ソラノイロ





「あなたのココロの中で、空はどんな色をしていますか?」





 待ち合わせはいつも同じ。木陰もなんにもない、ただぽつんとベンチが転がっているだけの広場。滑り台もブランコも、砂場さえない、児童遊園の片隅。
 ホントに好きだな……と呆れながら、僕はぼうっと空を見上げるチカを見つめた。月からの迎えを待つかぐや姫のように、チカはいつでも空ばかり見ている。あきらめの息をついて、スニーカーの底が砂利を蹴った。気づいていないのか、チカはこちらを振り向きもしない。
 声をかけようとした瞬間、大きな瞳がくるりと動いた。
「ユーヤ。ちゃお♪ 遅いっすよ、遅刻だ」
「……っス。しょうがないだろ、部活だったんだから。帰宅部のチカと違って!」
「うん、知ってるよー。ユーヤ先輩、お疲れさまでした〜」
 先輩、だなんて、ただでさえ言われ慣れてないのに。チカにまでそんなこと言われたくない。早く大人にはなりたいけど(なんでなりたいのかまでは自分でもわかっていないけど)、チカの先輩になりたいわけじゃないんだから。
 だから僕はチカの言葉を無視することにした。
「また空見てたのか」
「うん」
 チカはあっさり頷いた。
「──あのね、大変。私すごいこと気づいちゃった」
 突然言うから、今度は何かと思った。チカの言う「大変」は、一大事というのではなくて、今まで思ってもみなかったようなこと、という意味だ。だけどもともとチカの考えは僕にとっては思ってもみなかったものばかりなので、この前置きはあまり意味がない。
「私、ソライロな空って、見たことないんだよね。スカイブルーな、鮮やかな空の色?」
 そう言われてみれば。
 東京の空は、それなりに綺麗ではあるけれど(だって僕も東京の空しか見たことないし、テレビで見るのは、見たって言うのか)、思い浮かべる”空色”の空とは、 どこか違う気がする。
「どー」
「ど?」
 空色。南の国の、胡散臭いまでに青い青い空。今日の薄曇りの空はもちろん、光化学スモックだってはねとばすくらいに綺麗な晴れた日の空でさえ、あの青さには敵わない。そんなふうに、テレビや写真を通じてかすめ取った空色のしっぽを追いかけていたから、僕はチカの発言を聞き逃したかと思って、思わず聞き返してしまっていた。
「うん。どー」
 どー、と言われて思い浮かぶ「ド」の音、つまり「C」または「ハ」の音で、チカが繰り返す。
「どーれーみーふぁー、そーらーいーろー」
 ちょっと待て。
「ソライロ?」
「うん。大発見、ソライロって、ソラシドなのね」
 そらいろー、と、また歌う。澄んだ声。透明色。空色?
「空色ー、きれいだぞー! そらいろー、そらいろー」
 そらいろ、とチカが歌うたびに、雲が晴れていく気がして驚くのも忘れてただ空を見ていた。胸の中に刻み込まれて、灼きついてはなれない気がした。
 ふと、影送りという遊びを思い出した。小学校の頃、本で読んで試してみたくて父に言ったら、ここじゃ広い空がないから難しいと言われたんだ。友達と一緒に学校の校庭でがんばって、目の見開きすぎで泣きながら、でも青い空に浮かんだ白い影を見た感動は、今でも鮮やかに思い出せる。
 鮮やかな、空の色。
 もしかしたら、チカはいつも影送りをしているのかも知れない。
 そんなことを、思いついてみた。
 チカがいつも空を見上げているのは、空に送られた誰かの影と、話をしているからかも知れない。それとも、話をしているのは空自身となのか。
「チカ、」
「ん〜?」
「空色、見てみたいね」
 きっと空色の空を見上げるチカはもっと綺麗なんだろう。鮮やかで、忘れられなくなりそうに笑うんだろう。
 僕の言葉に、チカはきょとんとした顔をした。僕は空を見上げて答えをもらって、チカを見下ろす。答えを見つけて、チカの大きな瞳がもっと大きくなった。
「今度さ、空色の空、見に行こうね」
 言って笑った。




                               fin.





コメント(by氷牙)     2002.6.15

5月19日の『同人誌市場』合わせの無料本。──無料本3種類同時発行なんつー無謀なコトをしてみた第1弾(第2弾があるのかは謎)。
5月の日記(語弊有)にも書きましたが、仕事中、ふと外の景色を見て思ったことが、この話のもとになっています。ですが相川、チカちゃんほどにはいっつも空見てるわけではありません(笑)。本文中や日誌・あとがきなど随所に書いているように、相川の思う“空色”は、アリゾナの空か何かのような、抜けるようなブルー。スカイブルーよりもうちょっと濃い感じ?(ちなみにこのページのバックは“スカイブルー”で設定してみました) 真っ青な、ずっと見てたら目つぶれちゃいそうな(笑)、鮮やかな空の色。
ちなみに連載中のお話『メルーカ』に出てくる主人公・メルちゃんの虹彩は普通のスカイブルーくらい。あの舞台は赤土の砂漠みたいなトコなので、“風のない日の空の色”という表現を使わせていただいております。フレルはもうちょっと鮮やか。
空。昼の空も夜の空も両方好きです。突っ立って見上げてんの好き。ひとりでアヤシイヒトですが(^^;)。そしてずっとやってると倒れそうになりますが(^^;)。
相川が書きたいもののひとつに、“一生忘れらんなくなりそうな瞬間”というものがあります。瞬間とか、人でもモノでも台詞でもなんでもいいんだけど。灼き付いて離れない、鮮やかな傷痕。影送りってそんなイメージ。皆さん知ってます? この遊び。自分の足元にある影をね、瞬きしないで10秒くらいじっと見つめて、青空をあおぐの。そうすると、自分の影が、大きく白くなって、空に映るんですよ。もうすごいんです。ちょっと広めの青空がないと出来ないんですが。やったことない方、ぜひ一度やってみてくださいませ。



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