クロ


 世の中には、常識じゃ考えられないような不思議な出来事がたくさんある。


        マツヤマカズキ                   ク ロ
 オレの名前は、松山一樹。十五歳、高一。両親健在の一人っ子で、九郎という名の真っ
  メスネコ
白な雌猫を飼っている。太郎、次郎、三郎……と来て、九番目の猫だかららしい。雌で白
いのに九郎だなんて変だとは思うけれど。
 夏休みが始まったばかりのある日、オレは部屋で仕方なしに宿題を片付けていた。ベッ
ドの上では、クロが気持ち良さそうに眠っている。
「ふぁ…あ、よく寝た」
 突然声がしたので振り向いたけれど、誰もいない。クロがのびをしているだけだ。慣れ
ない頭を使っておかしくなったのかと思った時、クロと目が合った。
「やあ、一樹。宿題やってんの?」
「……なっ、なんだお前!?」
               タズ
 壁に張りついて尋ねたオレに、そいつは答えた。
「なにって、クロだよ。見ればわかるじゃない」
「どこの世界にしゃべる猫がいるんだっ」
「じゃあ一樹はわたしが人間だと思うの?」
 ……。夢だと思いたかった。この出来事を現実として受け入れるのに、オレは一週間を
要した。


 八月も半ばにさしかかり、夏も真っ盛りである。クロはオレの言いつけを守り、オレ以
外の人間の前では絶対にしゃべらない。ある日、こんな話になった。
「一樹はいつも寝てるか食べてるか遊んでるかだね」
 猫なんかにそんなことを言われたくはなかったが、事実その通りだった。
「一樹は、部活はやらないの?」
           ナ ゼ    キ 
 やらないと答えたら、何故かと訊かれた。
「めんどくさいから」
「中学のときは、サッカー部だったんでしょう?」
「何でお前が知ってんだよ」
 オレは、こいつがクロだとは思っていなかった。
「──サッカー、嫌いになったの?」
 淋しそうなクロの声。嫌いじゃない、今でもサッカーは好きだった。そうだ、一学期に
友達にサッカー部は上下関係が厳しいとか言われて、それで入るのをやめたんだ。
 嫌いじゃないよと答えると、クロはどこかうれしそうな顔をした。
 八月末、クロはふいと家を出ていってしまった。理由はわからない。夏休み最後の一週
間は、何をやっても全く面白くなかった。


 オレは、クロに言われたからではないが、サッカー部に入った。やっぱりサッカーって
好きだ。
 早めに部室にやって来たオレは、椅子に座ってぼんやりとしていた。
「やあ、久しぶり! ……と、あれ?」
 ガラッと扉の開く音と同時に、聞き覚えのある声がした。振り向くと、知らない女生徒
が立っていた。
「へえ、君、サッカー部入ったんだ」
 彼女は何故かうれしそうだ。オレはワケがわからない。
「クロ……?」
 思った言葉が耳に入って来た。彼女の後ろに来ていた先輩の声だった。
「やあ、久しぶり」
「お前……、大丈夫なのか?」
「この通り。ねえ、あの子に紹介してよ」
「ああ。えっと……、松山、こいつはウチのマネージャーの黒崎めぐみ、二年だ。俺たちは
クロって呼んでる。
七月の半ばに交通事故で大けがして入院してたんだけど……」
「意識不明の重体ってヤツね。もう平気だけど。──よろしく、松山一樹くん」
「えっ?」


 世の中には不思議なことがたくさんある。
 そういうのって、結構いいかも知れない。

                                 FIN.


コメント(by氷牙)

このお話は、高校時代に、図書委員会の新聞に載せるために書いたものです。
念のため言っとくと、出しゃばったわけではなく、依頼されて書いたんだからね!
某超有名サッカー漫画と、サッカー大好きな友人から名前を拝借いたしました。
スペースの都合で、ジェットコースターな展開になってるけれど、まあ、こんなもんか、なぁ……。



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