太陽の破片 〜Crystal Sun〜


 皇帝レヴィアスの魔の手から女王陛下と宇宙を救うための旅は、まだまだ始まったばかり
なのか、そろそろ終わりに近づいているのか、皆目見当がつかない。だが、やるしかないの
だ。自分の、愛する人の幸福な明日のためには。


 風の守護聖ランディは、偵察と息抜きを兼ねて、ここ<浅き流れの惑星>最大の港町であ
  セイコウ
る、青港の街に来ていた。比較的穏やかな気候のこの星は、いくつもの川によって大陸が分
けられている。川は、水深が深く幅も広いため、大型の船を作る技術や河川を利用した貿易
が発達していた。
「ここは、まだそんなに魔導の影響を受けていないみたいだな」
 石畳が綺麗にひかれた道を歩きながら市でにぎわう人達を見て、晴れた空の色をした瞳に
優しい笑みが浮かぶ。皇帝達は、<旧き城跡の惑星>に近い、母星系の中でも端のほうにあ
る惑星から手を着けているようだ。かといって油断はできない。この美しくにぎやかな街も、
              スミカ
いつ魔導に侵され魔物達の棲処と化すかわからないのだ。
「よし、じゃあそろそろ次の街に行ってみようかな」
 ちょうど吹いてきた心地よい川風に合わせて腕を伸ばしたとき、
「ランディ!」
 誰かが自分を呼ぶ声がした。いや、でも同じ名前の人かも知れない、と思い直したそのタ
イミングで、もう一度声がする。しかも、どこかで聞いたことのある声だ。後ろを振り向い
て、──ランディは目を見開いた。
「──────、ウォルターっ!?」
「へへっ、ひさしぶりだな」
 そこにいたのは、自分とそっくりな姿を持つ──ただし瞳の色は、ランディの空色と対照
的な、赤い、火色だ──皇帝レヴィアスの配下が一人、ウォルターだった。敵対する女王と
皇帝のもとにいながら、先日の、運命の邂逅を果たした夜の短い時間で、二人はずいぶんと
打ち解けていた。ただ、最後に彼が突然豹変したことがずっとランディの心には引っかかっ
ていたが、この様子を見ると、ウォルターのほうは少しも気にかけていないらしい。ちょっ
と照れくさそうな、人懐こい笑みを浮かべて近づいてくる。
「こんなところで会うなんて。びっくりしたよ」
「ああ、おれも。人違いかと思ったけどさ、この顔ってそうそういないじゃん?」
「そ、そうかな」
「そうそう。──バカ正直そうな顔」
「ひどいな、今は君だって同じ顔じゃないか」
 声を上げて笑う姿は屈託のない18才の青年そのものだ。これが宇宙を脅かす皇帝の配下
だとは、そう言われない限り誰も思いつかないだろう。
 そう言えば、彼は何をしにこの惑星へ来たのだろうか。
「君にまた会えたのは嬉しいけど、──いいのかい?」
「ああ、いーんだよ。どーせまだジョヴァンニが本調子じゃないから何もできないし。いっ
つもゲルハルトとつるんでても面白くないからな。今日は散歩してんだ。
 それよりさ。おれら、こーしてっと双子かなんかに見えんのかな」
「ははっ、そうかもな!」


                    *          *         *


 広場の中ほどにあるベンチに並んで座り、屋台で買った搾りたてのフルーツジュースを飲
みながらしゃべる二人の青年の姿を、道行く人々が楽しそうに見つめている。双子か兄弟が、
この港町に旅行にでも来たと思っているのだろう。だが当の二人はそんな視線には気づきも
せず、たわいもない話を続けていた。
        エモノ
「お前の武器って、剣だったっけ?」
「あぁ、そうだよ。ホントは弓──アーチェリーのほうが得意なんだけど、剣のほうが何か
と便利だし。弓はゼフェルとティムカがいるしね」
「ティムカ? だれだそれ」
「俺の仲間の一人だよ。この前会ったときは守護聖の9人しかいなかったけど、あと8人い
るんだ。」
「へぇ。弓ってぇと……、ショナが得意だな。えっと、今は銀の頭の、無表情なヤツ」
         ・・
「じゃあゼフェルの双子か。なんか面白いな」
「ははっ、そーだな! でもあいつ、前はもっと小綺麗な顔してたんだぜ。ああ、ジョヴァ
ンニの今の外見がちょっと近いかな。表情は全然違うけど。ジョヴァンニとも、そっちの…
…、なんだっけ、金髪のちっせーの、あいつとも。
 コギレーな顔して無表情だろ? 人形みたいさ。おまけにすげー頭よくってさ。やんなっ
ちまうよなー」
 そう言いつつもウォルターは屈託のない笑みを見せる。
 ふと胸をよぎった考えにランディは気を取られた。
「ん、どーした?」
「あ、いや。──ゼフェルと仲良くなったら、こんな感じなのかなと思って」
「仲悪ぃの?」
「悪いっていうか……、ちょっとしたことですぐケンカになっちゃうんだ。俺、あいつのい
いところもいっぱい知ってるのに。だから、」
「なんだよそれ? おれはそいつの“代わり”かよ!?」
「えっ、そんな! そんなんじゃないよ! ……ごめん、本当にそんなつもりは全然なかっ
たんだ。俺、君と話してるのはすごく楽しいと思う。ただ、ゼフェルとも、もう少し仲良く
なれたらいいなって、ちょっと思っただけなんだ」
 ウォルターは、自分を否定されることをひどく恐れている。
 前回の彼の豹変の理由を思い返して導いた推測だが、きっと当たっていると思っていた。
彼は叫んだではないか、「おれは役立たずじゃない」と。
                                     クラ
 必死に弁明するランディを、ウォルターは昏い輝きを秘めた赤い瞳で見つめている。
 不信・疑惑といった言葉が似合う眼差しだ。嘘を許さない。
 けれどランディの言葉に嘘はない。もともと嘘をつかない誠実な人柄だし、──悪く言え
ば嘘をつけるほどの器用さはない。
 少しずつウォルターの眼差しが穏やかになっていき、短い溜め息と共に昏さが消えた。
「──おまえ、お人好しな」
「そ、そうかな……」
「ソンするぜ、その性格。──ま、おれは好きだけどさ」
 その言葉に、ランディも緊張をほどいて笑顔を見せた。
「ああ、よかった。怒らせちゃったかと思ったよ。俺、人と話すの苦手でさ。思うことを、
うまく言えないんだよね」
「そーか? 別にそんなことないと思うけどな」
「ホントかい? そう言ってもらえると嬉しいよ」


 ふっと目を上げると、目の前をちょうど、大きな籠を抱えた子供が通りかかるところだっ
た。両腕で抱えているため前も足下も見えないまま、ひたすらに進むしかない。
「あ、あぶない!」
 やはり、石畳の段差につまずいて子供は転んでしまった。鮮やかな色彩のフルーツが、ご
ろごろと転がっていく。ランディとウォルターはほぼ同時に駆け寄って子供を手伝い、逃げ
ていくフルーツに手を伸ばした。
 そのとき、店から主人とおぼしき人物が飛び出してきた。
「なにやってんだバカヤロウ!」
 有無を言わせず子供をぶん殴る。
「この役立たずが!!」
「!!」
 ランディの背後で強烈な殺気がわき上がった。はっとして振り向く。
「ウォルター、待って!」
 手を伸ばし肩を掴むと、鬼のような眼差しが返った。負けじと睨み返す。ここは、譲れな
い。
「ジャマをするなぁっ!!」
 ウォルターはランディを突きとばすと同時に自分も後方へ飛びすさり、剣を抜いた。着地
の反動でまた前方に飛び、ランディに斬りかかる。ガッと鈍い音がして、ランディの剣がそ
れを受け止めた。
「ウォルター!」
 ランディが叫ぶ。
                ・・・・・
「ウォルター! 戻ってこい!」
 すさまじい猛攻にランディは防戦一方だ。だがそれも長くは続かない。剣ではウォルター
にかなわないことを、ランディはあの夜、身をもって知っていた。あのときカーフェイとオ
リヴィエが来なかったら、殺されていたかも知れない。
 今は、助けは来ない。だが負けるわけにはいかない。
 ウォルターに殺されるわけにはいかなかった。自分のために、陛下と宇宙のために、そし
て何よりも、ウォルターのために。
「ウォルター!」
 悲痛な叫びが繰り返される。ウォルターには届かない。
 剣では、かなわない。
 ランディは唇を噛みしめた。
 意を決すと、組み合いからウォルターの身体が離れた瞬間を狙い、ランディは剣を持った
右手を空へと高く掲げた。 
「風よ!」
 息を吸い込み、大きく叫ぶ。
「風よ! 自由な力よ! 明日への望みを届けてくれ!」
 ──ウォルター!
「吹け! 希望の風!!」
 腕をウォルターに向けて振り下ろすと、突然現れた竜巻がウォルターを襲った。
 両腕を交差させてこらえるが、力及ばず、やがて身体がぐらりと傾いた。
「ウォルター!」
 地に倒れたウォルターに駆け寄り肩を抱き起こした。気を失っているウォルターの名を何
度も呼び、肩を揺らす。
 う……と小さく呻いて、ウォルターが顔をしかめた。
「ウォルター! よかった……!!」
「っ……つ、なんだ……?」
 いきなり強い力で抱きしめられ、ウォルターが痛みに呻く。
 あっごめん!と手を放し、ランディは安堵の溜め息をついた。
「よかった、気がついてくれて。もし目を覚まさなかったらどうしようかと思った」
「──おれ、また…………」
「……うん。他に君を止められる方法が浮かばなくて。──ごめん、痛いだろう?」
 その言葉に、ウォルターは口を閉ざしてじっとランディの顔を見つめた。空色の瞳には、
心配の色がいっぱいに広がっている。
 火色の瞳が行き場をなくしてさまよった。動揺を隠せないまま口を開く。
「おまえ……、なんで、おれの心配なんか……。──だって、おれ、おまえの、おまえらの
敵だろ? なんで……」
「え、なんでって……俺のせいで君が痛い思いをしてるのに。……それに、今の君は敵じゃ
ないじゃないか」
「え?」
「だって今君は何も悪いことなんかしてない。さっきの、あの子供を助けようとしたんだろ
う? 店の人から守るために」
「────ランディ」
「それって、とってもいいことだと思うよ」
 微笑む栗色の髪を、風が揺らした。
「おまえって……、────いいヤツだな」



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