかもしれないとは思っていた」
 ジュリアスは、笑みを浮かべる。
 その極上の笑みは、悪戯小僧のそれに似ていた。
 「君は、今まで理由なしに盗みはしてこなかった……そうだろ?」
 「ええ」
 答えながらも、彼女は指輪から視線を逸らさない。
 隙あらば、奪い取ろうとしているのだ。
 (なのに……どうして、隙が無いのよ!?)
 隙だらけのように見えるくせに、全く奪えそうに無い。
 兵士を呼ぶ事もできるはずなのに、あえてそうしない。
 彼の、その余裕には根拠があるはずだ。
 リーザの下調べによれば、新侯爵ジュリアス・マイセンは昼行灯との噂。
 ――そう呼ばれてはいるが、なかなかに頭の切れそうな男。
 調べれば調べるほど、そう思える要素が出てきたのだ。
 「……考えればわかるはずよ。『変わり者の』王女は結婚を拒否したい、それができない。……だから、結婚指輪を盗んで貴方に恥をかかせるつもりだった。そうすれば、国王も考えざるを得ない。――これからでも、私はそうなるようにするわ」
 「そう」
 あっさりと、そう言う。
 彼は、どこかつまらなさそうに彼女の言葉を聞いていた。
 「約束よ。指輪を渡しなさい」
 「ああ、いいよ――手を出して」
 右手を差し伸べると、彼はかぶりを振った。
 違う手をさして、こう言う。
 「そっちじゃなくて、こっちの手」
 「……?いいけど――」
 怪訝そうにしながらも、怪盗リーザは左手を伸ばす。
 その手のひらの上に、ジュリアスは指輪を置く。

 置くかのように、思わせて。

 彼は自分の左手で、彼女の左腕をぐいと引いた。
 驚き、身体をこわばらせる少女。
 その薬指へ、彼は指輪を滑り込ませる。
 「な、何するのよッ!?」
 「『何』って……指輪をあげたんだよ?何か困る事でも?」
 リーザは咄嗟に、指輪を外そうとした。
 だが。
 抜けない。
 「な…何よコレは……!!」
 パニックに陥る彼女に、悠々とジュリアスは答えた。
 嬉しげに笑いながら。
 「指輪だけど?――あぁ、無くさないように魔法がかけてあるんだった。外れないよ」
 「嘘でしょぉーっ!?」
 外れない、と言われても彼女は必死に外そうとしている。
 その必死な様子を見て、彼の推測は確信へと変わる。
 「外れなきゃ困る?君って既婚者?恋人でも居るのかい」
 「そんな訳無いでしょ!」
 リーザは青ざめていた。血の気の引いた顔で、指輪を必死になって外そうとしている。
 「じゃぁいいじゃない。王女様じゃなくて、君がオレと結婚する、ってことにすれば良いしさ。君は玉の輿、王女様は結婚せずに済む。……一件落着だろ?」
 にぃっと笑って、彼は『怪盗』を見る。
 何か、含みのある笑いで。
 その時になって、彼女はあることに思い当たった。
 「まさか……あなた……気付いて…………?」
 考えたくも無い事だ。
 だが、そのときの彼女の頭にはそれしか浮かばなかった。
 「君が王女でないのなら、困る必要は無いはずだよ?エルシア王国第三王女、エリザベス様♪」
 「!!!!!!」
 リーゼの瞳が、これ異常ないほどにまんまるになった。
 口をぱくぱくさせて、何か彼に言おうとしている。
 「何?聞こえないなぁ〜♪」
 「−−−−−ッ!!!」
 声無き叫びは、ジュリアスを罵倒しているように思えた。




 やがて執り行われた結婚式は、近年類を見ない大掛かりなものであった。
 祝宴は何日も続き、新郎新婦のことなどお構いなしに客人はどんちゃん騒ぎをしている。
 そんなある日。
 主役であるはずの二人は、城内の一室に居た。
 客に用意された部屋の中でも、とりわけ豪華な続き部屋である。
 「……そういうことだったの」
 ありったけの怒りをこめ、エリザベス(愛称リーズ)は言った。
 夫となった青年は、まるで他人事のように飄々としている。
 「父様とこいつがグルになって、私をはめたのね」
 国王は、かなり前から娘が怪盗をしている事に気付いていたらしい。
 リーズが赴く数日前、早馬でジュリアスのもとにそれを示唆する文書を送っていたのだった。
 「まぁ、安心しろって。おれは浮気する気も無いし、年も十しか離れてないぜ?怪盗続けても構わんし、気楽に行こう」
 杯を傾けつつ、彼はのんきにそう言った。
 「変わり者同士、気が合うと思ってな。……悪い相手ではなかろ」
 これまたのほほんと、リーズの父――エルシア現国王――が言う。
 「納得がいかないわ。はめられて結婚なんて、あんまりよ!!」
 そう言いつつも、彼女は心の何処かで納得していた。
 見も知らぬものと結婚する事だって、珍しくは無い。
 親子、あるいはそれ以上の年の差がある男のもとへ嫁ぐよりは、よっぽどいい。
 オマケに彼は、『怪盗リーズ』まで容認している。
 おそらく、このあたりの国の中では最も良い条件の相手なのだろう。
 ――でも。
 何なのだろう、この悔しさは。



 ……そうして、お姫様は幸せに暮らしましたとさ。
 めでたし、めでたし。


 「どこがめでたいのよッ!!」



   



コメント(by氷牙)  “端月さんありがとう!!”  200.11.20

 
【ILLUSION PLACE】の端月様にいただきました。
 (11/7にキリ番踏んで、これをいただいたのが11/13。……はやい、素晴らしい)
 他人様のサイトでキリ番を踏んだのは初めてだったので、とてもウレシイ!
 こういう、元気のいい女の子は非常に好きですね。飄々としたジュリアスもGood!
 これを読んで、「うお〜、ファンタジー書きてぇ〜!!」と、思った相川でありました。
 いや、今「メルーカ」書いてるけど、あれはこういうアップテンポなものじゃぁないからさ。





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