── written by 端月sama@Illusion Place




  3:水面に映る時の巡り


 森の住人である『エルフ』は、本来この世界の住人ではなかったものだと言われている。

 彼らはいつとも知れぬ時代に森へと姿を現し、森を守り木々を守ることを旨とした。有力な伝承によれば、彼らは『妖精の世界』から現れたのだという。
 あらゆる季節の存在する、永遠の恵みの世界。死の苦しみが存在しない場所だとされている。夢のような『妖精界』は、しかし人を受け入れはしない。
 かの世界への入り口を知るものは、誰一人として存在しない。森の住人たる『エルフ』たちを除いては――。

 シルエラもまた、『しらない』ものの一人に過ぎない。
 つい先刻まで、そうでしかなかった。
 『この場所はね、秋の間だけ妖精界と繋がっているの』
 フェルエマが、何でもないことのようにそれを告げた時には、少なからず驚いていたのだ。
 そしてその直後、その世界へと干渉しようとする『エルフ』が現れた。森の守り手であるはずの青年は、憎しみすら感じさせる様子で悪意を露にしている。
 例え自分が『エルフ』としては半端な存在だったとしても。森で育たなかった彼女にも、それがどれほど危険な事であるのかは知れた。
 「妖精界を……穢す?森の恵みを失っても良いというの」
 ティスカの振るう剣、『穢れ無き妖精の剣』を見、その視線をエルフの男が振るう淀んだ刃の長剣へと移して、フェルエマは続けた。
 「森の恵みは作物の恵みでもあるのよ。それを!」
 そうする間にも禍々しい獣は三人へと飛びかかろうとしている。小物であるらしいそれらを切り払いつつ、戦う術の無い(と思われる)フェルエマを庇いながら、シルエラは戦っていた。
 聴覚の優れた耳には、フェルエマの声も届いている。だいいち、彼女はシルエラごしにそれを告げているのだ。
 「無駄だ、フェルエマどの。その騎士は、今までに何度も森を焼いた!」
 彼女は思い出していた。
 『鋼の国』メティオールは、シルヴァリオンと戦線を開いているわけではない。
 だが、その中に奇妙な騎士が居るという事は聞き及んでいる。エルフでありながら森を焼き、非道な振る舞いを行う騎士。かの国の皇帝は、ことのほかその者を重用しているという噂だ。
 「森を憎み、エルフを憎むもの。鋼の国の起こした争いのほとんどに、その騎士は関わっているという」
 その話を耳にした時は半信半疑だったが、今この目の前に居るものはそうであるとしか思えない。そう思いつつも彼女は更に言葉を続ける。
 今までの、フェルエマに対するものとは違う。ティスカと戦う、襲撃者である青年。緑の髪のエルフに向かってのものだ。
 「剣を捧げた主君による命令は、絶対だ。……だが!己の主を諌めるのもまた、我々のなすべき事ではないのか!?」
 彼女自身の信じる、『騎士としての姿』と彼とは、あまりにかけ離れていた。
 「ごちゃごちゃと、煩い女だ」
 シルエラの言葉には何も返さずに、青年は剣を振るった。
 だが。
 ほんの僅かな間、気のそれていた彼の攻撃を、ティスカは軽く避けてしまう。それは単に『あて損ねた』だけでなく、戦況を覆すだけの意味を持っていた。
 ティスカの剣の輝きが増す。韻律のある言葉を呟く『妖精の騎士』の体が、剣と同じように輝きに包まれる。緑の髪の男が、その切れ長の瞳を見開く。
 「もと『妖精の騎士』が、落ちたものだな!」
 威勢のいい言葉ともに、ティスカが大きい動作で剣を振るった。
 さすがに襲撃者はそれを避けている。だが、剣と使い手を包んでいた光は標的めがけて進んでいく。さしもの相手も、それを避けきる事は出来なかった。己の剣でそれを受け止めようとする。
 光は剣に吸い込まれ、やがて男の淀んだ色の刀身が悲鳴をあげる。
 「おのれっ」
 追撃しようとしたティスカの剣から逃れ、男は軽々と近くの枝に飛び移る。ヒビの入った長剣を腰の鞘へと収めて、森の奥へと身を翻した。途端に、辺りで暴れていた獣たちが掻き消える。
 それを追おうとしたシルエラは、ティスカに押し留められた。勢いを殺がれ、たたらを踏む。
 「追わなくていい」
 冷静なティスカの言葉に、彼女は困惑する。
 「良いのですか?奴はきっとまた」
 その問いにはフェルエマが答えた。
 「少なくとも、今回と同じ手段は使わないわ。あの剣はもう使えないもの」
 つい先ほどまでの戦いが嘘のように、あたりは静寂に戻っている。そのことに戸惑いながらも、彼女はそれまでの緊張を解いた。フェルエマもティスカも、警戒している様子は無いのだ。
 「君には、巻き込んですまなかったと言っておくよ。援護は正直、助かった。ラナタークが誉めるだけのことはある」
 シルエラが渡した封筒をひらひらとさせながら、青年が言った。手紙にはそんなことが記されているらしい。
 「騎士団長をご存知なのですか!?」
 そう言いながらも、シルエラは思い出していた。
 戦いの始まった時、襲撃者は『シルヴァリオンを出たのか』といったことを言っていたのだ。手紙の事といい、彼は騎士団とかかわりが深いのだろう。だが、一見してはシルエラとそれほど年が離れていないようにも見える。
 そう思った事に気付いたのか、ティスカが言う。
 「彼やゼセルたちとは古い付き合いだからな。これでも妖精界の関係者だ。見かけどおりの年齢じゃない。――さて、あの手紙への返事を伝えてもらおうか」
 役目の事を思い出し、彼女の背筋が伸びる。……もともと姿勢は悪いほうではないが、これは気分的な話だ。
 「『心遣いに、感謝している』とね」
 「それだけ、ですか?」
 きょとんとした様子の彼女に、ティスカは肯定の頷きで答える。ますます困惑するシルエラの肩に、フェルエマの手が伸びた。
 「そろそろあなたはここを出たほうがいいわ。結界の中は、少しだけれど妖精界に似ていてね、時間の感覚がおかしくなるの」
 「わかりました」
 (返事を受け取った、ということは。それを伝えるまでが私の役目だ)
 別れの礼をとり、彼女はやってきた道を引き返すことにする。森に入ろうとした瞬間、なにか別れ難い気がして振り返った。二人は、シルエラを穏やかな様子で見つめている。
 「また、お会いできるでしょうか」
 ティスカがそれに答える。
 「それは、『巡りあわせ』に訊くしかないな」
 「私は、貴方とまた会える事を願ってるわよ。またね、シルエラ」
 名前を呼ばれ、彼女の心に不思議なあたたかさが生まれる。彼女の手が、自分の肩に触れた時もそうだった。
 (これは一体、なんなのだろう)
 不思議に思いながらも、シルエラは別れの言葉を告げる。
 「では、また」
 再会を信じているから、さよならを言いたくは無かった。


 さかのぼった川を、今度は下る。気がつけば、周囲は昼間の明るさだった。フェルエマの言う『結界』の存在を実感する。空を見上げると、そこには欠けた月がぼんやりを浮かんでいた。
 (……そういえば)
 彼女は、ふとあることに気付く。月光に魅せられ、誘われるように川辺を歩いたあの夜。つい先ほどのことように感じられるそのとき、自分はどんな状況であっただろうか。
 「どうやって此処を出るんだ?」
 その困惑は、結果として無駄なものになった。ひたすら川を下るうち、彼女は遠くに見覚えのある人影を見つけたのだ。
 「カーシャ!無事だったのか」
 喜びとともに駆け寄ると、相手もこちらを見つけたようだ。嬉しそうな表情を浮かべ、こちらへと向かって来る。はぐれた従卒との再会を喜び、互いにささやかな文句を言い合う。お互いが無事であってこそ、できることだ。
 それから半日後には森を出ることが出来た。






 森の王国の女騎士――シルエラが結界内から出た、しばらく後。彼女を見送った二人は、顔を見合わせてくすくすと笑いはじめていた。

 「……フェルエマ。それで結局、あの子に会えた感想は?」
 彼女はくすくすと笑いながら答える。ことのほか幸せそうな表情だ。
 「私に似て可愛い子ねぇ。ちょっと似すぎて困るくらい」
 ティスカのほうも、ふっと笑みを浮かべた。フェルエマの肩を引き寄せ、名残惜しそうに告げる。
 「そろそろ、時間だ。ゼセルたちには感謝しないとな。あちらとこちらは時の流れ方が違うようだから」
 そう言って、彼は腰に下げた剣を抜き放つ。その切っ先を水面の月へと向けると、寄り添うフェルエマがその剣に手を伸ばした。
 「時の流れが同じであったなら……こうやって出会うことは出来なかったわ。私たちは決してこの森から出られないもの」
 『妖精の剣』の刃先へと、彼女の指が伸びた。刹那、透明な刃に文様が浮かび上がる。その表面に指を滑らせながらも、彼女は笑みを浮かべている。
 「一度きりの幻ではなく。また、会えるわ」
 自信に満ちた言葉に、青年は悪戯っぽく尋ねる。その間にも、二人の姿は次第に風景の中へと『溶けて』いた。
 「それは期待かい?それとも――」
 「予言よ」
 断言する言葉を最後に、ふたりの姿は湖畔から消えた。

 二人の立っていた場所に、今年最初の雪がひとひらだけ舞い落ちる。


 こうして、シルヴァリオンには冬が訪れるのだった。


   ――――end?




コメント(from 氷牙)          2002.1.9

端月さんのサイト【Illusion Place】にて、キリ番3456HIT記念にリクエスト。お題は“騎士(複数)”。なぜかというと、キリ番申告&リクをしにいったときの掲示板のカウンタが712(ナイツ──Knights)だったので。って説明ないとぜったいわからん!な理由です(笑)。そんなわけわからんリクをしたにもかかわらず、端月さんは、こんなに素敵な、ワクワクドキドキするようなお話を書いてくださいました!
さて、で、騎士(複数)なのですが。なんとエルフさんです! エルフというと真っ先に思い浮かぶのは『Busturd!』のアーシェス・ネイだったりする相川ですが(笑)、主人公シルエラさん、エルフで、女性で、騎士! かっこいいです。しかし相川のお気に入りはシルエラさんのそっくりさん、こと、フェルエマ様。なんつーか、こういう、泰然としたというか、気負うことのない感じの人は好きであります。前にいただいた『TRAP of the RING』のジュリアスさんも、だから好き(笑)。

あとですね、いろいろ設定とか名前とか好きなのですが、──ティスカさんの持っている“妖精の剣”、いいですね。端月さん曰く、とある漫画の設定を参考になさったとのことですが。…………も、もしかして、フジリュー(藤崎竜)かなぁ?(どきどき) フジリューといえば、今では『封神演義』ですが、いや、私そのもっと前の『Psycho+』とかからすきだったんですよ〜! ……っと、また脱線してしまいました(^^;)。なんかコメント書くのも久しぶりで、調子が戻ってきていません(^^;) さっきから全然関係ないことばっかかいてる気がするのは気のせいなのでしょうか……?

何はともあれ、端月さん、どうもありがとうございました!(イラストも使用許可ありがとうございます!) またキリ番狙いますからね!(爆)




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