White Feather


 靴底を通して、寒さがしみこんでくる。立春を過ぎ、暦の上ではもう春だが、この街で
は今が一番寒い季節だ。
 手のひらに息を吹きかけると、小さな薄い雲が、すぐに冷気にとけていく。それでもわ
                         ナルミ
ずかな水蒸気は、なけなしの肌の温度をさらに奪って、成海は両手をこすり合わせた。
「成海くん!」
 肩の後ろから、あたたかいものに包まれる。大きな白いマフラー、いや、ストールとか
いうやつだ。成海がゆっくり振り向くと、ふんわりパーマをかけた髪の20歳くらいの女
性が立っていた。
   ワカナ
「……若菜」
 かかとのある靴を履いても15cm高いところにある成海を、見上げるようにして若菜
が口を開く。
「おまたせ。――ごめんね、寒かったでしょう?」
「うん。すげー寒かった」
「中に入って待っててくれても良かったのに……」
「お前だって寒い中走ってくるだろ。おれだけ中でぬくぬくしてるわけにはいかないよ」
「ふふ、すごい成海くんらしい」
 若菜の背を促して歩き始めた途端、携帯が成海を呼んだ。画面に表示されている相手の
名を見て、成海は小さく舌打ちをする。
    フ ワ
「はい、不破です」
「おおー、不破ぁ! 今どこだ! 飲むぞぉ!」
 すでにすっかりできあがっている大声が、若菜の耳にまで聞こえた。成海は思わず携帯
を耳から引き離し、顔をしかめている。
「……先輩、また飲んでんですか」
「当たり前だ! 寒い夜は飲むに限る!」
 なんだよそれ、成海の呟きに、若菜は声を殺して笑った。
「近藤先輩、すいませんけど、今日は大事な人の誕生日なんです。――じゃ」
 それだけ言うと、成海は通話を切ってしまった。ついでに電源まで切ってしまう。若菜
が目を丸くして成海を見上げた。
「成海くん!? いいの……?」
「いいんだよ。留守電にしとくと好き勝手なコト吹き込まれるからな」
「会社の人間関係は大事にしなきゃだよ?」
「安月給の新入社員を連日飲みに連れ出そうって方が悪いんだよ」
「でも近藤先輩、ほとんど出してくれるんでしょ?」
「それにしたって限度があるさ。――さあ、行こう」
 小さくため息をついて、気持ちを切り替えレストランの扉をくぐった。


「若菜、誕生日おめでとう」
「ありがとう。――ふふっ、やっと追いついたね」
「でも2ヶ月もすれば、またおれの方が年上だよ」
「そうなんだよねぇ……。結構大きいよね、学年は一緒でもさ」
「そうか? あんま早く生まれても、みんなに年寄り呼ばわりされるだけだよ」
「ふふっ、そういえば言われてたねぇ。でも私、ずっとみそっかすでみんなに置いてきぼ
りにされないようにって思ってたから、ちょっとうらやましかったな」
 ロゼワインのピンクを透かして、若菜が軽く首を傾げる。少し拗ねたような口調と思い
がけない台詞に驚いて、成海は目を瞬かせた。
「若菜……?」
「なーんてねっ、うっそっ!」
 さっきと反対の側に首を倒し、若菜はにっこり目を細めた。
 両頬にひとつずつ、ぽっこり大きなえくぼができている。得意げな気分の時に現れるえ
くぼに、成海はしてやられたことを知った。
「おっ……まえなあ……」
「うふふっ、びっくりした? ごめんね?」
 えくぼのできた頬はワインと同じ色に染まり、ゆるくパーマをかけた髪がその縁でふわ
ふわ揺れる。
 いたずらが成功した子供のように喜ぶ若菜を見るうちに、成海の頬もゆるんできてしま
う。
 二人は顔を見合わせて笑い、グラスを掲げてもう一度乾杯をした。


「――――うわあっ、さっむーいっ!」
 外に出た途端に肌を刺す、凍りそうな空気に声を上げ、若菜は2・3歩走ってくるりと
回った。
「なんでうれしそうなんだよ」
 寒さにすでに肩が固まっている成海は、怪しいものを見るような目で若菜を見ている。
「だって、雪降りそうじゃない?」
「雪ぃ……?」
「そ。降んないかなぁ? 降るといいな、ゆきゆきっ」
「ええ、やだよ。明日会社行くの大変じゃん」
「なんでそんなこと言うのー? 雪、きれいじゃん」
「きれいだけどさぁ……」
 電車は遅れるし道は滑るし後が汚いし……。すっかり現実的な大人の思考になっている
成海に構わず、若菜は雪雪と唱えながら跳ぶように歩いている。
「降らないかなぁ?」
 首を傾げるように空を見上げて、そのまま若菜が動きを止めた。
「――――ぁああっ、雪だぁ……っ!」
 3秒ほどの沈黙の後に聞こえた叫びに、成海が顔を上げる。
 天を仰ぐと、灰藍の雲の合間から、白い光が降ってきていた。
「うそだろ……」
 呆然と立ちつくす成海を、はしゃいだ声が呼び戻す。
「成海くん!」
 視線を向けると、くるりと一回転した若菜が、ちょうどこちらを向いて止まるところだっ
た。白いコートの裾がふわりと広がり、マフラーのように首に巻いたストールの端も、若
菜の動きに合わせてゆっくりと肩に落ちる。
 ――天使かと思った。
 思わず息をつめて、成海は若菜を凝視していた。ちっとも返事をせず、ぴくりとも動か
ない成海に、若菜が不思議そうな目をして首を傾げる。
「成海くん? どうしたの?」
「え。――ああ、何でもない」
 そう言いつつ成海は赤くなった。
 ――何考えてんだ、おれ。
 少しひんやりした指先が頬に触れる。間近に近づいた小さな身体を、成海は抱きしめた。
「なぁ、若菜、結婚しよう」
「…………え?」
「今すぐにじゃないけど、今はまだ、おれ自分が食ってくだけで精一杯だけど、今から少
しずつでもお金貯めて、……結婚しよう?」
 穏やかな声は、緊張こそしているものの平静で、成海が前からそれを考えていたことを
うかがわせる。
「うん、いいよ」
 遊びに行こうと誘われるのに答える時と同じように、若菜は答えた。そうすることが自
然だと思った。自然に友達になり、自然に恋人になった自分たちは、同じように、自然に
当たり前に夫婦になるのが、きっと似合う。
 大きな雪の粒が、ちぎれた綿菓子のように降ってくる。
「――でも、不破若菜って、ちょっと言いにくいね」
 イナミ
「井波成海よりマシだろ……」
 舌噛みそう。呟いて、二人は笑った。
 羽毛のように、綿菓子のように、雪の粒が二人のまわりを舞っていた。


                                       fin.


コメント(from 氷牙)          2001.1.19

はい、初めてのオリジナルキリリクは、Ayumiさんの掲示板200HIT記念、お題は「ふわわ」です。
イメージだけは、リクを頂いてすぐにできていたんですが、なにせ、パロディの方でいろいろと溜め込んでしまっていたので、なかなか手をつけることができなかったのでした(^^;)。

ふわわ、ふわわ……と呟いて、相川の心に浮かんだものは、
“ふわふわ”、“ゆき”、“巻き毛”。
そして‘天使かと思った’という一言も、最初のキーワードとして浮かんだようで、ノートにメモされていました。
で、結局ふわふわと雪の舞う中でほんやりラブ(笑)な人達の話に。23才という、中途半端な年齢設定が、個人的には気に入っています。しかし若菜ちゃん、ちょっと子供っぽくなりすぎたな。最初はもっと、それこそ天使っぽいイメージだったのに。
そしてこれを書き終えた翌日、東京は初雪が降り、もしかしてこれのせい……??と思った、相川でありました。

しかし、壁紙探し、今回も難航しました。タイトル『WhiteFeather』なのは、別にラルクの曲から取ったわけではないんですが、羽のような綿菓子のようなふわふわの雪、というイメージで、あちこちうろうろして……。雪の結晶の壁紙はけっこうあるんですが、ふわふわ雪は、あんまりないんですよね。触るとあったかそうな、見ててわくわくするような、そんなかんじです、うん。



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