Present for you on Christmas
from Super Selfish Space

Holy Sight





 色とりどりの電飾が、今日が最後とハリキってキラキラピカピカ点滅している。澄んだ空気とはお世辞にも言えないけれど、今日だけはなぜか空気がおいしいような気がする。
「メーリ、クリッスマーッ!!」
 寒いから運動しようの心意気じゃないけど、静かに突っ立っているよりはマシ。俺は往来に向かって大声を張り上げていた。だってそうでもしないと凍えそうなくらいに寒い。サンタクロースルックは、見た目よりずっと防寒に適してないのだ。
「ケーキはいかがですかー!? あっ、そこの美人なおねーさん! ケーキどうっすか、ケーキ! 美人割引で半額にしちゃいますよ〜!」
「おいユキヤ……」
 奥からミノルのため息が聞こえた気がするけどそんなのは無視だ。だって定価で売れないよりは多少割引したって売れた方が良いじゃないか。マコトさん──ミノルのアニキでこのケーキ屋のマスターだ──に販売はすべて任されているんだし。
「つーかね、ここのケーキマジでうまいんすよ。俺なんか頼み込んで弟子入りさせてもらったくらい!」
 ちょっと興味を引かれたらしく立ち止まってくれた二人連れに、ここぞとばかりにアピールする。生まれつきのオーバーアクションに、袖口の白いモコモコにつけた鈴がチリチリと音を立てる。
「じゃあこのケーキ君が作ったの?」
「いや、俺は販売専門っす!」
「やだぁ、なにそれ。販売の弟子ってこと?」
「そうそう、だって俺みたいなハンサムくんは裏方よりフロントマンが似合うでしょ?」
 にっこり笑顔を浮かべて笑いを誘う。買って買ってと子供のようにお願いすると、お姉さんたちは小さいホールケーキを買ってくれた。ホールとは言っても、あれなら甘いもの好きの人なら二人で充分食べきれる大きさだ。
「ありがとうございましたー! 良いクリスマスを!!」
 ぶんぶんと手を振って、次の客Getにまた声を張り上げる。伊達に良く通る声は持っちゃいない。声はもちろん、顔でも身体でも、使えるもんは全部使って俺はケーキ販売にいそしんでいた。
 と、その時、ふと視界をよぎった人影があった。
「──あ?」
 なんでその人が気になったのか、分からないまま目で追って……。
「……あ! あああ〜〜っ!!」
 俺は声を上げていた。今まで以上の大声に、道を往く人々が振り返る。
「っちょ、ちょっとそこのあんた! ヒロ! ヒロフミ! 真野弘文だろ!?」
 フルネームを大声で呼ばれて、そいつ──弘文がぎょっとして振り向いた。小さな顔に似合わない黒縁の眼鏡の奥で、まん丸の目玉が俺を見つめている。
「俺、ユキヤ! 安藤由希也!」
「あっ……」
 弘文の口が小さく開いた。
「ひっさしぶりだなぁ〜! 元気にしてたか?」
「あっ、う、うん……。安藤も、元気にしてるみたいだね」
 なんだか周囲の注目を集めてる気もするけど気にしている場合じゃない。駆け寄って手袋をした手をつかみ、ぶんぶん振り回す。弘文はうろたえた声で返事をして、寒さにうっすら赤くなっている頬をより赤らめた。
「ヒロ、今日時間あるか? 俺そこのケーキ屋でバイトしてんだけど、もうすぐ終わるから少し話しないか?」
 強引な誘いだと自覚しつつも持ちかけると、戸惑う眼差しが返る。断られる可能性の方が高いと思っていたから意外だった。それなら何としてでも話をしたい。だって、せっかく会えたんだから。
 弘文は、中学時代の同級生だ。同じ合唱部で3年間を過ごした。弘文の澄んだボーイソプラノは、あのクリスマスチャペルの歌声は、今でも俺の好きな声ナンバーワンなんだ。
 もちろん、今ではもう声変わりしていて当然だけど、今少しだけ聞いた声も、優しくて綺麗だった。……綺麗、っていうのも変かもしれないけど、でも俺は、綺麗だ、って思った。澄んで優しくてやわらかくて。
「おいユキヤ!」
 ミノルに呼ばれ、俺は小さく舌打ちをすると弘文の腕をつかんだまま店へと戻った。ミノルの呆れた顔が出迎える。
「まったく、お前ホンット鉄砲玉だな! ──ええと、マノヒロフミくん? だっけ? ごめんな、こいつこんなで」
「あ、いえ。……前からこうだったから」
「あー、やっぱりそうなんだ……」
 苦笑交じりに弘文が返す。二人して容赦ねぇな。そういや弘文もおどおどしてそうで結構ハッキリ物事言うタイプだったっけ。俺の周りはそんな奴ばっかりだ。類は友を呼ぶかもしれないけど。
「何やら賑やかだね。どうかした? ……と、こちらは?」
 わいわいやっていると、店の中からマコトさんが出てきた。ミノルが俺の旧友だと告げるとマコトさんは俺と弘文を見比べて笑顔を浮かべた。
「そう。俺はアズママコト、一応ここの店長だよ。よかったら中入って待っててよ。こいつもう上がらせるから」
「えっ!?」
 驚いてマコトさんに目を向けると、思いっきり嫌そうな顔をされた。
「つーかお前邪魔。むしろ営業妨害。とっとこ上がれ、去れ」
「マコトさん……っ! ──恩に着る! 愛してるぜベイベー!」
「いらねぇ……」
「そんなコト言わずにとっときなって。ここもすぐに有名になるからさ、“ユキヤのオススメの店”って!」
「そんなのなくても実力で有名になるっての。なんたって俺が作ってるんだぞ」
「マコトさんのケーキ、マジ美味いからね!」
「おだてても何も出ないぞ」
「はいはい、わかってますって」
 振り返ると、弘文は眼鏡の奥で目を瞠っていた。俺らのやり取りについてこれていないらしい。
「弘文、ちょっと待ってて。すぐ着替えてくる!」
「えっ……、あ」
 ──帰り支度をした俺がコートを羽織りながら店の外に出ていくと、サンタクロースルックで販売を続けるミノルの後ろでマコトさんと弘文が何やら楽しげに話していた。こちらに顔を向けていたマコトさんが先に俺に気づき、その様子に弘文も振り返る。
「弘文、お待たせ!」
「お疲れさま」
「別にそんな疲れてないよ、販売は俺の二番目の天職だからね」
「二番目?」
「そ。──あっそうだ!」
 突如ひらめいた思いつきに、俺は弘文の腕をつかんで引き寄せた。とっておきの提案をするなら、やっぱり内緒話じゃないと。
「な、弘文。アレやらね?」
「アレ?」
「そ、アレ。せっかくクリスマスなんだからさ。歌おうよ、アレ。──弘文、今声出る?」
 弘文とは中学を出てから一度も会っていなかった。同窓会とか大勢人が集まるところには弘文は顔を出さないからだ。ほかの奴ともあんまり連絡を取っていないらしく、弘文の近況を知っている奴はいなかった。
 だから、弘文が今も歌をやっているのかどうかなんて知らないけれど。多少のブランクがあっても弘文なら歌えるはずだと俺は確信していた。
「う、うん……」
 うなずいた弘文は、展開に驚きながらも戸惑っている様子はない。これはちょっと期待してもいいかもしれない。
「よっし、んじゃ決まり!」
 背後を振り向くと、ミノルとマコトさんが成り行きを見守っていた。にやりと笑うと何をするつもりか察した様子で同じ笑みが返る。
 バイト早めに上がらせてもらうから、そのお礼もかねて。
「弘文、音くれる?」
 当たり前のように言った俺に、弘文も当たり前のようにうなずいた。軽く目を伏せて、身体の奥から音を探る。小さなハミングは、雑踏に掻き消されることなく俺の耳に届いた。受け止めて、同じ音で身体を満たす。
 目線を交わし、右手を軽く持ち上げた。知っているリズムで拍を取る。指を鳴らす。もう一度。
 3度目が鳴るタイミングで歌いだす。夜空に放たれる澄んだ声。

   silent night,holy night

 響く歌声に道行く人々が振り返る。誰もが知っている曲だ、でもきっとこんな歌はみんな知らない。この街で今この歌声を耳にしている人たちは幸せ者だ。
 何の変哲もない往来が、神聖なチャペルになったような。
 ああやっぱすっげーいい声。あわせて歌いながら、俺は頬が緩むのを感じた。クリスマスプレゼントにこれほど相応しいものもない。

   sleep in heavenly peace

 繰り返して、伸ばす。ラスト2小節。半分だけ伸ばして俺は叫んだ。
「nachst,Deutsche!」 

   Stille Nacht,Heilige Nacht

 はじめから打ち合わせていたように、弘文の口から今度はドイツ語の歌詞が飛び出した。やっぱりわかってた。そして覚えてたんだ。喜びに身体が高揚していくのがわかる。隣に目を向けると弘文も笑みを浮かべていた。
 その頃にはもうオーディエンスは周りを取り囲むほどになっていた。たった二人の歌声が、これだけの人を惹きつけられるんだ。これだけの人の心を、包むことができるんだ。みんなで熱く盛り上がる音楽もいいけど、こういうのもいい。弘文と一緒なら、なおさら。
 弘文の澄んだ声が、夜空を包み込んでいく。
 街中を満たす。
 俺の心に、皆の心に沁み込んでいく。
 聖なる夜のミニコンサート。

   Schlafe in himmlischer Ruh

「次は日本語!」
 前回より少し早いタイミングで、今度はオーディエンスに呼びかける。挙げた両手を手招きの形にして。
 さあ、今度は皆で歌おう。

   きよし このよる

 弘文の声に、皆の声が重なる。夜空の下、皆の心がひとつになる。
 それは至福の時間。聖なる一夜の奇跡のひととき。
 イルミネイションの彩りよりももっと綺麗に鮮やかに、街が輝く。

   ねむりたもう いとやすく

 右手を上げて、触れた音の先を手の中に受け止めた。軽く握り締めて、それが終止符。
 手を下ろして弘文と視線を交わす。微笑んで目をオーディエンスに戻すと拍手が沸きあがった。
 身体の奥が穏やかに満たされていた。
「ありがとうございまーす! クリスマスプレゼントってコトでお布施は結構ですよん♪ でもどーしてもって方は、ぜひ【ランダムタイム】特製のクリスマスケーキを買っていってくださーい!」
 おどけて笑うと周りからも笑いが起こった。弘文も、呆れながら苦笑を浮かべている。マコトさんとミノルにウインクを投げて、俺は弘文と二人、歩き始めた。
「あーっ、気持ちよかった〜!」
「はは、そうだね。──俺も人前であんなふうに歌うの久しぶりだったから楽しかったよ」
「あれ? お前今も歌やってるんじゃないの?」
 歌声を聴いてわかった。ブランクなんかない。今も歌ってるんだって確信した。
「え……と、うん、やってはいるけど。でもまた合唱だから、大勢の中の一人だし。中学の時みたいに少人数でどこかで歌ったりとかもないからさ」
「ふぅん、お前の声ならソロでいけると思うんだけどな〜」
「性格的に向いてないよ」
「そうか……。──あっ、じゃあコーラスは? バックコーラス!」
「え?」
「お前キーボード弾けるよな!? 俺今バンドやってるんだ、【ガイア】っての。キーボード兼コーラスで、一緒にやらないか?」
「え……」
 それはとても魅力的な、そして重要な提案だった。俺にとっても、ガイアにとっても。
「さっきのミノルもガイアのメンバーなんだ。ベース担当。あ、俺はもちろんボーカルね!」
「うん、それはわかるよ。ガイア……知ってるよ。合唱団の子が話してたから名前聞いたことある。……そうか、ボーカルのユキヤって、安藤と同じ名前だなって思ったけど本人だったんだな」
「え……っ、うそ、マジ!?」
 インディーズの中ではそこそこ有名になってきている自覚はあったし、そろそろメジャーデビューなんて噂されてるのも知ってたけど、まさか弘文にまで知ってもらえてるなんて思ってもみなかった。
「うん。──でもいいのか? ガイアってもう随分有名になってきてるだろ、いきなり新メンバーなんて」
「ああ。ちょうど良いキーボードがいたら仲間にしたいなって話をしてたとこだったんだ。サポートじゃできることに限りがあるし。──お前がやってくれたら、俺はすごく嬉しい」
 このチャンスを逃したら、俺は一生後悔するだろう。弘文との再会を、この夜の一瞬の奇跡を、思い出しては胸を痛めることになる。
 息を詰めて見守る俺の前で、弘文は小さく息をついた。控えめな笑みを浮かべた眼差しが俺を見上げる。
「どれだけできるかわからないけど。──俺で良ければ」
 あれだけ望んだことなのに、聞こえた言葉が望んだ答えそのものであることを理解するのに時間がかかった。頭に弘文の言葉が浸透していく。両手が勝手に持ち上がった。
「──やった!! ありがとう弘文!!」
 俺は弘文に抱きついていた。勢いに押されて弘文がよろける。
「今から俺んち来いよ。お祝いしようぜ、新生ガイアの誕生だ!!」
 街を飾るイルミネイション、人々の笑い声。
 そんな聖なる夜の一角で、運命の歯車が、今カチリと音を立てた。


                                           fin.




Message(from 氷牙)          2002.12.15

Happy Merry Christmas!!
昨年に引き続き、クリスマス記念フリー創作です。前回は相川らしからぬ(?)ポップでキュートな男女の恋物語(笑)でしたが、今回は男男の……でわなく(笑)、オトコノコ同士の友情物語です。ていうかサクセスストーリーの序章。
ポップでロックでホットなバンド【ガイア】のユキヤが出会う、人生最大の出会いの物語です。──って書くとまたあらぬ誤解を受けそうですな(^^;)。僕は彼らには純粋に仲間関係を希望していますが、HIRONAは熱烈にカップリング希望ならしいです。──勝手にしてくれ(爆)。僕の知ったことじゃない。
ガイアの今後については、書くかどうかはわかりませんが(をい)、とりあえずユキヤは僕のアタマんなかでいろいろと喚き散らしているので(うるさい男だ)全然カンケーない話にもいきなり顔を出すことがあるかも知れません。ヒロは人見知り気味ですからどうでしょうかね? ユキヤが引きずってきそうだ……。

さて。
クリスマス。聖なる夜の再会、奇跡の出会い。そして街を包む清らかな歌声。
そんなものが、今回のテーマです。
……と書くと高尚なイメージですが、主人公があんななのでこんな話(笑)。この時期、街中を歩くとあちこちでクリスマスソングが流れてきます。大学時代の相川にとってはクルシミマスソングでしたが(^^;)、でもイルミネィションに飾られた綺麗な街を歩くのは、当時も今も、大好きです(注:大学時代、相川は合唱をやっていました。教会音楽。冬の演奏会がいつもクリスマス付近だったのです……)。
ヒロの声については明確なモデルはいませんが、イメージとしては、ボーイソプラノ系の歌声。まあ、もう彼もオトナの男ですからそこまで高くはありませんが、低い系の美声でなくて高い系です。でも甲高い系じゃなくて、やわらかな、でもぼやけてはしまわない声。注文多いな、我ながら(笑)。声フェチ相川の好みの声と言って、わかる方にはわかっていただけるかと(笑)。ちなみにユキヤは、普段しゃべってる声はそれほどでもありませんが、歌声はけっこう低めです。それこそ地を這う美声でも可(笑)。でもバリトンかな。
──おっと。このままでは声フェチトークでコメントが終わってしまいそうです(^^;)。書きたかったのはふたりの歌声が街を包み、往きすぎる人々を惹きつけていくシーンだったのですが、さて、上手く書けているのか。歌詞はおなじみ「きよしこの夜」の、英語・ドイツ語・日本語バージョンです。始めと終わり、同じ部分を。この曲はさすがに著作権とかダイジョブよね……?(未確認ですが)

彼らの歌声が、あなたの心にも煌めきのひとときをもたらしますように。あなたが素敵な運命と出会いますように。
心を込めて。

from Hyoga & Hirona Aikawa @SuperSelfishSpace



★このお話は、期間限定お持ち帰りフリーです(12/15〜12/25)。
 ただし、著作権は放棄していませんので、掲載ページのどこかに“SuperSelfishSpaceの相川(氷牙orひろな ←どちらでも可)の作品である”旨を明記してください。また、このページで使用されている画像は素材サイト【Moonlit】からお借りしているものですので、同じものを使いたい方はここからDLするのではなく、【Moonlit】の素材利用規約をお読みになった上で、規約を守ってご利用ください。
 なお、このお話をお持ち帰り&サイトUPする際、報告やリンクの義務はありませんが、もしよろしければメールor掲示板でご連絡いただけると嬉しいです。感想も大歓迎です!




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