虹色の揺籠(ゆりかご) 〜Crystal Sun〜




「ねぇランディ、最近一人でどこに行ってるの?」
 明るいすみれ色の瞳に見上げられ、ランディは答えに窮した。尋ねるマルセルの口元は少しとがっている。怒っているんじゃないけど、ちょっと不満、そんなときの彼の癖だ。
「ちょっとね、風が気持ちいい街を見つけたんだ」
 嘘は、ついていない。
「なんでもないんだ。ごめん、俺、他の惑星の様子を見に行ってくるよ。じゃあ」
「あっ、ランディ!」
 小さくなったランディの背中に向け、とがらせた唇のままマルセルは軽く溜め息をついた。
「マルセル様? どうかしたんですか?」
 振り向くと、ティムカが首を傾げている。その目がランディの後ろ姿を捉える前に、マルセルはティムカの腕を掴んだ。
「ううん、なんでもない。──そうだティムカ、メルと一緒に木の実を拾わない? グレイスにも会いに行こうよ!」
「あはっ、楽しそうですね!」
「ねっ? 行こう行こう!」
 先に立って歩きながら、マルセルは心の中で呟いた。
 ──ランディのばか、嘘つくの下手すぎるよ。





「ランディ!」
 高台で風に吹かれながら船の往来を見つめていると、後ろから自分の声に名を呼ばれた。
「ウォルター、おはよう」
「よ!」
 軽く手を上げて、照れくさそうな人懐こい笑みを浮かべる。
「う〜ん、いい風! やっぱここが一番気持ちいいよな。船も見えるし、あんま人も来ないし、昼寝もケンカもし放題だ」
「……ケンカじゃないだろう?」
「ははっ。──よっし、じゃあやるか?」
「ああ!」
 最近ランディは、時間を見つけては、ここ<浅き流れの惑星>の青港(セイコウ)の街に足を運んでいた。ウォルターが来れば、一緒にジュースを飲みながら話をしたり、たまにはこうして剣の稽古をしたりもする。
 ウォルターの剣の腕は、ランディより少しいいくらいだから、相手にちょうど良いのだ。オスカー相手より、勝つ見込みがある分やりがいがある……と言っては、オスカーに失礼だろうか。
 そんなウォルターの中には、二人の人格が棲んでいる。一人は今ランディと剣を交えている、口は悪いが気さくなウォルター、もう一人は、彼が他人から強い否定の言葉を浴びせられたり、極端に彼の過去を刺激するような出来事に遭遇したときなどに現れる、寡黙で凶暴なウォルターだ。後者のウォルターは、おそらくオスカーと同等か、それ以上に強いとランディは思う。技術や力の面で同じくらいでも、相手を倒そうとする──殺そうとする心の力の分だけ、ウォルターの方が強い。
「あっ!」
 汗で剣が滑ったところを狙われて、ランディの剣が数メートル先に飛んだ。ウォルターが剣先を突きつけ、勝利宣言をする。
「おれの勝ち! 今日の昼飯はおまえのおごりな!」
「ランディ!」
 そのとき、叫びと共に金色の光が飛び込んできた。闖入者に二人は一瞬身構え、……正体を知るとほっと力を抜いた。
「なんだマルセルか。──あれ? どうしておまえここにいるんだ?」
「ランディがぼくに隠しごとするからじゃないか! だからぼく、ランディの後をつけてきたんだ」
「なっ……、あぶないじゃないか一人で行動したら! 何かあったらどうするんだ!?」
「だって……っ」
「なぁランディ、とりあえず無事だったんだから良かったんじゃねぇの?」
「……ウォルター」
 その言葉にマルセルは声のした方に目をやって、反射的に一歩後ずさった。ランディの服を掴む。
「ランディ、この人、」
「あ。──あぁ、マルセル、えっと……、紹介するよ」



*          *         *



「一瞬びびったぜ、ジョヴァンニかと思ったからさ」
 そう言ってウォルターはへへっと笑った。
 なんだかランディとゼフェルを合わせたような人だ、マルセルは思った。それを告げるとランディは、実は俺もそう思ってたんだと言って笑った。そしてふと真面目な顔になった。
「マルセル、話があるんだ。今晩ちょっといいかな」
 そして今、二人は今夜の宿を抜け出して、裏手の木立の中にいる。
「えっと、ごめんな。今まで黙ってて。……あんまり皆に心配かけちゃいけないと思ったんだ」
 開口一番、潔く謝るのがランディらしい。マルセルがさみしかったこと、ランディに嘘をつかれてかなしい思いをしたこと、ランディの身を案じていたことをちゃんとわかっているのだ。こういうときはちゃんとわかるのに、時々ランディは良くも悪くもひどく鈍感で──そのあたりがゼフェルをして「ランディ野郎」呼ばわりの理由になっているのだろう。
 ランディは、ウォルターとの出会い、彼と気が合いそうな予感がしたこと、<浅き流れの惑星>での再会と、ウォルターの中の2つの人格、彼が皇帝に加担する理由などを、言葉を選びながら話した。
「あとで聞いたんだけどさ、再会したとき、彼は本当はあの惑星に魔導成物を送り込むための下見に来ていたんだって。でも俺と出会って、それにあの街をとても気に入って、だからあの惑星には手を出さないって。──約束してくれたんだ」
 そういうランディの真摯な眼差しは、暗闇の中でも熱っぽくきらきらと輝いている。そんなランディの夢中になりやすさがマルセルは好きだったが、今回は、なんとなくイヤな予感がした。
 そしてそういった予感は、得てして当たるものなのだ。
「なぁマルセル、俺、何とかしてウォルターを仲間にしたいんだ。──仲間とまでは行かなくても、皇帝の企みに手を貸さないように、──てっ」
 マルセルの肩を掴んで熱弁を振るっていたランディが、突然悲鳴をあげた。
「なっなんだ!?」
「ばーっか、隠しゴトするときはもっと上手くやれよな」
 木陰から現れたのは、白金のツンツン頭に紅玉の瞳──そしてこの口調は……。
「ゼフェル! 痛いじゃないか、何するんだ!」
「けっ、こんくらいでケガするかよ! ──ああ、ただでさえバカな頭がもっとバカになるかもな!」
「なんだと!?」
「もうっ、やめてよ二人とも!」
 今はそんなコトしてる場合じゃないでしょう!? 声をひそめたマルセルの叱責に、ついいつもの調子でやり始めた二人ははたと現在の状況を思い出した。
「だいたいよォ、ランディ、おめーが隠しゴトしようってのがそもそもムリなんだよ」
 声のトーンを落としながらも、ゼフェルの呆れたような諭すような口調は変わらない。
「そんなこと言ったって……」
「おまけにマルセルに尾行されて気付かねーなんてよー」
 むかっ、ときつつも、なんとか平常心を保ってランディは聞いた。
「他の人たちも、気づいてるのかな?」
「ん? ──ああ、そーだな、大抵のヤツらは最近よく出かけんなーくらいにしか思ってねーんじゃん? 何かアヤシイと思ってそーなのは……、オスカーと、オリヴィエあたりか?」
「そうか……。なぁゼフェル、さっきの話、聞いてたんだろう? おまえはどう思う?」
「ん……、そーだな。ウォルターってヤツとは話したことねーからなんとも言えねーけど、ショナと──あ、オレのニセモンの名前な──あいつと話した感じでは、手を引かせることはできるかも知れないと思うぜ。敵の頭数が減るのは歓迎だし、やってみる価値はあると思う。けどマルセルは……」
「やだっ、ジョヴァンニは無理だよ。ヤダよ……、ぼく、もうあの人に会いたくない」
「オレもアイツと話をしてーとは思わねーな。話に応じるとも思えねーし」
「そうか、じゃあ、とりあえずその二人かな。──で、どうやって話せばいいだろう」
 その言葉にゼフェルが思い切り舌打ちをした。
「ったく、これだからてめーは……。相も変わらず思いつきだけで動きやがって、ちったぁ成長しろよ。熱血だけで世の中渡ってけると思うなよ!」
「そんな言い方ないだろう!? 俺だって考えてるさ! ショナのことはわからないけど、ウォルターにはただ真っ向からいってもダメだ、彼の立場を、否定するだけになっちゃダメだってわかってる。だから、」
「ならまずそいつの信用を得ることから、だろ。少なくとも話を聞いてもらわねーことには始まらねーからな。──なんだよ?」
 ランディの様子に気づいてゼフェルがいぶかしげな視線を向ける。呆然とゼフェルの言葉に聞き入っていたランディの大きな瞳がさらに見開いて、夜目にも明らかにきらきらと光を増した。一瞬ゼフェルは身構えるように後ずさり、しかしランディの動きの方が早かった。
「ゼフェル! ありがとう……!!」
「だっ、てめ! 抱きつくなっっ!!」





 宇宙侵略の拠点・虚空城は、宇宙辺境にある<旧き城跡の惑星>に置かれている。とは言え、別次元に切り離されているため傍目には分からない。ひとつの村から住人が一人残らず消え失せても、誰にもその原因など分からないのだ。
 ランディと別れここに戻ってくると、ウォルターはいつもこの静けさに耳が痛くなるような錯覚を覚える。初めに来たときから、村を囲む深い森のせいか鬱蒼とした雰囲気を持っていた村ではあったが、住人がモンスターへと姿を変え、自分たちの魔導が力を増していくにつれ、積もっていくこの澱のようなものは……。
 故郷の宇宙、一度だけ行ったレヴィアスの生まれ育った城、あの城下街に似ている。大勢の人間の欲望と絶望が渦巻くあの街に。自分の生まれたあの港街だって、のどかな場所だったわけじゃない。ある程度の大きさがあって栄えた港ならば、金や権力に取り憑かれたヤツらもうじゃうじゃいる。けれどそれとは比べものにならないくらいのしつこさで城を、街を覆い尽くしていたあの想いは、痛すぎて、かなしすぎて、つらい。
 だからまたあの心地よい風が吹く街に行きたくなるのかも知れない。──ランディに会いたくなるのかも知れない。
「ウォルター」
「……! ショナ、なんでここに……」
 立ち尽くし思いに耽るウォルターのすぐ傍らで、静かな声が名を呼んだ。ぎょっとして振り返ると、ショナの赤い瞳が何も言わずにこちらを見つめている。嫌いなわけではないが、こういう目をするショナは苦手だ。考えたことは言っても思ったことは言わない──言えないショナの目は、羽毛のような静けさで、過去を撫でるから。そんなことは言わないし、気づかせたりもしないけれど。
「ルノーが僕のところに来たんだ。最近ウォルターはよく出かけるみたいだけど、どうしたんだろうって。だから様子を見に来た」
「なんでおまえのとこに行くんだよ」
「カインやユージィンのところに行くと話が大きくなるから」
「……ちっ」
 おまえも何だかんだ言ってルノーには甘いクチかよ。乱暴に髪をかき上げてウォルターはそっぽを向いた。
「──風の守護聖と会っていたんだね」
 静かなショナの言葉に、ウォルターの腕が伸びた。襟を掴んで引き寄せる。低く押し殺した声が、至近距離で囁いた。
「カインにチクったりしたら殺すからな」
 感情を映さない赤い瞳が、じっとウォルターを見つめた。表情を変えぬまま、ショナが口を開く。
「そんなことはしないよ。────僕も、連れていってほしいんだ」
「あぁ?」
 意外な申し出に、ウォルターは思わず襟を掴む手をゆるめた。まじまじとショナを見つめるが、相変わらずの無表情からは何も読みとれはしない。ショナはもう一度、今度ははっきりと自分の意志を口に出した。
「風の守護聖と緑の守護聖に、僕も会ってみたいんだ」
 その言葉に、ウォルターは尾行されていたことを知る。けれど目の前のショナの真摯さは、たぶん信じて良いはずだ。
「…………まぁ、連れてくのはいいけどよ、マルセルは今日たまたま来ただけだから、次も会えるとは限らないぜ」
「構わないよ、少なくとも風の守護聖には会える。一度、彼と話をしてみたいんだ」
「────わかった。で、ルノーには何て言うんだよ? あいつも連れてくのはヤだぜ。ユージィンに何言われっかわかんねーからな」
「ルノーには僕から適当に言っておくよ」
 言うなりショナは姿を消した。
 ぐしゃりと髪に手を突っ込んで、ウォルターは少し思案する表情を見せる。
「何なんだ、ショナのヤツ。──ランディ、怒っかな? いや、ん〜〜、ま、ショナ一人連れてくくらい大丈夫だろ」
 そろそろ戻ってゲルハルトと奥義の開発をしなきゃな。
 よっ、と掛け声をかけて、ウォルターは虚空城へと跳んだ。






こめんと(03.07.03)

お待たせしました。
ようやく、CrystalSunシリーズ最終章、開始します!
ランディとウォルター、両陣お子様組を中心に、ゲーム『天空の鎮魂歌』とは違う、もうひとつの結末、もうひとつの鎮魂歌を。
連載形式で、しばらく続きます。おつき合いいただけたら幸いです。





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