フ ラ レ
    『転』 二つの恋の終わり。カッコイイ奴は失恋してもカッコイイ。

 次の日の放課後、部活をサボった一馬(あ、もう引退してるからサボリではないはずだ)
と朝香は、いつものように公園を通って朝香の家のほうへと歩いていた。
 話をしながらも、朝香はちょっとうわの空だ。ゆうべからずっと考えていることがあって。
「──朝香ちゃん? どうかしたの?」
 朝香の目を覗き込むように、一馬が顔を近づける。哲哉と同じ仕草。うしろめたい気分
になって、朝香は目をそらした。
「朝香ちゃん?」
 気遣うように、一馬はそっと問いかけた。朝香は思う。──一馬は優しい。でも。いや、
だからこそ。
「あのっ、────ご、ごめんなさい!」
 両手をぎゅっと握りしめて。叫ぶように朝香は謝った。
「朝香ちゃ……」
「あたしっ、──一馬先輩のこと好きです。先輩優しいです。でも、」
 朝香ちゃん。と呼びかけて、一馬は朝香の肩に手を置いた。朝香が顔を上げる。その目
は少し潤んで赤くなっていた。
 一馬は少し苦笑した。しょうがないなあ、というような表情だった。
「──最近、少し元気ないよね、テツの奴」
「え?」
                      ・・・
「あいつは、もっとハチャメチャに元気なほうがらしいよ。──朝香ちゃんも、泣き顔も
かわいいけど、やっぱり俺は朝香ちゃんには笑っててほしいな」
「一馬、先輩……」
 またこみあげてきた涙をぎゅっと歯をくいしばってこらえる。大きな一馬の手がぽんと
頭の上に置かれた。
「俺って優しーよな」
「……先輩、は、やさしっ……すぎ……」
 ひっく、ひっくとしゃくりあげる朝香の髪を、一馬はしばらく撫でていた。
 やがて朝香が泣きやむと、そっと手をどける。
「朝香ちゃん……もう大丈夫?」
 コクンとうなずく朝香。じゃあ……と言った一馬の声は、いつもより少し低かった。
「じゃあ、今日は、送るのここまででいいかな」
「はい……、ありがとうございます。──ごめんなさい。ありがとう……」
 バイバイ、と一馬は手を振った。そうするといつも朝香は彼に背を向けるのだ。
 いつもと同じように、朝香の姿が角を曲がって消えると、一馬は前髪をぐしゃりとかき
あげた。額に手を当てたまま呟く。
「俺っていい奴だよな。……ちょっといい奴すぎたかな……」
 潤んで赤くなった目を手のひらで隠して、ムリヤリ明るく叫んだ。
「畜生、俺ってばスゲーいい奴じゃん……っ」


         *         *         *


 部活が終わった後、哲哉は夕香のいる方へと歩きながら、ちらっと周りを見回した。も
ちろん朝香はいない。部活が始まる前に、一馬と帰ったのを知っている。
 人気のほとんどないグラウンド。その向こうに見える体育館。洋二はそこにいた。沙夜
里と一緒だ。ちょうど沙夜里と目が合ったが、洋二が振り向く前に視線を外した。
「おまたせ。──あのさ、夕香、ちょっと話があるんだけど、いいかな?」
「うん、いいよ。ちょうど私も話があったし」
 いつもと同じ帰り道、哲哉は珍しく静かだった。そして夕香の家の近くにある空き地ま
で来たとき、
「ねえ、哲哉くん。私たち別れましょう」
 唐突に、夕香は切り出した。驚いて何も言えない哲哉にかまわず夕香は続ける。
「付き合ってみて分かったんだけど、何かが違うのよね。──哲哉くんもそう思ってるん
じゃないの? 話ってそのことでしょう?」
「ああ、そうだけど。────夕香、ごめん、オレ」
「謝らないで」
 怒ったような口調で夕香は哲哉のセリフをさえぎった。
「哲哉くんの元気で素直なとこ好きだったけど。──でも私、しっかりしてる人が好きな
の。自分の気持ちも分からないような人はイヤだわ」
「──え……」
「気づいてないと思ってた? ──そんなとこが好きだった。じゃあね、バイバイ」
 そう言うと夕香は空き地の向こうへと姿を消した。立ちつくす哲哉を振り返らないよう
に、逃げるように家へ向かった。
 家へ帰ると、夕香はすぐに部屋へ駆け込んだ。バタンと音を立ててドアを閉め、そこに
寄りかかる。
 ふと、机の上にある写真立てが目に入った。哲哉の写真。涙でぼやけてしまってよく見
えないけれど。
「私だって、本気だったんだから……」


         *         *         *


 その日の夜、哲哉は朝香の家を訪ねた。
「哲哉! どうしたの……?」
 出てきた朝香は、少しだけ目が赤かった。泣いていたのだろうか。訊いてみようかとも
思ったが、結局哲哉は自分のことだけを語ることにした。
「オレ、夕香──藤井さんと、別れた」
「え……?」
「それだけ。朝香に最初に言っときたくて。──今までも、何でも最初におまえに言って
たから。じゃ……」
「てっ哲哉! あたしっ、今日、一馬先輩に、ごめんなさいって言ったのっ!」
 きびすを返した哲哉をひきとめるように朝香は叫んだ。哲哉が振り返る。
「あたし……っ!」
「朝香」
 哲哉は朝香の前まで戻ってくると、朝香の肩までの髪に触れた。
「朝香、髪のばせよ。オレ、朝香のポニーテール好きだよ。おまえらしくて」
「哲哉……?」
「明日から、またポニーテールして来いよ。じゃあな、おやすみ!」
 そう言うと、哲哉は走っていってしまった。
「哲哉……、それって……?」
 朝香の呟きは、哲哉の耳に届いたかどうか。



    『結』 一件落着!? やっぱり朝香はポニーテールが似合う。

 そして、次の日の朝、空はきれいに晴れていた。
 朝香は緊張して学校への道を歩いている。一ケ月ぶりのポニーテールは、毛先が首すじ
に触れて、少しくすぐったい。
 教室のドアを開ける。洋二と沙夜里は、すでに登校していた。
「おはよう」
「!? おはよう、朝香。──良かったね」
 二人は声をそろえてそんなことを言う。え?と朝香は問い返した。
 二人は顔を見合わせて笑ったが、洋二が笑いながらもいきさつを話してくれた。曰く、
「ゆうべさ、哲哉が家に来たんだよ。で、『藤井と別れた。朝香にも言ってきた』って。そ
のポニーテールが、おまえの答えなんだな」
 朝香は少し頬を染めてうなずく。良かったね、と沙夜里が言った。
 そのとき。
「おーい、洋二ー! 英語の教科書貸してー」
 ガラッとドアが開き、哲哉が入ってきた。すぐに洋二の隣にいる朝香に気づく。目を見
開いた哲哉に、朝香は照れくさそうにそっぽを向いた。沙夜里はと言えば、哲哉にウイン
クなんかしてたりする。
「朝香……。おはよう! やっぱりおまえそのほうが似合うよ。朝香らしくて好きだな」
     セ リ フ
 哲哉の殺し文句。とっておきの微笑み付き。
 その笑顔があまりにも素敵で、朝香はもちろん、沙夜里までが思わずドキッとしてしま
った。
 ──が、そのセリフにはまだ続きがあったのだ。
「ちょうど“じゃじゃ馬のしっぽ”みたいで!」
 とたんに朝香の顔が豹変する。沙夜里と洋二の制止は間に合わなかった。
「哲哉あっっ!!」
 逃げる哲哉。追いかける朝香。
「あーあ……。うまく行ったかと思いきや……」
 沙夜里は思わずため息をついてしまう。洋二は二人を見送りながら笑って言った。
               マ エ 
「ま、いーんじゃねぇの? 結局以前の二人に戻ったわけだし」
「じゃあ“ふりだしに戻る”ってコト?」
「……かもな」
「全く……」
 しょーがない奴らだなあ、と。もはやすでに親の心境、の洋二と沙夜里だった。
「哲哉──!! 待ちなさいよーっ!!」
「やーだよ──だっ」
「こらあっ!!」
 走る二人。風になびくポニーテール、楽しそうに揺れている。
 哲哉も朝香も、洋二も沙夜里も、いつのまにか楽しそうに笑っていた。

                                       Happy End♪

コメント(by氷牙)

これも高校時代に書いたものです。あ、うそだ。文芸部の部誌用に書き始めて、終わらなくて(苦笑)、その後書き足して本にしたんだったな、うん。
なんか、無性に「少女マンガチックな話」を書きたかったのを覚えています。
ホントにそれだけ、動機は。
登場人物達の名前は、かなり気に入ってます。 僕の好きな名前って言うのは非常に偏りがあるらしいので、今後もどっかで見たような名前の人がでてくるかも知れません……。
ハッピーエンドは、やっぱりいいなあと思ったお話でした。




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