Call My Name


 聖地には、目立った四季の移り変わりといったものは存在しない。基本的に常春で、少
し陽差しが強くなったかな、とか、ちょっと肌寒くなってきたかな、という変化が見られ
る程度である。
 日差しが柔らかくなり、朝晩の風が肌寒く感じられるようになった今日この頃、天高く
馬肥ゆの言葉を知ってか否か、お茶会にいそしむ人々がいる。
 マルセルがリュミエールの元に書類と一緒にお菓子を持っていったらルヴァが運良く居
合わせた、というのが発端だ。こんなに良いお天気ですし、たまにお外でお茶にしません
か〜?というルヴァの提案で、一同はテーブルを外に引っぱり出した。無理矢理ゼフェル
を仲間に引きずり込み、現在4名。椅子は、後2つ空いている。
 そこへ、惚れ惚れするような脚線美を惜しげもなくさらし、ずかずかと歩く人影が約1
名、言わずと知れたオリヴィエだ。何があったのか、少々不機嫌そうである。
「あ〜オリヴィエ、良かったら一緒にお茶でもいかがですか〜?」
 歩調をゆるめてオリヴィエは声のした方を見やり、器用に片眉を持ち上げてみせた。
「なにアンタ達、こんなところで出張お茶会?」
 そしてにんまり、
「おもしろそうじゃない。おジャマしちゃおっかな☆」
 ゴキゲンは直ったようである。
「今日はカモミールとローズヒップですよ」
「ローズヒップ、甘酸っぱくておいしいですよ! ──ゼフェルの目の色に、ちょっと似
てるよね」
「そっかぁ? ま、悪くねーな」
「そういやマルちゃん、あんた私に何か用があったんじゃないの?」
「あっそうだ!」
 がさごそ、と取り出したのは、両手に乗るくらいの小箱、かわいらしいラッピングがほ
どこされている。女じゃあるめーし……、ゼフェルが少々やつれた面持ちで呟いた。
「オリヴィエ様! 今日オリヴィエ様のお誕生日ですよね? だからぼく、クッキー作っ
たんです!」
 はい、お誕生日おめでとうございます! にこにこ笑顔で両手を差し出すマルセルに軽
く笑みを返し、オリヴィエは小箱を受け取った。
「ありがと、マルちゃん。そーいや今日だったっけね、忘れてたよ」
「オリヴィエもここ数日忙しそうでしたからね。──おかわりはいかがですか?」
「ん、ありがと。いただくよ」
「じゃあこのお茶会は、オリヴィエのお誕生会ですねー」
「誕生会って……、ルヴァ、おめーいくつだよ」
「もうゼフェルったら! 文句ばっかり言わないの!」
「へーへー」
 その時、タッタッタッと規則正しい足音が聞こえてきた。皆で振り向くと、向こうも気
づいたらしく、少し速度を上げてそのまま駆け寄ってくる。
「こんにちは! こんなところでどうしたんですか?」
「あーランディこんにちは。今日はとってもお天気が良いものですからねー、外でお茶会
をすることにしたんですよ。ランディも一緒にどうですかー?」
「ありがとうございますルヴァ様。でも俺、この書類を……ぐぇっ」
 スカーフを思い切り下にひっぱられ、ランディが呻き声を上げる。
「ちょっとくらい寄り道したってかまわねーだろ。マルセルがクッキー焼いたんだとよ」
「ランディ、どうぞ。このところ働きずくめで疲れたでしょう」
 差し出されたカモミールティーのカップから立ち上る香りに目を細め、ランディは礼を
言って椅子に座った。
「うん、おいしいです。なんか俺、元気でてきました!」
 そう言ってすぐクッキーに手を伸ばすあたりはマルセルと大差ない。隣ではオリヴィエ
が笑いをこらえ(とは言ってもこらえきれてない)、反対隣ではゼフェルが呆れ返ってい
るのにも構わずクッキーをぱくついている。
 ふとオリヴィエの手元の箱に気づいて、ランディが動きを止めた。
「あれ? オリヴィエ様、その箱どうしたんですか?」
「んー、これはね……」
 なんとなく言いよどむオリヴィエの言葉を引き継いだのはマルセルだった。
「今日ってオリヴィエ様のお誕生日でしょ? だからぼく、」
「ああーっ!?」
 突然ランディが叫んで立ち上がった。ガタンと椅子が倒れ、慌てて引き起こし席に戻る。
「そうか、今日だ……。──オリヴィエ様、お誕生日おめでとうございます! でも俺っ」
「ん、いいよ」
「よくないですよ!! あなたの誕生日なのに」
 まがりなりにも“恋人”の誕生日を忘れ、プレゼントを用意していなかったことを謝ろ
うとするランディの言葉を制し、オリヴィエは先にゆるしの言葉を口にする。それでラン
ディの気がおさまるわけでもないのは先刻承知だが、それしか言いようがない。
「じゃあ、──じゃあ今日の夕食、うちで一緒に食べませんか。お屋敷のほうに迎えに行
きますから」
「うん、いいよ。──じゃあ、楽しみにしてるよ」
 承諾の言葉と微笑みに、ランディはほっと息をついて張り詰めた顔に笑みを浮かべた。
「あのっ、俺ちょっと用事ができたんで、これで失礼します」
「ええ、いってらっしゃい。──ああランディ、書類忘れていますよ」
「あ、ありがとうございます! じゃあ、失礼します」
 そしてまた、タッタッと駆けていくランディの後ろ姿を見送って、マルセルが小さく身
をかがめた。
「ごめんなさいオリヴィエ様、ぼく……」
「いいんだよ。マルちゃんが謝ることじゃないでしょ」
「そーだぜ、おまえが言わなかったらあいつのことだ、きっと夜まで気づかねーよ」
「オリヴィエ様、ランディのことキライにならないでくださいね」
 縋るような目でお願いするマルセルに苦笑しながらオリヴィエは返事をする。
「ふふっ、大丈夫だよマルセル。あのコの猪突猛進は今に始まったことじゃないしねぇ。
──ちゃんと分かってるから、大丈夫だよ」
 そう言うオリヴィエはとても優しい表情をしていて、マルセルは自分が兄のように慕う
ランディがとても幸せな恋をしていることを知る。良かったぁ……、ため息とともに呟い
て、曇りのない笑顔を浮かべた。
「ま、あいつもここんとこずっと忙しかったからな」
「初めての惑星視察でしたからね」
「ええ、私のところにも何冊か本を借りに来て、いろいろと事前調査もしていましたよ」
 そう、先日ランディは初めての大仕事を任され、準備やら視察やら報告やらと、それは
もう大変に多忙な日々を送っていたのだ。彼は一度にそう幾つものことをこなせるほど器
用ではない、執務に追われてオリヴィエの誕生日を忘れ去っていたとしても致し方のない
状況ではある。
 けれどそう言った“言い訳”はランディには通用しないのだろう。直情径行、猪突猛進、
裏表ナシ、いつでもどこでも真っ正面から体当たり。損することが多い生き方だ。けれど
そこが彼の最大の魅力のひとつで、オリヴィエが彼を愛しく思うのも、まさにそんなとこ
ろなのだから仕方がない。
「さーてっと、私もそろそろ行くよ。せっかく王子様が迎えに来てくれるのに、私の仕事
が片付いてなかったら話になんないからね」
 マルちゃん、クッキーありがとね。右手を蝶のようにひらめかせて、オリヴィエは優雅
な足取りで去っていった。
「さて、じゃあ私達も片づけをしてお仕事に戻りましょうか」
「ええ、そうですね」


                    *         *         *


「──かっこいいじゃない」
 ランディ来訪の報せを受けて玄関へ出たオリヴィエの、第一声がそれであった。口をつ
いて出たと言っても過言ではない。
 いつもは袖や襟ぐりが広めの、いかにも動きやすさ重視の服が多いランディである。だ
が今日は、大きめの襟の、前身ごろにちょっとお洒落な切り返しがついたシャツに、黒い
スラックスを合わせていた。
「ほんとですか? 正装にしようかとも思ったんですけど、あんまり改まりすぎても、皆
に何事かと思われても困るし……」
 まさか使用人達に一切合切バレまくっているとは知らないランディの、オリヴィエと館
の皆へとの精一杯の気遣いの現れが、この服装というわけだ。それを思うだけでオリヴィ
エの口元はほころんでしまう。
 そんなオリヴィエは、一見いつも通りのきらびやかな衣装ではあるが、こっちはこっち
でさんざん悩んだ末に選んだ、襟元が黒いレース編みのインナーに細身のパンツ、そして
丈の長い白のジャケットを羽織っている。ランディと二人での食事会なのだからあまりめ
かし込みすぎてもバランスが悪いと少々カジュアルテイストのものにしたのだが、何せ着
ている人がオリヴィエなので、サマになりすぎている。
「オリヴィエ様も、……キレイでかっこよくて、素敵です」
 言われるのには弱くても言うのには強いランディは、こういう台詞をわりと臆面なく口
にする。いや、臆面はあるのだが、そう思ったことを言わずにいられない、と言う方が近
いかも知れない。そして言ってから少し赤くなる。
「んふっ、アリガト☆」
                                                           スス
 言われるのには慣れてるオリヴィエは、礼とともにウインクを送り、勧めに従い馬車に
乗り込む。続いてランディが隣へ座り、ドアが閉められると間もなく馬車が動き始めた。
「それにしても、ホントに王子サマ直々にお迎えに来てくれたんだね。迎えを寄越してく
れるだけでも良かったのに」
「王子サマって……。だって、俺が来れば、それだけ早くオリヴィエ様に会えますよね」
 からかうつもりで投げた言葉を見事に打ち返され、一瞬オリヴィエは言葉を失った。真
顔になったオリヴィエに、少し照れたようにランディが言を継ぐ。
「最近、あんまり話とかできなかったから……」
 くしゃりと髪に手を入れうつむく、その手にそっと触れた。
「ん、ありがと」
 顔を上げたランディの無防備な唇に、触れるだけのキスを贈る。唇を離して微笑むと、
目の前の顔がぼんと赤くなった。
「オ、リヴィエ様っっ」
「うん、なぁに?」
「……俺、家着くまで心臓もちませんよ…………」
 オリヴィエの爆笑が響き渡ったのは言うまでもない。


 白いテーブルクロスの上に、白地に青の濃淡で模様の描かれた食器が並べられている。
中央には、透明なガラス製の一輪挿しにコスモスが咲いていた。
「コスモスか……、いいね」
「この時期に咲く花って、コスモスくらいしか思いつかなくて」
 充分だよ。微笑みを交わして席につく。給仕係が持って来たボトルに目を止めて、オリ
ヴィエは興味深げにグラスに注がれる液体を見つめた。淡い蜂蜜色、白ワインのようだ。
「オリヴィエ様、お誕生日おめでとうございます」
「ありがと。──ふふっ」
 グラスを口元に近づけると、ほんのり甘い香りが鼻腔をくすぐる。
「ん? なんだろ、……ピーチ、かな?」
「さすがだなぁ。──ええ、ピーチのワインなんです。さっぱりしてて、でも少し甘くて。
たまにはこういうのもいいかと思ったんですけど、……どうですか?」
「うん、おいしい。いいね」
 上目遣いに窺っていたランディがほっと息をついた。よかったぁ、と笑みをこぼす。そ
の様子に頬をゆるませながら、オリヴィエはワインを再び口に含んだ。
 一瞬頬をかすめる香り。ほんのりと、後をひかない甘さが舌を撫でる。さわやかな、ま
るでランディのようなワインだ。オリヴィエの笑みがいっそう濃いものになる。
 メニューは二人の好きなものを中心に構成されていた。風の館の厨房係一同の、心づく
しの品々である。とりとめのない話をしながらの食事は、オリヴィエの好きなトロピカル
フルーツの盛り合わせで締めくくられた。
「おいしかったよ。ありがとね」
 オリヴィエが給仕係に礼を言うのを聞きながら、ランディはまるで自分がそう言われた
かのように嬉しくなる。そして、こんな優しい気遣いができる人を好きになった自分を誇
らしく思うのだ。
 ──あなたを好きになって良かった。あなたにもそう思ってもらえるように、俺、がん
ばります。



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