あ。またあの人だ。
足をそろえて立ち止まり、手に持った傘を心持ち上に持ち上げる。
雨の日、この時間、この道を通ると、いつも出会う人。
あの人を見かけるようになってから、雨の日が好きになった。前は大嫌いだったのだ。
夏の蒸し焼きにされそうな雨も、冬の凍りつきそうな雨も、霧雨も、土砂降りの雨も。
道を往く人々も、雨に打たれて打ちひしがれて、心は雫を吸って重く淀んで、雨を遮る
傘でさえ、罪人に課された重りのようにのしかかっている。
そんな風に、思っていたのに。
その人は、雨の中を、まるで上天気だと言わんばかりに楽しそうに歩く。るんたった、
と弾むリズムがまさしく似合う足取りで。時々、本当にスキップをしていることさえある。
パシャリ、と跳ねる水でさえ、あの人の周りでは楽しく踊っているように見えるから不思
議だ。
あの人からは、きっとこちらは傘の影になって見えないのだろう。雨の中、中途半端な
位置で立ち止まっている不審者には構わず歩いていく。──いや、不審者と言ったらあっ
ちの方がよほど怪しいのか。
あ。今日はその曲なんだ?
思ってくすり、唇で笑う。
その人はいつも、雨の中を歩きながら鼻歌を歌っている。雨の歌だ。童謡が多い。
あめ〜がふってきた〜 うったを〜っ うたぁって〜
幼い頃は、よく歌った。今では題名すら覚えていない。
雨傘開いて 素晴らしいメロディを
雨音を、そんな風に感じられなくなったのはいつからだろう。──この人は、今でもそ
う思えるんだ。
振り向いて、後ろ姿を見送る。
晴れた日の空のような綺麗な水色の傘が、くるくると回っていた。
fin.
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