Lucky?俺の名前は大浦七星と言う。7月7日、七夕生まれ。名前の由来はこの誕生日から来て いるらしいが、誰がどう見たって北斗七星にちなんだとしか思えない。性別、男。でも “ななせ”という名前からはどちらかなんて分からないから、困る。別に取り立てて女顔 なワケじゃない。男らしい顔、とはお世辞にも言えないけれど。たまにふざけてナナちゃ んとか呼ばれるのがイヤなのだ。そう、大浦、という名字は別に呼びにくくもないし、ク ラスや学年でだぶることもそうないはずなのに、小学校の時からずっと、俺は下の名前で 呼ばれることが多かった。幸いかどうかはわからないが、七瀬という名字も周りにいなかっ たこともある。というより、そもそも俺は名字にしろ名前にしろ、ナナセサンという人は、 女性歌手と小説の中の超能力者しか知らなかった。 * * * 「ななせ!」 「「はい?」」 呼ばれて振り返ったら、すぐ隣からも返事が聞こえた。 「「──え?」」 声のした方を振り向くと、頭一つ下がったところにまん丸の目があった。陽差しの下で 見ても黒い瞳。茶けた髪の子が多い今時、珍しいくらいの真っ黒な髪だ。日本人形のよう な、さらさらストレート。 「え、っと……。──君も、ななせって言うんだ?」 「あ、はい……」 どうやらこの子はモトから目が大きいらしい。そう思い見とれていると、懐かしいダミ 声が割り込んできた。さっき俺を(?)呼んだ、あの声だ。 「おおっ、誰かと思ったら七星じゃないか。ひさしぶりだな」 「風間先輩、お久しぶりです。──ってことは、今呼んだのはこっちの?」 「おう。七瀬むつみ。サークルの後輩だ。かわいかろー。だが残念なことにまだ俺の彼女 じゃないんだなあこれが」 聞いてもいないことまで勝手に言い足して、先輩は一人、うんうんと頷いている。幼な じみの彼女がいるくせに。風間先輩は、俺の高校の2コ上の先輩で、在学中はもとより、 卒業してからもとってもお世話になった人だ。ただちょっとお調子者過ぎるところがあっ て、俺にナナホシナナセなんて嬉しくもないあだ名を付けてくれたのもこの人だ。今みた いなセクハラまがいの言動もままあるが、軽いキャラが救いになっている。 「七瀬。こいつは俺の高校の後輩で、ナナホシ……」 「だーっ! 違うでしょ! ──七瀬むつみサン、初めまして。俺は大浦七星って言うん だ、よろしく」 「おい七星、年上の人に向かってなんて口の利き方だ」 「えっ、年上? ──同い年かと思った」 思わず本音を口にすると、その子──その人は、軽く肩をすくめて首を傾げた。さらさ らの髪が揺れて、音がしそうだ。 「気にしないで、慣れてるから。──それにしても、風間先輩と同じテンションで話せる 人って、私初めて見ましたよ」 「そりゃそうだ、俺の直弟子だからな」 「はぁっ!? 何言ってンすか! ただの部活の後輩でしょが」 「だから弟子だろう」 「なんで……っ!」 言い合う俺らを眺めて、むつみサンがくすくすと笑った。さらさらの髪が、また揺れる。 「風間先輩、バドミントン部だったんでしたっけ」 「おう。──よく覚えてるな。そう、バドミントン部のキャプテンだったのだ!」 「いばるほど強くなかったでしょ。──むつみサンは? 高校の時は何やってたんですか?」 話を振ると、むつみサンは左側に少し首を傾けた。 「私は中学の時からずっとテニス。好きだからやってるだけで、あんまし上手くないんだ けど」 そう言われて見ると、五分丈の袖からのぞく腕は、確かに右腕の方が少し太い。 「右利きなんだ」 「え? ああ、うん。昔は左利きだったらしいけどね。今はもう、左手はほとんどダメ」 「そうだったのか、それは初耳だ。俺は左利きだぞ。天才だからな」 「あんたは紙一重の方でしょ」 「なにっ!? 俺がそうならおまえも同類だぞ」 「だからなんで……っ。それに、俺もむつみサンと同じ“モト”左利きですもん」 俺の言葉は、俺の耳にはちょっとだけ自慢げに響いた。 「え、そうなんだ?」 「はい。──なんか、奇遇ですね。3人が3人とも左利きだなんて。すごいや」 「あら、生まれたときは、右利き左利きの割合は半々ならしいわよ。ホントは左利きの方 が多いって説もあるし」 ひとしきり利き手の話で盛り上がり、じゃあまた、と芸のない挨拶で別れた頃には、俺 はすっかりむつみサンに好意を抱いていた。 * * * むつみサンは物知りだ。っていうか、なんか妙なコトをよく知っている。だから時々、 ちょっとよくわからない例えをしたりすることがある。たとえば。 「七星くんてさ、オオウラって、大浦天主堂の大浦?」 「オーウラテンシュドー? ──ああ、うん、そう」 一昔前の日本ブラジル間衛星中継のようなタイムラグの後、俺はこっくりと頷いた。 「むつみサン、あんたその例えわかりにくいですよ。フツーはさ、大きいに浦和の浦とか、 もっと簡単な例え出すでしょ」 「だってそれが最初に浮かんだんだもの」 「ヘンだよヘン」 「なに〜っ? サンズイに杜甫の甫って言うよりマシでしょう?」 「トホ?」 「中国の詩人の」 「ああ、杜甫。──よくそんなん覚えてんなぁ……」 「文学部国文学科ですから、私」 えっへんと胸を張る。淡いすみれ色のサマーセーター。大きくはないけど形の良さそう なラインが……って、何考えてんだ俺。 「どーせ俺は理系でも文系でもないケーザイですー」 心の動揺を悟られないように、わざと拗ねた言い方をする。するとむつみサンは、真っ 黒な目をまん丸に見開いて、そんなことないよ、と言った。 「そんなことないよ、すごいじゃん。経済って、世界を動かすんだよ? それに文系でも 数学できないと経済学部入れないんだし。七星くん、数学得意なんでしょ?」 「得意ってほどじゃ……」 「数学できる人って尊敬しちゃう。私、算数は得意だったんだけど、高校入ったときには もうダメダメになってたなぁ。ビブンセキブンとか、名前聞いただけで頭痛くなっちゃう。 ──セブンイレブンは好きなんだけどなぁ」 褒められて照れまくっていた俺は、最後の台詞に固まった。 「むつみサン、それ、寒すぎ……」 「えへへっ、やっぱり?」 わずかに首を傾けて、肩をすくめる。 「ちょっとおなか空いたからさ、マックのホットアップルパイが食べたいなと思って」 「は? セブンイレブンじゃマックの振りになんないでしょ……」 いーからいーから、と先に歩き出す小さな背中にため息をつく。ごしごしと鼻を擦って、 俺もその後に続いてジーパンの足を踏み出した。 * * * 「やあナナホシくん、元気にしているかね?」 「その呼び方やめてくださいって……」 後ろからがしっと肩を抱かれ、げんなりと、無駄と知りつつ一応の抵抗を試みる。 「なんだどうした元気がないぞ。失恋でもしたか?」 「はぁっ!? 何言ってんすか!」 冗談じゃない! 縁起でもないこと言わないでくれ。 豪快に笑って、風間先輩はバシバシと人の肩を叩いてくる。スナップ効いててマジで痛 いからやめて欲しい。 「七瀬むつみから聞いてるぞ。なかなか順調なお付き合いをしているようじゃないか。─ ─良き先輩後輩として」 ぐ……っ、ヒトの気にしていることを……。 恨めしげに睨み上げると、先輩はまたガハガハと笑った。 「まあがんばれ青少年。才色兼備でおまえにはもったいないような子だが、応援はしてや ろう。手助けはしてやらんぞ」 「いらないっす」 てゆーか手助け(と書いてジャマと読む)はしないでくれよ先輩。 「しかしおまえ、男で良かったな!」 「は?」 突然の話題転換に、ついていけずに間抜けな声が漏れた。この場合の先輩の「しかし」 は「ところで」とか「それはさておき」という意味だ。──なんでそこで逆接の接続詞が 出てくるのかは謎だが、とにかく先輩の口癖である。 「おまえが男でむつみが女で良かったな、と言ったんだ。逆だったらおまえアレだぞ、結 婚したら七瀬七星になるんだぞ、呼ぶにも書くにもカッコ悪かろう」 「けっ、けっこん、って……っっ」 いきなり何を言い出すんだこの人は。まだ好きだとも付き合おうとも言えてないのにそ んな先のことなんて。 「いやいやわからんぞ。何でもアリの世の中だ。ほら、一寸先は闇と言うだろう」 「言うけど用法違いますって。先輩ホントに文学部ですか」 「おう。文学部英文科の三年だ。すごかろう」 「何がだ何が」 思いっきり顔をしかめて呟くと、先輩はまた笑い声と同じ豪快さで背中を叩いてくる。 だから痛いんだってばあんたの手は! 「ま、七星ちゃんも男なら女の子に言わせるようなマネはするなよ」 最後に思いっきり手首を効かせた一発をくれて、先輩は嵐のように去っていった。 「いっ、てぇ…………」 呻いて背中をさすりながら、先輩の消えた方角に恨みのこもった目を向ける。と、最後 の台詞が頭の中によみがえった。 ──え? それって、俺、期待してもいいのかな……? * * * 「あ゛〜くっそー、このイングリッシュがぁ〜〜っっ」 呻いてファミレスのテーブルに突っ伏した俺の顔の下には、赤いサインペンででっかく TryAgain!と書かれた英語の解答用紙がある。 「まあ、誰にでも得手不得手はあるものだ。がんばりたまえ」 「──ちょっとそれ嬉しくない」 風間先輩の口マネにさらにがっくり来た俺の頭を撫でて、むつみサンがくすくすと笑う。 「七星くんがここまで英語不得意だとはねー」 「よくココ入れたな、って自分でも思うよ」 「あははっ、誰もそこまで言ってないでしょうに」 軽い笑い声を立ててから、クリームソーダを一口だけ飲んで、むつみサンはことんと首 を左に倒した。 「ねぇ、なんで私に聞きに来るの? 英語なら、それこそ風間先輩が得意じゃない」 「あの人に借りを作るくらいならヤクザに金借りた方が500倍マシ」 半分冗談だが半分本気だ。俺の答えにむつみサンがまた笑う。 「それに男に教わるより女の人に教えてもらった方が楽しいじゃありませんか」 それにですね、俺はあなたに教えてもらいたかったんですよ。とは、ちょっと言えない 小心者の俺。 「あ、その発言は男女差別だぞセクハラだぞ?」 鼻先に指を突きつけられ、めっ、とかわいく睨まれた。──ああ、この指ぱくって食っ たらむつみサンどんな顔するかな。とは、思ってもとてもとても実行に移すことなどでき やしない。思うは易く行うは難し。 「学科の子は? 女の子いるでしょ」 「ケーザイ学部は女の子少ないんです。それに、ほら、俺ってばシャイだし」 「なーに言ってるのこのコは!」 ぺし、と頭をはたかれた。痛いぞ。いや、はたかれたことではなく。──このコ、とき たか。痛すぎる。 「うう〜、なんでこの世に英語なんてものがあるんだ……」 「それは地球上の英語を母語とする人たちに失礼よ。君だって、日本語なんて……って言 われたらイヤでしょ」 不満の矛先を罪のない英語に向けたら、真面目に諭されてしまった。 さすが国文のヒトだ、日本語を愛しているのだろう。変なトコに感心して、つまりはま た一つ惚れ直してしまった。 真顔になった俺に、自分の言葉に納得したと思ったのだろう、むつみサンは満足げに頷 き、おもむろに口を開いた。 「ねぇ、七星くん。ラッキーセブンて言葉の由来知ってる?」 「へ? ──いいや」 「あのね、7って“たくさん”て意味があるのよ。七色の虹みたいに。ああ、七転び八起 きとかもそうよね。──で、同じこと何度もやってさ、何度も同じ失敗してると、だんだ んイヤになってきちゃうじゃない? もうダメかもとか思っちゃうでしょう。でも、それ でも負けないでがんばると、やっと成功が与えられるんだよ、って」 「へぇ……」 感心してため息をついた俺に、むつみサンはきょとんとした顔で首を傾げた。 「──なんてね?」 斜めに並んだ黒い瞳が、いたずらっ子のようにきらりと光る。 「はっ!?」 「今のは私の説。ホントはどうか知らない」 「なんだよ……。せっかく感心したのに」 「ふふっ、七星くんて素直だもんね」 「よく言えば、ね。──そのおかげで、風間先輩のいいエジキですよ」 唇をとがらせて頭に手をやると、むつみサンはまたくすくすと笑った。 「なに?」 「七星くん、それ、クセだなって思って」 「それ?」 「うん、それ。そうやって髪の毛掴むの」 髪に触れている手を指差されて、今までの自分を思い返し……。 「そう言われてみれば……」 「不満までは行かないんだけど、ちょっとむ〜んって感じのトキにいつもしてる」 「そうなの?」 「うん。──気づいてなかったんだ?」 「今言われて気づいた」 「そうなんだ……。──私は君のクセ、まだ知ってるよん♪」 得意げに言われて、ぎくりとする。それって俺自身も知らない、みっともないトコとか 見られてるかも知れないってコトだろ!? 「ふふっ、なくて七癖、って言うからね。さてさて七星くんは一体いくつクセがあるので しょ〜うっ!」 むかっ。面白がってんなこの人。 「あっ、ほら、またやってる。あんまり何度も引っ張ると、そのうち髪の毛抜けちゃうよ?」 「な……っ!? なんてコト言うんだ失礼な! うちはハゲ家系じゃなくてシラガ家系で すっ!」 「あっそうなんだ、奇遇だね、うちもシラガ家系だよ。おそろいおそろい♪」 え、そうなんだ。ちょっとラッキー。──じゃなくてっっ! 「ほら、アイスあげるから元気出しなさい」 はい、あーん。声つきで目の前にスプーンを差し出され、反射的に口を開けてしまった。 ひんやりバニラアイスの甘さが口の中に広がる。 「甘いものは頭の栄養補給に良いんだよ。疲れも取れるしね」 そう言って向けられた笑顔にどきりとした。そんな優しい目、俺に向けてくれるの。も しかして、さっきのラッキーセブンの話も、俺のこと励まそうと思って……? 風間先輩の言葉が思い出される。 期待しちゃうよ、俺。 そんな俺の心を知ってか知らずか、無邪気な黒い瞳が俺に笑いかける。 「さ。気持ち入れ替えて、もうひとがんばりしましょ?」 素直に頷いて、俺はまた異国の言葉との格闘を始めた。 * * * チャンス。 掲示板にぺたぺた並べられた札を眺めて、俺は内心ガッツポーズをした。 目の前には、「休講」やら「補講」やら書かれた札が数枚ピンで留められている。その うちの一枚、いかにも今朝になって貼られましたというような一番隅っこで、見つけたら ご褒美と言わんばかりに並んでいるのは、今日の3コマ午後イチの俺の講義のものだった。 むつみサンは確か、もともと3コマがない曜日のはずだ。 すかさずケータイを取り出し、液晶画面とにらめっこすること数秒。──落ち着け俺。 別に初めて電話かけるわけじゃないだろ。 と思ってから、ふと何かが引っかかって、爪の先で梳かすように右眉を撫でる。これは 俺の考え事をするときのクセだ、──と、最近気づいた。 いままで、むつみサンに電話した回数…………、6回、だ。たぶん。 てことはコレは7回目。 ラッキーセブンて、ホントかなぁ……? ケータイに聞いても答えが返るはずもない。 ええいっ、担げる縁起は何でも担げ、浜崎あゆみも歌っているっ! がんばれラッキー セブン、今こそ御利益の発揮しどころだっ!! 我ながら訳の分からないことを喚いて(俺ってちょっと風間先輩に似てきた……?)、 履歴の中からむつみサンの名前を探す。 「おはよう、どうしたの?」 コール2回で、むつみサンの声が聞こえた。──早え、手に持ってたのか? 「ああ、おはようございます。──あのさ、今日って3コマない日でしたよね? 俺、休 講になったんだ。良かったら昼メシ一緒にどうですか」 「お昼? ──う〜ん、そだね、いいよ」 やった! * * * 「──へぇ〜、七星くんがこういうお店知ってんのって、ちょっと意外」 店内をぐるりと見回して、むつみサンが呟く。ちょっと洒落た喫茶店風に照明を落とし た店内には、程良いボリュームでクラシック音楽が流れていた。 「こないだ、友達が彼女とココに来たって言ってて、話聞いたら良さそうな感じだったか ら。でもほら、一人で来てもつまんないでしょ。ヤローと来んのも何だし。──それに、」 むつみサンが好きそうだと思ったから。言いかけた口は、むつみサンの笑顔に阻まれた。 「ふふっ、私、こういう雰囲気好きだな。──七星くんも、そう思ってくれたんでしょ?」 小首を傾げて覗き込むように見上げられて顔が熱くなる。店内の暗さに救われた。 シンプルな制服のウェイトレスに案内されて席に着く。席はほとんど埋まっていて、あ と5分来るのが遅かったら、ずいぶん待たされる羽目になっていたと思われた。ちょうど 良かったな。 メニューはけっこう豊富で、スタンダードなものとそれにオリジナルのプラスアルファ を加えたものが多い。個性をはき違えた突拍子もないメニューも多い最近では、逆にこの シンプルさが良い。注文を聞きに来るタイミングや料理が出されるまでの時間もちょうど 良くて、俺たちはこの店をすっかり気に入ってしまった。あ、料理がおいしいのはもちろ んだ。 デザートのレアチーズケーキを半分ほど食べたところで、俺はついに勇気を出すことに した。 「むつみサン、あのさ、」 思い切り吸ったはずの息が、もうほとんど残っていない。顔を上げたむつみサンと目が 合って、もう一度息を吸ったまま一瞬固まった。 「むつみサン、俺、むつみサンが好きなんだ」 ──言った! 固唾を飲んで見守る俺の目の前で、むつみサンは視線を落として手に持ったフォークの 先を揺らし、うん、と頷いた。 「うん、そだね」 そだね、って……。 対応を決めかね何も言えずにいる俺に、ちらっと視線を向けて黒い瞳が笑う。 「うん、ありがと、嬉しい」 「えっ…………?」 反射的に漏れた声は、自分でも情けないと思うくらいに上ずっていた。 「なによ、その反応」 「えっ、だって、……えっ、うわ……」 あとからやってくる実感ってこういうのを言うんだろうか。嬉しいって、それってむつ みサンそれOKってコトですよね!? 思わず身を仰け反らせた俺に、むつみサンが吹き出した。 「やだ、なにそれ。もしかして何の勝算も手応えもナシに言ったの?」 「いやそんなことは……」 だけどホントにそういう答えが変えてくると……、うわ、すげー嬉しい。ああ、なんか 汗かいてきたぞ。 「私も好きだよ?」 明るい陽差しの下でも黒い瞳は、薄暗い店内ではなおさらその黒さを増して、照明を返 して艶めいてさえ見える。 「う……っ、うん、────嬉しい、です」 やべぇ、すげー嬉しいけどすげー恥ずかしいぞ。 「それで? もう一言何か言ってくれないの?」 おねだりするように見上げられて、俺は真っ赤になった。──たぶん。 「……あのっ、むつみサン、俺と……付き合ってください」 「うん、いいよ」 あっさり返して、むつみサンはレアチーズケーキを一口ぱくりと食べた。飲み込んで、 肩を上下させてため息をつく。 「あー、良かった」 「へ?」 「七星くんが言ってくれて」 そう言って肩をすくめる。 「七星くんて私のこと好きだよなーとは思ってたんだけど、なかなか言ってくれそうにな いからさ、今日、私から言っちゃおうかと思ってたんだ」 そ、そうだったのか……。それは、今日告白して良かったのか惜しかったのか。いや、 でもやっぱり良かったのか。 「だから良かった、七星くんから言ってくれて。──だって、やっぱり言われた方が嬉し いもんねぇ?」 「そ、それって……、むつみサン、確信犯?」 思わず呟くと、露骨にむっとした顔をされた。 「ちょーっとぉ、人聞きの悪いこと言わないでよ。私だってそれなりに悩んだりしたんだ から」 「そうなの?」 「そうなの! もう、そういうコト言うとココおごらすぞ!」 「あ、いいよそれは。もともとそのつもりだし」 「ええっだめだよ、そんなのダメ! 自分の分はちゃんと自分で払います」 自分でおごらせるとか言ってたくせに。真面目な顔でそんなことを言うあたりがむつみ サンだ。 「一度くらいおごらせてくださいよ。実はヒソカに男の夢なんですから」 「そーゆーのは自分で稼ぐようになってからになさい」 「ちぇっ……」 じゃあ俺バイトしよっかな。短絡的に口にした俺に、むつみサンはさらりとすごいこと をおっしゃった。 「してもいいけど私と会う時間もちゃんと作ってね」 うっわ、むつみサンてそーゆーこと言っちゃうヒトだったんですか。 フォークごとレアチーズケーキを落っことした俺に、黒い瞳の小悪魔が笑う。 「な〜んてね♪ ──それにしても、私、女の子で良かったな」 は? ──なんか、イヤな予感がするぞ。 「私たちって、ナナセって名前が縁で出会ったワケじゃない? 二人とも同じ性別だった ら、良い友達にはなれるだろうけど恋人になれたかどうかはわからないし。それに私が男 で君が女だったら、将来結婚したら七瀬七星になるんだよ? ちょっとカッコ良くないよ?」 「むつみサン、それ、風間先輩と同レベル……」 やっぱり……と思いつつ呟くと、うそぉっ!?と絶望的な悲鳴が上がった。 「それは国文科として名誉を挽回せねば」 関係あるんですかそんなの。てゆーか名誉って……。 そこから話はどんどん脱線し、結局いつものように色気もへったくれもない話に終始し てしまった。 だけど、会計を済ませて店の外に出たとき、俺を見上げたむつみサンの瞳が、ちょっと 照れくさそうにしてて、いつもよりもかわいかったんだ。 ある初夏の日の午後、俺は生まれて初めて自分の名前に感謝したのだった。fin. コメント(from 氷牙) 2001.7.19 キリ番踏んでいただいてからさしあげるまでに半年もかかった777HITリク(^^;)。何とか7月7日七夕、最終締め切り(笑)前にお届けすることができました(ほっ)。史上最高にネタが浮かばなくて、困り果てた、思い出深きお話でもあります。 スランプ、ってヤツですか?未だに脱却できていない気が。構成力のなさに地団駄踏みまくり。 お題はシンプルに「スリーセブン」、もしくは“7”三題話、とのことでしたので、結局後者を選ばせていただきました。“7”から連想する言葉を3つ使って話を作る、と。……でもちょっとわかりにくいかな?(^^;) まずひとつめ、主人公2人の名前に共通する『ナナセ』、初っぱなからなんだかズルくさいですねぇ(苦笑)。それから『ラッキーセブン』(の由来)、作中にあるのは七瀬嬢の説ですが、ホントは野球の試合で7回目にチャンスが来ることが多い、ってトコから来ているらしいです。最後が『なくて七癖』、そんなマイナーな……(笑)。登場人物3人それぞれに、クセになっている言葉や仕草があります。ちなみに、風間先輩の口癖「しかし」は、実は相川の口癖だったりして(笑)。 時々ね、こういうバタバタした感じの話が無性に書きたくなります。しかし(←あっ)長いぞ、馬鹿な掛け合いばっか書いてるからだな(^^;)。書いている方は楽しいんですが。 学生時代の、ばかばかしくも愛おしい友人たちとの会話なんか思い出していただけたらうれしいですね。 あ、そういやこのタイトル、1文字ずつ色が違うのは、ちらっと虹色を意識しているからなのです。だからコメント上のラインが紫なのだな。 |