雨の日には水色の夢を


 あ。またあの人だ。

 足をそろえて立ち止まり、手に持った傘を心持ち上に持ち上げる。

 雨の日、この時間、この道を通ると、いつも出会う人。

 あの人を見かけるようになってから、雨の日が好きになった。前は大嫌いだったのだ。
夏の蒸し焼きにされそうな雨も、冬の凍りつきそうな雨も、霧雨も、土砂降りの雨も。

 道を往く人々も、雨に打たれて打ちひしがれて、心は雫を吸って重く淀んで、雨を遮る
傘でさえ、罪人に課された重りのようにのしかかっている。

 そんな風に、思っていたのに。

 その人は、雨の中を、まるで上天気だと言わんばかりに楽しそうに歩く。るんたった、
と弾むリズムがまさしく似合う足取りで。時々、本当にスキップをしていることさえある。
パシャリ、と跳ねる水でさえ、あの人の周りでは楽しく踊っているように見えるから不思
議だ。

 あの人からは、きっとこちらは傘の影になって見えないのだろう。雨の中、中途半端な
位置で立ち止まっている不審者には構わず歩いていく。──いや、不審者と言ったらあっ
ちの方がよほど怪しいのか。

 あ。今日はその曲なんだ?

 思ってくすり、唇で笑う。

 その人はいつも、雨の中を歩きながら鼻歌を歌っている。雨の歌だ。童謡が多い。


     あめ〜がふってきた〜 うったを〜っ うたぁって〜


 幼い頃は、よく歌った。今では題名すら覚えていない。


     雨傘開いて 素晴らしいメロディを


 雨音を、そんな風に感じられなくなったのはいつからだろう。──この人は、今でもそ
う思えるんだ。

 振り向いて、後ろ姿を見送る。

 晴れた日の空のような綺麗な水色の傘が、くるくると回っていた。


                                           fin.


コメント(from 氷牙)          2001.8.5

TOP11111HIT懐月渚さんからのリクエスト、「傘」です。
しかし〜、傘って言うか雨?みたいな感じに(^^;)。梅雨明け前にお届けしようと思っていたのに、そういうときに限って関東地方は例年より一週間以上早く梅雨明けし、悔しい思いをいたしました(苦笑)。
このお話、突然タイトルが浮かびまして、大学の友人が青空模様の傘を持っていたことを思い出して、バタバタ……っと、できあがりました。あえて主人公や“あの人”の性別・年齢等に触れないようにしてみたのですが、いかがでしょうか。
相川は、雨、けっこう好きです。この話の人ではありませんが、時々、鼻歌歌ってたりします(笑)。でもそれで、周りの人にこんな気持ちをあげられてるかというと……そんなことはないですね、きっと、ただ怪しいヤツと思われてるだけでしょう(^^;)。
文中の歌、幼稚園だか小学校だかで歌ったんですが、タイトル、マジで覚えていません。好きだったのに。あとねー「雨降りクマの子」とか。──あ、これってジャスラックに許可得とかないとダメでしたっけ? TEL番もう忘れたや。大学の時はちょろっと電話かけたりかかってきたりしたんですが。←歌やってた人。

このお話を、懐月さんと、雨の日が大好きな、または大嫌いな人に、捧げます。



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